護衛の依頼(依頼人が善人とは言っていない)
「護衛の依頼料としてはこのくらいが一般的なのですが、今回は……」
「ううむ、そんなにするのか?」
「ちなみにこれ、一日あたりになりますので、順調に進んだとして……」
「ううむ……しかしやむを得んな」
微妙な駆け引きをしている横で少年が嬉しそうにリョータたちに話しかける。
「へへ、王都に行ったらさ」
「そんでもって」
「それから、あ、そうだ!」
適当に聞き流して相づちを打っているだけで、うるさいからあっち行けという空気を醸し出しているはずなのに、次から次へと色々なことを楽しそうに話をするバイベル。かろうじて得られたまともな情報が、父親の名がライロというくらい。まあ、七、八歳の子供じゃそんなものかと思ったら、十三歳だという。こういう村だと家の仕事を手伝い始めていてほぼ大人と同じように扱われてもおかしくない年齢なのに、世も末だな。異世界だけど。
そしてこの親子がどうして王都に行くのかという事情が何となくわかってきた頃、ポーレットたちの方も終わったようだ。
「お待たせしました。これから村長さんのところへ行きます」
「一緒に行くか?」
「大丈夫です」
「そうか。任せた」
「はい」
念のため、冒険者ギルドを介したという体にするため、村長のサインの入った書類を作成しにポーレットが親子と連れだって村長宅へ向かうのを見送ると、エリスの耳がピコピコと動く。何かあればすぐに駆けつけられるように。
それを頼もしく思いながら、泊まる部屋に引き上げると、ちょうど部屋に入ったところでエリスが
「村長さんのところについたようです」
と告げた。相変わらずよくわからない聴力だと感心してしまう。
そして三十分ほどでポーレットが封をした書類を持って帰ってきた。
「どうだった?」
「前金もしっかり受け取りました」
「よし。じゃあ、明日に備えて寝るか」
朝イチで出発すると伝えてあるのにこちらが遅れては元も子もないからな。
「それではよろしくお願いします」
「よろしくな!」
朝食を終えて宿を出ると、既に親子が待っていたので、念のために荷物の最終確認を済ませて歩き出す。
「ひゃっほ~い!」
「おいおい、あんまり走り回るとあとで疲れてヘトヘトになるぞ」
「へーきだって」
子供の無尽蔵の体力を見せつけるかのようにあちこち飛び跳ねるのを見つつ、数回の休憩を挟んで歩き続け、思った通り、バイベルの体力が尽きかけてフラフラし始めた頃にようやく今夜泊まる予定の村に到着。
夕食を終えると「明日も早いですから」とさっさと部屋に引き上げて寝るように促してやると、恐縮したようにペコペコと頭を下げながら階段を上っていった。
リョータたちもそれに続き、自分たちの部屋に入る。
「どう?」
「今のところはなんとも」
「んー、ま、いいか」
おそらく明日か明後日、何かの動きがあるだろう。
翌朝、起き抜けにエリスから「実は……」と話があったほかは特に何事もなく、宿で朝食を摂ると早速歩き出す。昨日の今日だ、バイベルもさすがに学習はしているようで、おとなしく歩いている。それがむしろ逆に作用したのか、昼の休憩に使えそうな広場に到着したのはかなり早かった。が、これ以上進むと休憩できる場所もないので、少し早めの昼食休憩とする。
「何から何まですみません」
「いえ、このくらいは」
食事の支度は各々で、と取り決めていたが、そんなに厳しくするつもりはなく、昨日に引き続き、たき火で湯を沸かしてやるくらいはする。
「やはり皆さん、旅慣れてらっしゃいますね」
「そうですか?」
「ええ。体力には自信があるつもりだったのですが、情けないことにこの辺が突っ張っておりまして」
たはは、と笑いながら右ふくらはぎをさするのを見て思う。王都までたどり着けるのかな、と。まあ、いろいろな意味で。
「おや、皆さんの食事は宿で?」
「ええ、用意してもらったものです」
「いいですな」
「え?」
「あまり余裕がないものですから」
そう言ってあぶった干し肉をかじるのを見せられてもな。リョータたちだって遊んでいるわけではなく、いろいろな仕事をこなして稼いだ金で食事の用意をしているのだから。
何だかすごく気まずい感じで食事を終え、歩き出そうとしたところでライロがポンと手を打った。
「そうだ、少し近道をしませんか?」
「近道?」
「ええ。こっちです」
そう言って隅の方を指し示す。
「これ?」
「ええ。少しですが近道になります」
「近道ねえ……」
近道と言うより、獣道?
「ここを行くのですか?」
「ええ」
「とても道には見えないというか……」
「はは、そうでしょうね。ですが、五分ほど歩くとちゃんとした道に繋がるんですよ」
「ちゃんとした道?」
「ええ。馬車は通れませんが歩くならなんの支障もありません」
「うーん」
「昨日一日でバイベルが意外に体力がないことがわかってしまいまして、少しでも温存した方がいいかと」
「フム……どのくらい短縮になるのでしょうか?」
「そうですね、ざっと二時間といったところでしょうか」
これから夕暮れまで歩くと考えると、二時間の短縮というのは確かに大きい。念のためチラッとエリスたちを見ると「お任せします」と視線で返された。まあ、この辺は予定、いや予想通りか。
「二つ、いえ三つ確認を」
「はい」
「この道、あまり使われていないようですが……」
「馬車が通れないのでは道としてはイマイチでしょう?」
「確かに」
筋は通っているな。村と村を繋ぐだけ、という道の場合にはよくあるらしいし。
「二つ目、安全な道なんでしょうか?」
「道幅が狭くて馬車が通れないだけで、危険はありませんよ」
「そうですか」
チラッと見るとポーレットが「予想通りの答えですね」と視線で返してきた。いつの間にアイコンタクトを覚えたんだろうな。まあ、いい。確かにここまでは予想通りの答え。次が本命の質問だ。
「念のための確認ですが、ライロさん、どうしてこの道のことを知っているのですか?」
昨夜泊まった村、あるいはこの先の村に住んでいるのなら、この道を知っていても不自然ではない。だが、彼の住んでいた村は昨夜泊まった村のさらにその向こう。
疑問に思うのは当然だ。
「ああ、単純な話です。私が生まれ育った村が、この先の村なんです」
「なるほど」
「どうです?こっちの道、行きませんか?」
さて、判断の難しいところだな。
エリスは……ちょっと警戒しているな。ポーレット……「ダメ、ぜったい」と目で訴えてきているな。そりゃそうだよな。
「残念ですが、そちらの道は進みません」
「え?」
「当初の予定通り、街道を進みます」
「あ、あのですね……」
「何か問題でも?」
「えっと、バイベルの体力が」
「関係ありません」
そう言って、ライロと取り交わした護衛に関する依頼書の写しを見せる。
「ここに『王都まで街道を歩く間の護衛を依頼する』とあります。街道以外を進むのであればどうぞご自由に。私たちは街道をそのまま進みますので次の村で合流しましょう」
「あ、あの……えっと?」
実にわかりやすい話。昨夜遅く、リョータたちが寝静まっただろう頃合いを見計らってバイベルがこっそり宿を出て村はずれまで向かい、誰かと会って話をつけてきた、というのをしっかりエリスが聞いていた。ただ、扉の外でライロが耳を澄ませていたために、情報共有は朝になってからということに。そして、朝食の段階から色々と警戒をしていた。そう、何か面倒臭そうなものが混じっていることにポーレットが気づいた。
「リョータ、これ……ダメな奴です」
「そうか」




