三文芝居
「やあ、嬢ちゃん。どうした?喧嘩でもしたのかい?」
「あ……えっと……」
「くっ……名前、覚えてくれてないのか」
「あ、あぅっ、す、すみません」
「ヘルベルだ。嬢ちゃんは確か、エリスだったか」
「え?」
「ああ、仕事柄、顔と名前を覚えるのは得意というか、できないと商売にならないからな」
「そ、そうですか。すみません」
ペコペコと頭を下げる少女を見ながら思う。本当に変な組み合わせの三人だな、と。
あのリョータとか言う少年が三人のリーダーだろう。そして、パーティの最大戦力。先日、俺たちを囲んでいた盗賊を一掃したのもリョータだ。何をどうやったのかはわからんが。
で、先ほど喧嘩別れしていったハーフエルフの方は、背負ってたでかいバッグからみてポーターだ。北部の方で、尋常じゃない荷物を平気で運ぶハーフエルフのポーターがいるという話だったから、それだろう。
問題はこの犬獣人、エリスだ。俺の知る限り獣人ってのはだいたいが大雑把な性格。索敵能力に長けていて慎重な一方、戦闘となったら真っ先に飛び出していって縦横無尽に駆け回る者ばかり。もちろん、そうでない者もいるだろうが、少なくとも冒険者になるのはそういうやや脳筋気味な者ばかり。それがこのエリスはどうだろう。一応、自分の意思という者はしっかり持っているようだが、どこかオドオドしていてあのリョータに頼りっきり。先日の盗賊もこのエリスが気づいたのだろうが、どうするかという判断も対処もすべてリョータに任せきりで自分はリョータの後ろで見ていただけ。極めつけはこうして対面しているというのに視線を合わせようともしない。臆病、引っ込み思案。今までに会ったことの無いタイプだ。
「その、何だ。こう見えて俺は君の倍以上生きてるし、あちこち旅して人生経験豊富というか人間関係のあれこれを見てきている。相談に乗ろうか?」
「え、えっと……」
「ほら、遠慮なんてしなくていいって」
何しろあんたら三人が喧嘩別れしちまったら、俺の護衛がいなくなる。これは俺にとっての死活問題なんだよ。
とまあ、そんな流れで、外で立ち話もなんだからと自分の泊まってる宿の食堂へ連れてきて真ん中の席で向かい合わせに座った。
「これでも飲んで」
「はい、いただきます」
一応、ここの名物のジュースを勧めて、落ち着かせ、話を聞くことにする。
「で、何があったんだい?」
「えっと……それが……ううっ」
それからが長かった。というか、かれこれ一時間ほど経つのだが何も話が進まない。
このエリスとか言う娘、思った以上にメンタルが弱いのか、ずっとうつむいてグズグズと何かを呟いているだけ。そしてかろうじて聞こえるのが「私が悪い」とかいうネガティブな言葉だけ。
「なあ、嬢ちゃん。誰が悪いってのは、こう、なんて言うか……難しいところと思うぞ」
「……そう、ですか?」
「ああ。俺の見た感じで言うと……」
これまでに数え切れないほど冒険者の護衛を雇った――もちろん、偶然居合わせたこともある――経験から言うと、コイツら三人組は比較的穏やかな連中だ。
一応、あのリョータという少年がリーダーとなっているが、あくまでも皆の意見をまとめる立ち回りで、「全員俺の言うことを聞け」「俺についてくればいいんだよ」という強権発動型のリーダーではない。
そして三人という少人数の上に、あまり自己主張の強すぎない者が集まっているように見えたから、意見の衝突も少ないだろう。
もちろん、互いに思うところがあれば意見をぶつけ合っているだろうが、話し合って納得できれば相手の意見を受け入れるのに抵抗はない。そんな風に見えた。
