姫様、考える
「だが、ただ脱出するだけだとダメだな」
「なにかあるんですか?」
「ただ脱出しただけだと、脱獄扱いだろ?」
「ああ……」
冒険者ギルドへ多大な貢献をしてきたという自負はあるが、先ほどの冒険者ギルドでのやりとりからすると、この国の冒険者ギルドも一蓮托生。腐ってるのは間違いない。
となると、脱出したあとにロクでもない情報を流される可能性が大きく、この先の移動の妨げになるのはほぼ間違いない。
「ではどうするんです?」
「わからせる」
「え?」
「誰を敵に回したか、わからせる」
後にポーレットはこのときのことをこう回想している。リョータが今までに見たこともないほど悪い顔をしていた、と。
「さてポーレット、大丈夫だな?」
「もちろんです」
そう答えてポーレットは服の内側から折りたたんだ布と小瓶をいくつか取り出した。
「よしよし、これさえあれば誰にも気づかれること無く進められる」
「これがバレなかったのが不思議です」
「そんなもんだよ」
「え?」
「今のところの見立てじゃ、この国は上から腐ってる。俺たちを犯罪者に仕立て上げるのを優先して、まともに調べるつもりは無し。そこまではいいか?」
「はい」
顔色の悪いエリスもうなずいた。無理はするなと一言言って続ける。
「でかい荷物を背負ってるポーレットが服の内側に何か隠してるなんて、思わないんだよ」
「ええ……犯罪者を捕らえたときには武器を隠し持ってないか調べるものでは?」
「連中、あの荷物の中身の方に興味が移ってたからな。いくらで売れるだろうか、とか」
「ええ……」
ポーレット、本日何度目かのドン引き。
「あの中身、どこでも売ってるような物しか入ってませんよ?」
「知ってるよ。だけど、俺たちのことを調べたら「何かすごい物を入れてるはず」とか考えるんだろうな」
「ええ……」
「ついでに金貨なんか入ってたらラッキー、とかな」
「入ってないですよ」
「知ってる。金貨は工房に置いてあるもんな」
「ってことはそっちに意識が向いちゃって、ってことですか?」
「だな。あとは俺たちの短剣とか、すっごい見てたし」
「確かに」
どこでどう情報を仕入れたのか、短剣を取り上げてこう言ってた。
「これが何でも斬れる短剣か」
そんな物有るわけないだろ、と突っ込みが出かけた。危なかった。だが、おかげで服の内ポケットに入れてある物などは調べられなかったので、こうして色々持ち込めたわけだ。
「さてと、それはそれとして。布を広げて……瓶を」
「はい」
「これをこうして……工房と行き来するための転移魔方陣のできあがり」
それを聞いてエリスが体を起こした。
「エリス、大丈夫?」
「はい、なんとか」
「じゃあ、頼む」
「任されました」
このひどい環境から脱出できるなら、何だって出来ますとグッと拳を握り、工房へ転移していったのを見送ると、ズタボロの毛布を丸めてベッドと呼んで良いのかよくわからない台の上に転がして、さらに毛布をかぶせる。あとは常にどちらかがそばで様子を見ているように振る舞えば、臭いに敏感な獣人がここの臭いでダウンしているのを心配しているように見えるだろう。
パカラッ、パカラッと軽快に馬が駆けていく。先頭と殿を騎士で固め、中央に女性をまとめた、典型的な護衛の陣形であるが、護衛の割に護衛されるであろう対象も馬にまたがっているし、普通なら運んでいるであろう荷物も非常に少ない。
「もう少し速度を「ダメです。これ以上は馬が持ちません」
「うう……でも」
「ここで少しばかり急いでも、後で馬が倒れたら遅れは深刻です」
「わかりました。ですが」
「はい。このペースならなんとか明日には王都につけるはずです」
ここは我慢するべきところと、ヴェネットがギュッと手綱をつかみ、真正面を見据えるのを見ながら、護衛たちは今朝早くの会話を思い出していた。
「先ほど、リョータという名を口にしましたね?」
