護衛の依頼(楽しい盗賊退治の時間)
ということで現実だけ突きつけておこう。
「穴掘り!」
ドスンと大きな穴が開き、その中にオッサンの山がわらわら落ちていく。
「ぐあっ」
「ぼべっ」
「ぐぬぅ」
つくづくイヤな音しか出せない連中だなと思いながら念のために穴の中を確認。
深さは二十メートル弱、壁はオーバーハング気味になっているので、仮に手足を縛ったロープを解いたとしても簡単には登れないだろう。
まあ、肩車の上に肩車、とやっていけば何とかなるだろうけど、今の落下で骨折したのもいるみたいだから、難しいはずだ。
「くそっ!こんなはずじゃ……」
「ん?こんなはずって、どういう意味だ?」
「……北のハット盗賊団と合同で襲う予定だったんだ」
「へえ」
素直に吐けば助けてもらえると勘違いしているところ申し訳ないが、そんな約束はしてない。軽くスルーしつつ話の続きを促す。
「予定通り、金だけは持ってそうなお前らを誘導したってのに、待ち合わせの場所に現れねえから、急遽俺たちだけでやったが……」
「やはり合流を待てば良かったか」
「奴ら、怖じ気づきやがったんだ」
そのハット盗賊団って、もしかしてアレかな、襲ってきそうな感じだったから適当に片付けておいた……と、エリスたちの方を見ると、「多分そう」と頷いた。
「とりあえず悪は滅びたって事でいいかな?」
「いいとおもいます」
「賛成」
三人の認識一致を以て、この場はこれでおしまいにしていこう。
「水を大量に!」
サバッと巨大な水球が穴に落ちていくと悲鳴が聞こえたが、そこは気にせず中を確認。
水深はざっと三、四メートルと言ったところか。
積み上がってる上の方はともかく、下の方の連中はそのまま溺死するだろう。
「じゃ、もう二度と会わないと思うけど、これに懲りたらこれ以上悪さするなよ」
「ちょ!ちょっと待て!俺たちを連れて行けば賞金が!」
要らん。
ギャアギャア騒いでいるところに土魔法で蓋をしてから街道へ戻り、再び歩き始める。土で埋めたわけじゃなくて、蓋をしただけだから、でかい馬車で乗り付けたら落ちるかもしれない。とはいえ、人が乗った程度では平気な強度だし、街道からかなり外れているから落ちて怪我をするような事故は起きないと思う。
「そう言えば、ちゃんと聞いてなかったんだけど、リョータはどうしてあの二人が盗賊団って気付いたの?」
「盗賊団とは思わなかったけど、怪しいとは思ったよ」
「ふーん。どんなところが?」
言いづらいところだな。
こっちに転生して、ずっと旅をして来る間、立ち寄った街でよく公衆浴場を使っていた。この世界、どの国でもだいたいある程度の入浴の習慣があったのはリョータ的には大変ありがたく、日本人的には満足の行く生活を送れている。
さて、そんな公衆浴場だが、当然全裸である。まあ、女湯はもしかしたら違うかもしれんが、男湯は全裸だ。
そしてわかったこと。自分もそうだが、こっちの人間は地球人とだいたい似たようなものだなと言うこと。要するに背丈こそ子供並みだったのだが、体つきは大人のそれ、どころかオッサン。体つき全体がかなり歳食った感じで背丈だけが小さいという、妙にアンバランスな感じだった。遺伝的な疾患なのか、祖父母の代から背が低いだけなのか、あるいは背の低い種族なのかはわからないが、服を着ていれば子供っぽくても風呂場で見た限りでは大人だった。
だから違和感しかなくて、色々警戒していたというわけだが、これをどうやって説明すればいいんだろうね?
「カン」
「カンかぁ……って、本当はどうなの?!」
「知らん方がいいぞ」
「どうしたのですか?」
先頭を行く騎士が急に馬を止めたのでヴェネットが不満タラタラ。主の機嫌は大事だが、安全はもっと大事だと、隊長が説得にかかる。できれば引き返す決意をしてほしいと。
「この先で何かトラブルがあったようです」
「トラブル?」
「ええ。この国の騎士団が集まっていると」
「騎士団ですか。では私の名を出しなさい」
「え?」
「さっさと通しなさいと」
アレ?俺、何かおかしな説明したかなと首をひねりながら、とにかく先行させた騎士が戻ってきたので様子を確認する。
「盗賊らしき男たちの死体が多数転がっていた、とのことです」
「盗賊らしき?多数?」
「はい。現時点で全貌が把握できておらず、確認できるまで通行止めだと」
「なるほど」
これなら我らの主も納得するだろうと戻って説明した結果がコレである。
「盗賊の死体など、危険は無いでしょう?」
「それはそうですが」
死んだ盗賊がそれ以上何かをすると言うことはない。そういう意味では死体になった盗賊は安全である。
「しかし、もしかしたら、生き残りが潜んでいるかも知れません」
「何のための護衛騎士ですか?盗賊ごときに後れをとるのですか?」
「ごもっとも」
先行させた騎士によると、周囲を確認している騎士は五十名はいるということだから、仮に生き残りが潜んでいたとしても数人。五人もいればいい方だろう。つまり相当な手練れでもなければ自分たち護衛騎士の相手ではない。もちろん、護衛対象が馬車に乗っていてくれるという前提が欲しいところである。
「では馬車にお戻りください」
「イヤよ」
「ですが」
「戻ったら馬車が動かなくなるのでしょう?」
「そ、そんなことはありません。このあたりは坂も緩やかですし」
「乗ったり降りたり、面倒ですわ。このままで」
この先、また急になっているところがあるらしいので、「馬も限界ですな」と引き返す口実にしようと思ったのだが、ダメだった。
「仕方ない……全員、周囲への警戒を厳に。進むぞ」
「え?」
「なんだ?」
「いえ、この状況で進むんですか?」
思わずそんなことを口にした若い騎士を隊長は睨みつける。
お前、姫がいる前でそれを聞くのかよ。明らかに機嫌が悪くなった視線を感じるぞ。お前はいいかも知れんが、俺はこのあと振り向いていろいろ弁明しなきゃならんのだぞ。わかってんのか?!
と、睨み付けてみたが、まだ年若い――それでも護衛騎士に選ばれるくらいだから実力は確かだ――には通じなかった。もう少し、TPOをわきまえた発言をするようにとか、そういう指導が必要だよなと、その騎士の先輩騎士を睨み付けると「え、俺ですか……」と目で返してきた。「当たり前だろうが」と返してすぐに振り返ると不自然な笑顔を浮かべたヴェネットが「おい、どうなってんだ、ゴルァ」と待ち構えていた。なお、その後ろで支えている女性騎士は多分胃に穴が開いているのだろう、顔色が非常に悪い。
「ひ、姫様、これはですね」
「……」
「えっと、その……そうそう、少し休憩」
「……」
「など」
「……」
「しま」
「……」
「ハハッ、大丈夫のようですね。よし!全員、前へ進め!」
隊長のかけ声と共に隊列はゆっくりと進み出した。そしてそんな隊長を見ながらエルヴィナは思う。この数日でかなり髪が薄くなったように見える、と。本人には言わないけど。
だが、彼らはすぐに騎士団によって足止めされることになる。当然である。
「姫様、ここはドルズではありません。彼らの制止を振り切って進むのは絶対に「わかりました」
即答したヴェネットに全員が「おお」と感心した。そして「これで帰れる」と思った矢先、その望みは粉々に打ち砕かれる。
「では少し離れたところで野営を。彼らの捜索が完了するまでここで待ちます」




