ヘルベルは……ケチである
「おや、こんなところで。奇遇ですな」
奇遇ではないだろ、絶対お前、探し回ってただろ、という言葉をリョータたちはグッと飲み込んだ。
「そうですね。ではこれで」
「っと、待ってくださいよ。つれないじゃないですか」
「いえいえ。ヘルベルさんも先を急ぐのでしょう?僕たちのペースに合わせていたら、商機を逃しますよ?」
答えながらエリスたちに「適当に回り込みながら宿に戻っていて」と指示を出しつつ、クルリと踵を返して、宿とは反対の方向へ歩き出す。
「ちょっ!待ってくださいってば。一杯奢りますよ?」
「いえいえ、ヘルベルさんこそ、ここで商売するんでしょう?」
この人混みでは、鍛えられてきたリョータの足でもヘルベルを振り切ることは難しい。どうにか体格の小ささを生かして、ヘルベルの視界から消えよう。
土地勘という点では、ヘルベルは何度もこの街に来ているのでリョータよりも有利だ。単純に逃げ回ろうとするのを追うだけなら絶対に負けない自信があった。が、人混みの中、方や馬車、方や徒歩。この条件下ではリョータの方に分があり、どうにか、どの宿に泊まっているか悟られないように逃げ切ることができた。
と言っても、プライバシーだの守秘義務だのといった意識の薄いこの世界。それなりに顔見知りの多いヘルベルが「こういう三人を見なかったか?」なんて聞き回ったらあっという間に居場所はバレるだろう。
もっとも、バレてしまうだろうという前提で動いていれば問題はない。宿でエリスたちと合流後、翌朝の動きについて相談をしておいて、あちらがどう動こうとも対処できない手段をとればいいだけだ。
そう、結局、夕食を宿で済ませようとした――外に出たら見つかるリスクが跳ね上がるので避けたわけだ――ところにヘルベルがやってきて「水くさいじゃないですかあ」などと言って同席してきたのだって想定の範囲内だ。
「ん、やっぱり宿の方を見張ってる感じ、かな?」
「しつこいなあ」
翌朝、出ようとしたところでエリスが周囲の様子を探った結果、やはりこちらの様子を見ているらしいとわかった。ストーカーか。
仕方ないので打ち合わせ通りの動きをすることになった。
「アイツはこの街で商売しないのかね?」
「昨夜、王都まで一気に行く、みたいなことを話してましたから……」
「うん、全然聞いてなかった」
ポーレットは行商人の話は聞くだけは聞くという習慣が身についていたので、ヘルベルが上機嫌に話すのを聞くだけは聞いていた。それなのにリョータたちは適当に「うんうん」と頷いていただけだったと改めて知らされ、ポーレットは大きくため息をついた。
「まあ、特にこれと言った情報はありませんでしたから、いいですけど」
「だろ?」
これが、この先の道が塞がれているだとか、盗賊が暴れ回っているだとかいった情報が得られるなら少々のことは我慢するが、そうでないなら聞くだけ無駄。その点に関してはポーレットも賛成だった。ただ、くだらない話の相手をさせられるという苦労は共に分かち合いたいと思っていたのも事実である。
ヘルベルは言ってみれば、世界中どこにでもいる行商人である。
人よりホンの少しケチで、ホンの少しずる賢い。だが商人全体の平均と比べて大差なく、自分では「機転を利かせて稼ぐ能力がある」と思っている。
まあ、ヘルベルと同程度の規模の商人なら誰でもだいたいそうなので、そうした気質が目立つようなことはない。
そしてヘルベルはちょっと夢見がちである。
「これを売りさばけば」
「ここでガツンと稼げれば」
いつだってそんなことを考えている。もっとも、そういうことを考えない商人はいないので、これもまたヘルベルが特別珍しいというわけでもない。
そして、だいたいそういう読みは外れ、ギリギリ損をしない、という程度での商売ばかりしている。
毎度そんな調子で、いつもそうなるだろうなということは百も承知している一方で「どうにかして成り上がってやる」との気概も捨てていない。まあ、どんな商人もそうであるが、今回ばかりは「運が向いてきた」と確信していた。
本当に偶然、あの検問所で荷物が崩れ、少しだけ時間を食った結果、街道で追いついた三人組の冒険者。
確証はないし、確認をしようとしてもうまいことはぐらかされているがこの三人、間違いなくここ数ヶ月、大陸東部で噂になっている三人だろう。
この三人については、とても信じられない噂が多い。
曰く、ドラゴンを一刀のもとに切り伏せた。
曰く、街を滅ぼしかねない巨大な魔物を討伐した。
曰く、謎の冒険者行方不明事件を解決した。
曰く……
はっきり言って、どれもこれも荒唐無稽で信じられないものばかりだ。が、火のないところに煙は立たずと言う。
パッと見て、悪人ではないと判断し、一緒に動くことにした。
そもそもルガランを移動するのに護衛をつけないというのはあり得ないのだが、偶然冒険者と共に行動してしまうと言うのは……よくあることだ。
それにそもそも少年少女の組み合わせだ。何か言われても海千山千の行商人が口で負けることはない。そう思っていた。
全く相手にされないというか、かろうじて相づちが時々帰って来るという程度しかコミュニケーションがとれないというのはなかなかに想定外だったが、それでも過剰な警戒はされていないなら問題なしだ。
そんな風に気楽に考えていたのもごく僅かな時間だった。
あるとき、突然犬獣人の娘が立ち止まり、少年が何かをして……特に何事も無く歩き始めた。
傍目には何が起きたかサッパリだろうがヘルベルの経験上、あの場所はある程度の規模の盗賊団が獲物を囲むには程よい地形で、街道を行き来する者たちの間では、警戒するべき場所の一つ。
確かめたわけではないが、長年のカンが告げている。おそらく盗賊団に囲まれたが、連中が気付く間もなく、当然反撃する暇も与えずに全員倒したのだろうと。
そして、盗賊団を仕留めたら賞金を、となるところ、三人はそのまま歩いて行った。もちろん、ロクに戦闘力の無いヘルベルはわざわざ盗賊を縛り上げてくるなんて真似は出来ないから、そのままにして三人を追うしかなかった。そして、噂は噂通りだったとの確信を深めつつ、このチャンスを逃してはなるまいと思った。
ダラムについて、人混みで馬車が進められない隙を突かれてしまったが、そのくらいは想定内。あの人数の冒険者が泊まる宿は心当たりがあるから、聞いて回ればすぐに見つかる。
そして翌朝、宿の前を見張り、彼らが出発するのに合わせて自分の馬車を出せばいい。
そう思っていた。
三人がなんだか険悪な雰囲気で出てくるまでは。
「もうやってられないです!」
「ああそうだな!出てけ!せいせいする!」
「こっちから願い下げです!」
少年とハーフエルフの少女――長命種の年齢はよくわからん――が口論しながら出てきて、反対の方向へ。
「ええと……なんだこりゃ」
両隣の宿にも聞こえるほどの大声での口論で、何事かと顔を出す者がちらほら見える。
冒険者が数名で組んで活動するパーティ。その成立の経緯は、村から出てきた幼なじみがそのままというものから、何かの依頼で偶然一緒に組んでというものまで様々。あの三人がどういう経緯で一緒にいたかはわからないが、男一人女二人という組み合わせで大げんかということは、
「色恋沙汰か」
やれやれ面倒な、と思っていたところに犬獣人の娘がオロオロした様子で出てきた。
「うう……ど、どうしよう」
仕方ない。こんなところに居合わせたのも何かの縁だろうと、ヘルベルはその娘に声をかけることにした。




