エリス、ヴェネットと出会う
「じゃあ、どうするの?」
「城内の話は聞けそう?」
「頑張ってみる」
「そっか、頑張ってみるか」
「みんなのためだからね」
「危なくなったら逃げるんだぞ?」
「わかってる」
最悪、ヤバいことになったら城を全部吹き飛ばすような魔法をぶっ放して混乱に乗じて逃げればいいと思っているので、無理をする必要はないと念を押しておく。あまり騒ぎを大きくしたくない一方、自分たちの安全が第一だ。
「じゃ、また行ってくる」
「気をつけてな」
「うん」
「あれが王都ルガランです、多分」
先頭を行く騎士がやや自信なさげに告げた。ルガランに来たのは初めてなのだから無理もないとヴェネットは苦笑しながら指示を出す。
「先に行ってこちらの到着を告げ……ん?全員止まれ!」
「「「?!」」」
いきなりヴェネットが馬を止めたのに全員が慌てて手綱を引く。
「どうしました?」
「アレを!」
指さす先を見て、全員が言葉を失う。そりゃそうだろう。空中を駆け上がっていく人影なんて、我が目を疑う光景だ。
「あれは一体……」
「多分アレは……でもどうして?」
「姫様?」
周りが怪訝な表情になったところでヴェネットが声を張り上げた。
「そこの獣人!ちょっと待ってください!」
とても聞こえそうにない距離なのに、ちゃんと聞こえたらしく、ピク、と動きが止まった。
「聞きたいことがあります!こちらへ来てくださいませんか?!」
エリスが城内の情報を探ろうと、改めてルガランの外から空中を駆け上がっていたら、いきなり呼び止められた。
ある程度周囲に気を配ってはいたが、まさか見ている者がいたとは。油断したと反省しながら振り向くと、聞きたいことがあるという。
パッと見たところ……判断しづらい集団だった。
二十名ほどが馬に乗っており、その内二名以外は明らかに騎士という格好。そして騎士でないうちの一人は間違いなくかなり高位の貴族。
「面倒なことにならないといいんだけど……」
懐から布を取り出して口元を覆い、顔がわかりづらくして近づいていく。最悪、あの人数を相手に戦わなければならないだろうか。
「そんなことになったら、絶対リョータに怒られる」
それが一番困る。
とりあえず……空中を歩けるギフトだということでごまかすくらいしか思いつかないまま、女性の前に降り立つ。
と、距離が近すぎたのか、そばにいた騎士が剣を抜いて周囲を囲んだ。反射的に腰の剣に手をかけ、すんでのところで抜くのだけはとどまった。が、これ以上距離を詰められたらあちらの剣の間合いになる。もしもの時は剣を断ち切りつつ、貴族の女性の首もはねて逃走することを考えておく。
「待ちなさい!剣を納めなさい!」
「しかし、この者は」
「もう、なんで私の護衛ってこんなに血の気が多いのよ!ほら、さっさと下がる!」
「し、しかし……」
「私が下がれと言ってるの!」
「ぐ……」
どうやら向こうに敵意はないらしいと判断し、剣から手を離して一歩前に進むと、周りの騎士たちに緊張が走る一方、女性もこちらに一歩近づいた。
「って、いい加減下がりなさい!彼女は大丈夫です!」
「しかし、万が一」
「万が一があるとしたらとっくに起きてるわよ!聞いてる通りの実力があるとしたら、全員みじん切りにされてるわ!」
いくら何でもいきなり騎士や貴族っぽい人をみじん切りにするような事はしないんだけどなと、エリスは複雑な思いで成り行きを見守る。
「ええと……エリスですわね?」
「……」
「そう警戒しないで。っと、私はヴェネット、ドルズ王国の第五王女です。以後お見知りおきを」
想像以上の地位、王族。お見知りおきしたくない相手だったと、今すぐここから立ち去りたくなったのをグッとこらえ、低く抑えた声で訊ねる。
「何の用ですか?」
「あら、話を聞いてくださるのかしら?」
「……」
「沈黙は肯定と受け取りますわね」
自分のペースでずかずかと進んでいく、苦手なタイプだと、ちょっと引く。
「こちらのことを話したいのですが、まずその前に確認をさせてくださいな」
「確認?」
「あら、思ったよりも可愛らしい声ですわね」
「……っ」
「っと、それはそれでまたあとにして、まず……冒険者のエリスさん、でよろしいですか?」
「……どうしてわかるのでしょうか?」
「カン、ですわ」
まさかのカンだった。
さて困った。
そもそもがただの村娘だったエリスは、貴族のような会話の裏の裏を読んで生活しているような連中との駆け引きなどはできない。
隠し事ができず、嘘をつくのも下手なので、すぐに思ってることがバレてしまうのは旅に出てから幾度となく起きているので、こういう面倒な連中との話は主にリョータ、最近はポーレットに任せて無言、背景に徹するようにしているのだ。
「あまり警戒なさらないでくださいな。何も取って食おうなんて思ってませんので」
「わかりました。あなたの言う通り、エリスです」
「リョータさんと一緒に旅をされてますね?」
「はい」
これは一体どういう尋問だろうかと、再び逃げ出したくなった。
「ではここから本題です。リョータさんは今どちらに?いつも一緒に行動されてるはずのあなたが一人でここにいるなんておかしくないですか?」
いくらリョータのことが気に入っていて片時も離れたくないと思っているとは言え、旅を続ける上では別行動をとることはあるんだけどな……というのをどうやって伝えようか。
「そんなにおかしいですか?私たちだって買い出しとか、ちょっとした用事とか、そう言うのでバラバラで動くことはありますよ?」
「もちろんそうでしょう。でも、今は違う」
「……」
「ここからは私の推測ですが……リョータさんともう一人、ええとポーレットさんでしたっけ?その二人、捕まっているのでは?」
「どうして、そう思うのです?」
「今のはちょっとカマをかけただけですわ。それを聞いたときのあなたの表情が「正解」って答えてますけど」
「えっ」
口元を隠して表情が読めないようにしていたはずなのに。ひょっとして目?目の動きとかで読まれた?
「そしてあなたは二人を助け出すために動いている……わけでは無いですね。何かもっと違うことを考えて……これも違う。リョータさんが何かを企んだ。ん、これが正解ですわね」
エリスはガクリと膝から崩れ落ちた。なんで全部お見通しなのだろうかと。
「ちょっと意地悪をしてしまいましたわね。ごめんなさい。私、王女という立場上、人の表情から心を読み取るのだけは得意になってしまってまして」
そう言ってヴェネットはエリスの前にかがみ、視線を合わせる。
「詳しい話、してくださるかしら?」
「……でも」
「私たちはリョータさんたちの力になりたいのです」
「力?」
「ええ。隣国とは言え、王族というのはそれなりに力がありますのよ?普通ならできないことも無理を通して、という事が出来ます。どうでしょうか?」
どうでしょうと言われても、どう判断していいのかサッパリだ。
が、とりあえず一つ言えることがある。
周囲の護衛の騎士とか、そばに立つ侍女とかはよくわからないが、このヴェネットという王女は、嘘は言っていない。心の底から協力したいと申し出ている、多分。
ここまで話をしていて声も呼吸も心拍も実に落ち着いていて、嘘を言っているとは思えない。鋭敏な聴覚だからこそ探れることではあるが、これで嘘をついているとしたら、誰にも見破れないのではと思う。




