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  作者: ひじきとコロッケ
ルガラン
314/346

山間の街

 そうして頭を悩ませているところに一人の騎士が駆け寄ってきた。


「隊長!」

「なんだ、今色々と立て込んでいて」

「それはわかりますが……至急確認をいただきたいことが」


「なんだ?」

「馬車が近づいてきています」


 そりゃ街道沿いなんだから馬車くらい来るだろうとそちらを見ると、明らかに立派な、もっと言うなら王家の紋章入りの馬車がやってきた。まあ、王家の紋章が入っていると言っても、荷馬車だから王族は乗っていないはずだ。

 一体何事だろうと、一応は警戒態勢をとりつつ馬車を出迎えることにした。盗賊の類いが王族の馬車を奪い取って、というケースを想定して。もっとも、御者台に見知った顔があったので、警戒は緩め、馬車の入るスペースを空けてやると、あちらも勝手知ったるものでスルリとそこへ止まった。

 そして扉が開き、エルヴィナ――王都に残ったはずの一番年かさの侍女だ――が下りてきた。


「エルヴィナ?!」

「お待たせしました……というか、結局説得できなかったのですね」

「はい」

「まあ、予想通りではあります。外れて欲しい予想でしたが」


 やれやれとため息をつきながら、エルヴィナがヴェネットのいる天幕へ向かう。


「姫様、エルヴィナでございます」

「エルヴィナ?どうして?」

「どうしても気がかりなことがございまして、老体に鞭打って追いかけてきました」


 そして顔を覗かせた王女――このあと、はしたないと三時間ほど説教になった――にエルヴィナが一通の封書を見せる。


「遅くなりましたが、ルガランへ入るための親書でございます」

「まあ!」

「早速ですが、これを使者に持たせます。申し訳ありませんが一日だけお待ちください」

「仕方ないわね。そのくらいは待つわ!」


 果たしてその親書の中身、つまりルガランへの訪問理由にはなんと記載されているのかとヴェネットとエルヴィナ以外は気になって仕方ないが、封を開けるわけにはいかない。


「では頼みましたよ」

「はい、お任せください」


 騎士二名に親書を託し、検問所へ向かわせたエルヴィナはさて、ここからどうやって諦めさせるかという作戦の説明をすべく、護衛隊長と侍女たちを集めるのだった。




 国境を越えてから歩くこと五日、ようやく最初の街、ダラムに到着した。

 山間(やまあい)にある街というだけあって、街自体の広さは今までに訪れてきた街に比べると一回り小さいが、山の斜面を利用して街が立体的に形成されているようで、街の規模自体は大きいようだ。

 そして街に入ってしまえば、人、人、人。広い通りといえど、行き交う人は多く、ヘルベルが必死に馬車を操っても人の間をスイスイ進めるリョータたちについて行けるわけもなく。


「やっと離れたな」

「ええ」

「ホント、面倒な人でした」


 あからさまな害がないので、追い払うのも難しかったが、こうして自然な流れて離れてしまえば大丈夫。万単位の人間がいる街の中で、特に約束をしているわけでもない者同士が再び会うなんて、それこそ奇跡――それもイヤな方の――だろう。


「とりあえず宿を探そう」

「「はい」」


 この街でもそうだが、この先もしばらくは冒険者としての活動をするつもりはないため、ギルドに行って「良い感じの宿、ありませんか?」と聞けるほどの神経の図太さはないので、宿の並んだ通りを目指して歩き、自分たちの足で探すことになる。


「どの辺の宿が良いかな」

「んー、あまり大きくない宿が良いと思います」

「ん?どうして?」

「大きい宿はあの人が来るかも知れないので」

「なるほど」


 どの街でもそうだが、大きめの宿は裏手に馬小屋があり、行商人はそこに自分の馬と馬車を入れるのが普通。一方、小さめの宿にはそうした馬小屋がない。ヘルベルという行商人は、色々うさんくさい感じではあったが、馬と馬車は商売道具。大事に扱っていたようなので、どこか適当なところで預かってもらう、なんてことはしないだろう。そして、宿の見分けは単に敷地が広いかどうかでつく。