「え……と……」
「答えなさい」
「は、はい。確かに」
「それは三人組の冒険者たちですね?」
「はい」
「彼らのことは?」
「えっと……ダラムまで一緒に来たんですが、色々ありまして、はい」
「そう。彼らは……いえ、彼は、盗賊を倒したりしましたか?」
「うーん、ああ、ひょっとしたらアレがそうだったのかも」
「なるほど、わかりました。ヘルベルと言いましたね?」
「はい。私たちの馬車をドルズまで運んでください。ここに私の署名した文書がありますので、国境の衛兵に見せれば大丈夫です」
「へ?は?えっと……」
「護衛の騎士を一人つけます。あと謝礼として……エルヴィナ」
「はい。こちらを」
「え?こ、こんなに?!」
「前金です。無事に届けたら同額を支払うよう認めてあります。では頼みましたよ」
「お、お任せください!」
そして馬車に積んであった荷物を最小限に仕分けるとそれぞれの馬の負担にならないように積み込み、自らも手綱を握り、「できるだけ急いで王都へ!」と出発したのである。
「すぐにでも王都に向かいます。三日、出来れば二日で辿り着かなければ」
「どうしてでしょうか?」
「この国は……ダメです」
「ダメ、ですか?」
「ええ。噂には聞いたことがありますが、まさかここまで巧妙だったとは」
「噂?巧妙?」
「あの騎士たちの話、違和感を覚えませんでしたか?」
「違和感?はて……」
護衛騎士としては優秀だが、脳筋な隊長にちょっと呆れながら、ヴェネットは続けた。
「まず、彼らは私たちを足止めしました」
「ええ」
「その理由は何と言ってましたか?」
「確か……まだ残党がいるかもしれないからと」
「では質問です。盗賊ごときに後れをとるあなたたちですか?」
「とんでもないです!」
もちろん、盗賊が百人単位だったら少々マズいが、それでも姫を守り切る自信はある。そのために訓練を積み、装備を身につけているのだ。
「なら、なぜ足止めを?私たちの馬車にはドルズの王族であることを示す紋章が。そして護衛する騎士たちはすべて正騎士であることを示す紋章が。たかが盗賊程度で「危険ですから」とはならないでしょう?」
「万が一、ということを心配されたのではないでしょうか?」
「ええ。一歩間違えば外交問題ですから、そういうこともあるでしょう。ではもう一つ。彼らとは、盗賊が何人死んでいて、という話をしていましたね?」
「ええ。生き残りから話を聞いたと」
「どんな話を聞いていました?」
「ええと、突然周りの仲間がバタバタ倒れ、自分も何が何だかわからないうちに気を失ったと」
「おかしいと思いませんか?」
「おかしいですか?うーむ……」
脳筋ここに極まれり、である。もっとも、護衛騎士の仕事は盗賊を見つけたら何を置いても斬り捨てること。生き残りを護衛対象である王族の前に引きずり出して、なんてことをして万が一があってはマズいので、情報を引き出すということはしないから、知らないのも無理は無い。
「質問を変えましょう。あなたたちに盗賊討伐の命が下されたとします。そして、街道沿いで遭遇し、数名を残し斬り捨てた。生き残りに対する尋問は何をしろと、騎士学校で習いましたか?」
「ええと……」
隊長は必死にかすかな記憶をたどる。もう二十年近く前の、ほとんど右から左に聞き流していた記憶を。
「アジトの位置、他に仲間……あ」
「さらに追加で質問ですが、そこに他国の貴族ないし王族が通りがかったとして、どういう話を?」
「ううむ、基本的には詳細は話しませんが、これからアジトを潰しに、とか」
「そうです。盗賊の討伐を命じられた、あるいは巡回している騎士が優先すべきは盗賊をすべて捕らえ、処すること。倒れていた盗賊がどのようにやられたかなど、どうでもいいのです」
「つまり……彼らは」
「ええ。優先順位がおかしい」
姫様、意外に賢い?