つまり、先ほど俺が見たのもちょっとしたボタンの掛け違い。少し頭を冷やして……いや、それ程頭を冷やさなくても、「まあまあ」とちょっと仲裁に入れば互いの話を聞いて「そういうことなら……」とすぐに話がまとまる。そんな程度のはずだ。と言っても、一体何で揉めているのかがわからないとアドバイスのしようもないので、それを聞き出したいのだが、このエリスがいつまでたっても教えてくれない。
まあ、今まで仲良くやっていたのがいきなり大喧嘩だからショックを受けているのだろう。まずは落ち着くのを待つ。急かしたところで逆効果だ。
と言うことで、何となく話したくなる方向へ持っていくために俺自身が見聞きした、冒険者パーティの喧嘩から仲直りの流れをちょいと話して聞かせる。
「で、こう言うわけだ。「俺は悪くない」ってな。俺から見たら確かに悪くないんだが、じゃあ誰が悪いのかって言うと誰も悪くないんだ」
「……」
「だってそうだろ?目玉焼きに何をかけるかなんて、正解はないんだ」
「……」
とっておきのネタだったんだが、反応が薄いな。仕方ない。
「そう言えばこんなこともあったな」
「……」
そうして話し続けること三十分。つまり、エリスを連れてきて一時間半は経っただろうか、急に立ち上がった。
「私……やっぱり追いかけてみます」
「え?」
「ちゃんと話を……します」
さっきまでのおどおどした目つきから一転、芯の強い意志を感じさせる瞳でこちらを見て、こう言った。
「ありがとうございます。頑張ってみます」
そう言って、荷物を背負った。
「えっと?」
「あ、えっと……お代」
「ああ、いいよ。俺が奢る」
「でも」
「いいって」
「……ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀をしてしっかりとした足取りででていくのを見送った。
「ふう……これでなんとか……ん?」
あれ?あの嬢ちゃん、二人がどこにいるのかわかってるのか?イヤ待て、そもそもあの二人もそうだが、あの嬢ちゃんも荷物は全部持ってい……た……?
「しまった!」
まさか全部芝居か?!
慌てて外に飛び出す。
この辺りの通りは、それ程人通りはないので、遠くまで見通せるのだが、すでにあの嬢ちゃんの姿はない。
「クソ!まさか?!なんてこった!」
慌てて部屋に荷物を取りに戻り、駆け下りてきたら宿の主人に行く手を阻まれた。
「おいおい、まだ支払いが」
「ぐっ!踏み倒したりはしねえよ!」
「なら」
「ホレ!これでいいだろ?」
「ああ」
この宿、宿泊料金は前払いだが、馬小屋の料金は後払い。宿の主人の対応は、正しいと言えば正しいが、一分一秒を争いたい状況では、俺の足止めに来たのかと勘ぐってしまう。
「クソッ!急げ急げ!」
なんとか馬車を街門へ急がせたが、思った通りというか、そうであって欲しくなかったというか……三人は既に街を出たあと。リョータとポーレットが大喧嘩して宿を出たあとすぐに街を出て、エリスがそれを追いかけるという形だったらしい。
「護衛、雇うしかないのか……」
王都行きならある程度安く上がる……かな……
「リョータ!」
「エリス、おかえり」
「うん!」
どうやってヘルベルを撒くか。考えた結果、一芝居打ちつつ、エリスがたっぷり足止めをするという方法に落ち着いた。
ここに来るまでの間、ヘルベルとは最小限未満の会話しかしていないので、俺たち三人の性格がどんな感じかほぼ把握できていないだろう、というポーレットの意見を採用した結果だ。
もちろん、もっと前、街に着く前に一芝居打つ、というのもあったが、さすがに冒険者、つまり護衛を雇えそうにない村で置き去りにするのは気が引ける。その点、あの街なら冒険者ギルドの支部もあるし、結構な人数の冒険者とすれ違っていたので、護衛を募集すればすぐに見つかるだろう、という配慮もしている。




