王女様、処刑の日程が決まる
「ですが、いくつか「これは」と確信できる状況と、エリスさんから聞きました情報で、なんとか糾弾してみようかと試みたのですが、ダメでしたわ」
「ええと……糾弾?」
「はい。実はこの国の第三王子とはちょっとした縁がありまして。その伝手でどうにかと思ったのですが、まさかこの国の上層部全部が真っ黒だったとは思いもよらず」
「ええと……その第三王子?はマトモだろうと思っていたということですか?」
「はい。この国には王子が五名おります。一番末の王子はまだ幼いのでよくわかりませんが、成人している四人の中で一番聡明なのは第三王子のレグザック、そう確信しております。そして聡明であればこそ、国家ぐるみの悪事には関わっていない、あるいは嫌悪していて何かきっかけを待っている状態ではと期待していたのです」
「それが逆に頭が切れるからこそ、ドップリ深く関わっていた、そんなところですか」
「はい……その結果がこのざまですわ」
この国がどこまで腐っているのかということに興味は無い。
ここでいつまで足止めされるかという事の方が重要だ。
そして、明日の朝処刑ということは、明日の朝、日の出と共に作戦実行だ。
「ということで、私たちが打てる手はもうありません。リョータさんたちを助けようと乗り込んできたのに……不甲斐ないばかりですわ」
「ええと……その、なんて言うか「リョータさんたちを助けようと!」
「あのですね「助けようと!」
うん、この人、人の話を聞かないタイプだ。
「えっと、ヴェネット王女?」
「ヴェネットとお呼びください」
「……」
「……」
「ヴェネットさん?」
「まあ、仕方ありませんわね。なんでしょうか」
仕方ないって何?!だいたい想像つくのが怖いんですけど?!あと、心の声がダダ漏れってどうなのよ?!
「明日の朝処刑というのは間違いない情報ですか?」
「あら、私の情報をお疑いに?」
「いえ、色々と考えていることがあるものですから、時間が早まったりするとちょっと」
「失礼ながら、私、護衛騎士の隊長を務めております、リチャード・グラントから一言。恐らく大丈夫かと思われます」
「どうしてですか?」
「だいたいの国が処刑を行う時間帯を定めています。必ず正午の鐘と共に行う、とか」
「へえ」
知りたくない知識だな。
「ルガランの場合、朝九時の鐘と共に執行するのが習わしです。ただ、今回は人数が多いので、九時の鐘と共に一人目、その後順次……という流れになるかと」
「なるほど。そういうことなら確実ですね」
そういう説明を王女には求めていたのだが、見かねた護衛騎士隊長さんからフォローが入った。この位置からでは顔は見ないが、多分幾多の苦労が顔に刻まれてるだろうな。
「それでリョータさん、何か策はありまして?」
「ええ、まあ。まだ死にたくないですし」
「まあ!さすが私のリョータ様!それで、どのような策ですの?私に何かお手伝いできることは?いいえ、お手伝いさせてくださいませ!なんだっていたしますわ!」
なら黙ってて、と言いたい。下手をするとおつきの面々から「不敬罪だ!」とかいわれそう……にないな。逆に苦笑いしながら「姫様、静かにしていましょう」と援護射撃してくれそうだ。が、何も言わないとちょっとな……そうだ、これで行こう。
「実は今もエリスが外で色々しているのですが」
「はい、存じておりますわ!」
「時々戻ってくるんです」
「まあ!どうやって?!」
「それは秘密ということで」
「リョータさんの意地悪」
そういうことを言い合える間柄では無いんですがと言いたくなるのをぐっと堪える。
「一応、エリスも囚われているということになっているので、行ったり来たりとか不在だとかいうのをうまくごまかしたいんです」
「わかりましたわ!お任せください!」
不安しかねえ。
「エリスさん、無事だったんですね」
「え、ええ……まあ」
エリスが待ち合わせ場所に戻ると、待っていた騎士と侍女たちが心配そうに駆け寄ってきた。
「思ったよりも時間がかかっていたようなので、何かあったのかと」
「ご心配おかけしました……まあ、何かはあったんですが」
「「「ええっ?!」」」
エリスの爆弾投下に一同が驚き、何があったのかを問おうとしたとき、エリスがスッと警戒感を高めて街道の方を見る。
「む……誰か来るな」
「ええ」
騎士たちも気配に気づいて剣に手をかけ、エリスとエルヴィナを背後にするよう位置取ると、茂みをかき分けて疲労困憊、満身創痍の騎士二人が転がり出てきた。
「大丈夫か?!」
「おい、しっかりしろ!」
どうやら姫直衛の騎士二人はどうにか役目を果たせたようで、エリスはホッと息をつくと同時に全員に告げる。
「一旦この場を離れましょう。もう少し街道から離れないと」
「何かあったんですな」
「ええ。その話をしたいのですが、念のため」
「わかった。すまないが、足跡を消してきてもらえるか?」
「わかりました」
グッタリした騎士二人をどうにか抱えながら街道から離れた森の中へ進み、このくらいなら大丈夫だろうというところで足を止めると、足跡を消して回っていたエリスが戻ってきた。
「大丈夫か?」
「追っ手はいません。でも、大勢でこの辺りを探し回られたらマズいかも」
「そうか。だが、今は現状把握を優先する。何があった」
「は、はい……」
二人はどうにか城を脱出し、門を護る衛兵たちに情報が届く前にどうにか王都を出ることが出来たということを添えながら、何が起きたのかを話した。
そして、城を出るまでに何度か交戦せざるを得ず、傷を負ったことも。
「むむむ……エリス殿の方は?」
「えっと……だいたいその内容で合ってます」
「そうか」
この場を任された騎士、ジェロックはこの先どうするべきかを考える。想定していた中では最悪のパターン。それも明日には処刑が実行されるとなると、出来ることは限られてくる。
「どうにかして王都に忍び込み、処刑を阻止しつつ、姫様を救出」
「ジェロック様、それこそ無理というものです」
「だよな」
そもそもこの二人がなんとか脱出できただけで奇跡に近い。おそらくもう、警戒は厳重になっているだろうから、例えば行商人の荷物に紛れ込んで、というても使えないだろう。
仮にそうやって忍び込めたとしても、武器防具を身につけて紛れ込むのは不可能。身一つで忍び込んで何が出来るのかという話だ。
「あの」
「何だろうか」
「私はそろそろ……やることがあるので」
「そうか。手伝えることはあるか?」
「いえ。ただ……」
「ただ?」
「王都に入りたいのでしたら、入るだけならなんとか出来るかと」
「本当か?!」
「はい」
「お腹が空きましたわ」
「……」
ヴェネットのつぶやきに答える者はいない。先客も、リョータたちも、ここに放り込まれてから食事が提供されたことはない。水すら、壁際にある壺にポタポタ落ちてくるのを勝手に飲め、という劣悪な環境である。
もっとも、ルガランとしては、明日にでも処刑するような罪人に食事を与える必要性は感じていない。水も然りで、その上しばらく放置して餓死したり、水が飲めずに乾き死んだりしたとしても、処刑の手間が省けたというくらいにしか考えない。




