王女様、乗り込む
「わかりました。事情をお話しします」
「そう来なくては。ではちょっとあちらへ。こんな道の真ん中では往来の邪魔になりますので」
そう言って、道から少し逸れた開けた場所に敷かれた敷物の上に促された。いつの間にか一式すべて用意されており、周りがこういうのに慣れてるというのがうかがえる。
「では……まず、何が起きたか教えてくださいませんか?もちろん話せないことは話さなくて結構ですが、何が起きたかわからないままでは協力も何もありませんので」
「はい。ええと……どこから話せばいいのか……」
「では、ダラムに向かう途中で盗賊を始末していませんか?」
「しています」
「では、その辺りからお願いします」
この王女様、一体どこまでの情報を掴んでいるのだろうかとちょっと恐くなった。
「なるほど……はあ……まったく」
言ったら不味そうなことを避けながらどうにか伝え終えたところでヴェネットが、心底呆れたような声で呟き何やら考え込んでしまった。
考え込むのは勝手にしてもらうことにして、解放して欲しいんだけどと、思わず口に出しかけたところで、ヴェネットがガバッと顔を上げた。
「ところでリョータさんの作戦は、どんな感じなんですの?」
「え、えっと……」
「どうなんですの?」
ごまかしきれないので仕方なく、ホンの少しだけ話す。細かい話は聞いていないという体で。
「この王都を壊滅させるおつもりかしら?」
「そう、ですね」
リョータは真剣にこの国が腐っていると考えており、このまま理不尽な扱いが続くなら、つまり解放されず処刑なんて流れになったりしたら、滅ぼしてしまってもいいと思っている。リョータたちへの扱いのひどさを見る限り、国民に対してもロクでもない扱いをしている可能性は高いし、いろいろな犯罪に手を染めている可能性も高い。だからこそ考え出した作戦は誰が聞いても、実現可能かどうかというただ一点を除けば、王都が滅ばない結末が見えない作戦だった。
「普通に考えたらそんなことできるはず無い、と一笑に付するのでしょうけれど……できる算段があるのですね?」
「ええ」
表情の変化に思わず身構えながら答える。他国とは言え、一国を滅ぼそうという、いわばテロリスト。順位が低くとも王女である彼女が見過ごすとは思えないからだ。
「ところでエリスさんは、今から何をしようとしていたのでしょうか?」
「……城内の情報収集をしようかと」
「なるほど……うーん」
また考え込んでしまったので、この隙に逃げようか。
「わかりました」
出鼻をくじかれるとはこのことか。
「こんな状況でもエリスさんはリョータさんのところに行けますの?」
「行けます」
「なら一度行ってください。そして私たちがここにいることと、できる限りのことをするつもりだと伝えたらまたここに戻ってきてください」
「はあ」
「私たちはドルズの王族として表敬訪問したという体で、城に乗り込みます。そして諸々問いただします」
「なっ!」
「ひ、姫様!」
さすがにそれはと、周りが騒ぎ出す。そりゃそうだろう。言い方を少しでも間違えたら、追い返されるどころかその場で切り伏せられてもおかしくない流れだ。
「大丈夫ですわ……多分」
「た、多分?!」
「ええ。そこでエリスさん、一つ確認ですわ」
「はい」
「あなたのその短剣、特別なものでしょう?」
「ええ」
当然だ。エリスのためにリョータが作ってくれたのだから。ちなみに昨日まで使っていたのは取り上げられてしまったので、できれば取り返したい。
「特別……例えば、他人は使えない、とか?」
「!」
「図星ですわね」
この王女、どこまでお見通しなんだろうか。
「では、行きましょう。ここに二人残します。それとエルヴィナも残りなさい。隊長、残す人選は任せますが、ここからは戦地も同様です。くれぐれも……」
「お、お任せください、はい」
「ん?」
エリスを送り出して、五、六時間はかかるかなと思っていたら一時間もせずに魔方陣が光り出し、エリスが戻ってきた。
「どうした?何かあったのか?」
「はい。実は……」
いつになく神妙な面持ちのエリスに、何事かと身構える。
「なるほどな」
「えっと、リョータ?」
「ん?」
「話さない方が良かった?」
「大丈夫」
「ホント?」
「うん」
「よかったぁ」
今のところ、これと言って決定的な悪事の証拠は見つかっていない。だから派手に色々ぶっ壊しながら逃げるというのは最終手段。できるだけ穏便にと考えているから、他国の王族が横やりを入れてくれるのはある意味歓迎だ。隣国の第五王女というのがどの程度のものかはわからないが、決して無視できるものでは無いはずで、交渉がうまく進めば平和的に解放されるだろう。ついでに取り上げられたものも全部戻ってくるのがベストだ。
「じゃ、一度戻って……ん?」
「どうした?」
「リョータ、マズいかも」
「マズいって、何が?」
「騒いでるのが聞こえる」
「その王女様一行が?」
「うん」
「失敗か」
「多分」
「どうしよう?」
「うーん」
こちらを助けようと動いてくれたのはありがたい。が……ドルズからここまで追いかけているという時点で、ストーカー疑惑が。エリスの話からもストーカーっぽい感じがするし。
「とりあえず戻って何が起きたとかそう言う話をするんだろ?」
「うん」
「じゃ、それで。何が起きたかわかったら戻って……いや、先に魔の森だな。仕込みをしておこう。それが終わったら戻ってきて」
「わかった。他に何か持ってくるもの、ある?」
「そうだな……」
「ヴェネットじゃないか。久しぶりだね」
「ええ、三年ぶりかしら?」
ヴェネット一行を出迎えたのはルガランの第三王子、レグザックだった。
数年前までは互いに婚約者候補だったこともあり、一応面識はあり、何度か言葉を交わしたこともある。もっとも、レグザックの方に正式に婚約を交わした相手が出来たため、話は流れた。もちろん第二妃、第三妃といった話もあるが、それは結婚後に進めることとなっていたため、二人の関係はいったん白紙になっている。もちろんその過程でもめ事は起きておらず、円満に解決しているので個人的にわだかまりは無い。また、あくまでも二国間の友好的な関係維持を目的とした政略結婚を目的としたものだったので、恋心的なものも無い。
「一体どうしたんだい?こちらに来るならもっと前に予定が届くと思うんだけど」
「そうですわね。ちょっと色々とありまして、いろいろな手続きを省略してやってきましたの」
「ふーん。で?」
お忍びで旅行、という雰囲気では無いと悟ったらしいその態度に、この男が王太子だったら、こんなことは起きなかったのでは?と思う。能力だけで言えば第一王子、第二王子のどちらもこの男には敵わない。単純に年齢が離れていて、レグザックが立太子できる年齢になる前に第一王子が正式な王太子となっただけ。それがヴェネットのレグザックに対する評価。つまり今回発覚した諸々も、うまく話を持っていけば、とヴェネットは考えている。
「実は、冒険者を三名、捕らえたと聞きまして」
「冒険者?」
「ええ。その三名を解放していただきたいのです」
「どうして?」
「彼らを解放することが私の、いえ、ドルズ王家の総意です」
「ふーん。どうして?」
「え?」
「たかが冒険者。しかもたった三名。これが百名なら大きな問題になるけれど、三名ではね。どういう経緯で捕まったのかは知らないけど、衛兵なり騎士なりがそれなりの理由で捕らえたなら、私はその判断を支持するね」