 つまり、小さめ、あるいは大きくとも馬小屋の無いような宿屋を選べば、宿で鉢合わせになることはないはずだ。




「部屋は三階の階段から二つ目。鍵はこれだよ」


 冒険者、それも比較的実直に稼いでいそうな者の出入りがある宿にちょうど空きがあったので「ここにしよう」と決めた。

 三階建てというのはこの世界ではなかなかの高さとなるが、この街の場合、山の斜面を掘った宿が多いので、三階というのはむしろ低い方。それでも滅多にない高さということもあって、窓を開けると、


「おお」

「すごいですね」

「わあ……」


 ダラムの地形は今までの街では見られなかった、変わったものだ。街の入り口が街道沿いとなっているのは他の街と同じだが、魔の森へ向けてすり鉢のように下っていく。歩いていた感じではそれ程急な勾配とは感じなかったが、こうしてみると結構な高低差がある。そして宿が比較的高い位置にあるということもあって、宿からは魔の森の様子が見える。

 そう、今までの街ではどう頑張っても魔の森と街を隔てる壁しか見えなかったのが、この街では壁の向こうまで見えるのである。

 そして魔の森自体も山間ということもあってか、随分と違って見える。


「岩山っぽいな」

「ああいうところ、ホーンラビットはいそうにないですね」

「だな」


 この街の駆け出し冒険者は何を狩って稼ぐのか少し気になるところ、ポーレットがこうだろうという意見を述べる。


「ああいうところだと岩トカゲとかいそうですね」

「トカゲか」


 あまり見て回っていないが、おそらくこの街の露店で売られている串焼きの肉はトカゲが多いんだろうな。


「さてと……行くか」

「「はいっ」」


 幸い、まだ日の高い内に到着しているので、どうせなら街に繰り出して見て回ろう。もちろん、買い出しも兼ねて。




「馬車、何だか遅くないですか?」

「そんなことはありませんよ?」


 ヴェネットの問いかけにエルヴィナがしれっと答える。

 実際、馬車を敢えて遅く走らせているなんて事実はないのだから、ケチをつけられる要因はない。ただ、馬車がその大きさ相応に重いため、あまり速度が出ないのである。

 国境までヴェネットが急かしたせいもあって、それまで乗ってきていた馬車はかなりガタがきていた。普通に使っているならあと二年くらいは使えたはずなのに。という事にして、改めてエルヴィナが乗ってきた馬車に乗り換えることにした。

 当初ヴェネットは渋ったが、このままでは道中でいきなり馬車が壊れることがあり得るということと、馬車の台数が多いと盗賊に狙われやすいというエルヴィナたちの説得に渋々折れた。

 そして出発したわけだが、馬車三台分の荷物を一台にまとめていることに加え、上りに差し掛かったこともあって、馬車の速度は目に見えて落ちている。

 具体的に言うなら、歩いた方が速いのでは?というくらいに。

 それでも王族が山道を歩くなど言語道断ということで、ノロノロと進む馬車にヴェネットは我慢して乗っているのである。


「これでは追いつけませんわ。エルヴィナ、どうにかする方法を考えて」

「かしこまりました」


 色々やらかしている感のあるヴェネットではあるが、頭は悪くなく、この強行軍――と呼べるかどうか微妙である――に反対している者もいるだろうと言うことは理解している。だが、エルヴィナは高齢を押して追いかけてきてくれた。つまり、ヴェネットがリョータたちを追いかけることを応援しているはずと考え、全面的にエルヴィナに任せることにした。

 エルヴィナはおろか、侍女全員、護衛騎士全員が揃いも揃って、何日目で諦めるか、銀貨を賭けていることなど知らずに。

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