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  作者: ひじきとコロッケ
ルガラン
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面倒ごとはやっぱり向こうからやってくる

 これらの推測を元に、少年――リョータ――がおそらく、裕福な商人の三男か四男あたりだろうと考えた。少女二人はその格好から見て、元々の身の回りの世話をしていた者たちだろう。嫡男でもない息子に使用人を二人もつけるというのはかなり規模のでかい商人。いくつか心当たりはあるが、息子が何人といった情報はなかなか漏れてこないので、どこ、という特定には至っていない。

 だが、つなぎを作っておいて損はない。商売上としても、将来有望な冒険者としても。


「そこでね、言ってやったんですよ。そんな取引に応じられるかって」


 他愛のない雑談をしながら進むヘルベルは上機嫌だが、話の流れがサッパリつかめないリョータたちは、げんなりしている。

 聞くつもりはなくとも、デカい声で話されるせいで無視も出来ず、かといって耳を傾けてもあちこちに話が飛んでいくので、理解が追いつかない。


「これ、酒飲みながら話してるなら問題ない、みたいな話か?」

「ええ。ただ……酒場で話している以上に意味のない話ですね」


 これがこの先の道や村、街に関する情報ならばまともに聞いてもいいのだが、そういう情報は一切無し。さて、どうやって振り切ろうか。




 結論から言えば、振り切れなかった。山道になり、少しずつ傾斜がついてくるとリョータたちの足並みも遅くなる。それはヘルベルの馬車だって同じだが、平坦な道をリョータたちに合わせていたため馬の体力はあまり消耗していなかったようで、悠々ついてくる。と言うか、こちらのペースに合わせて速度を落としているくらいだ。


「ブルルン」


 何か、馬が「へへっ、楽させてもらいますよ」と言ってるように軽く嘶く。ちょっと嗤っているような目で。品が無いなと思いつつ、そうか、馬も飼い主に似るんだなと考えることにした。

 さて、それはそれとして……未だになんか意味の無い話を振られているのは、正直辛い。リョータのカンが告げている。コイツの相手をしてはいけないと。いや、普通の人間なら誰でもそうだろうな。エリスなんて、話を聞きたくないという意思表示らしく耳がペタンと閉じられているくらいだ。あれでも普通の人間以上に聞こえるらしいので意味は薄そうだけど。


「どうする?」


 そう呟くとエリスがそっと寄ってきた。


「この先、休憩できる広場があるみたい。そのまま進んじゃえばいいかなって」

「なるほど」


 人間と違い、馬はある程度の間隔で休ませなければならないはず。この行商人が馬を使い潰すことを何とも思わないなら、休憩無しで進むこともあるだろうが、行商人にとって馬は大事な商売道具。

 三、四時間も歩かせたら一度は休ませ、水を飲ませるはず。一方、リョータたちは休み無しで歩いたって何の問題もない。水は各自の腰に水筒をぶら下げているし、食事だって歩きながら摂れる。むしろ、こういう上り坂では休憩してしまうと、再び歩き出すのが大変なくらいだ。


「ポーレットは?」

「大丈夫ですよ」


 一応聞いてみたが、ポーレットも見た目よりもずっとタフだ。荷物の重さを感じないというギフトはともかく、ポーターとしてパーティについて歩くのが主な仕事だったのだから、歩き続けるくらい、どうと言うことも無い。


「じゃ、そういうことで」

「ええ」

「わかりました」


 これでなんとか引き離せば、精神的な負担は軽くなる。




「そう考えていた時期が僕にもありました」

「「……」」


 全く、数時間前の自分に「考えが甘い」と説教してやりたい。

 確かにヘルベルは馬を休ませるために休憩所で馬車を停め、リョータたちはそのまま道を進んでいった。そしてそこで開いた距離は馬に無理をさせれば追いつけたのかも知れないが、ヘルベルがそんなことをすることはなく。

 と言うのが理想的な流れだったのだが、休憩所に近づいたところで予想外の動きに出たのだ。


「さて相棒、しばらくおとなしく進んでくれよ」

「ブルッ」


 いきなりヘルベルが御者台を飛び降り、馬をポンポンとなでたかと思うと、馬は自分でぽくぽくと進み始める。それを見たヘルベルはバケツ片手に休憩所へ駆けていき、水を汲んで戻ってきた。そして馬の前に掲げてやると、馬の方も慣れたもので歩きながらガブガブと水を飲む。そしてあらかた水を飲み終えると、身体を軽く拭いてやり、御者台へ戻る。

 F1チームばりの高速ピットインを見せられたような、そんな感じ。


「ええと、どこまで話しましたっけ……そうそう、それで」


 どこまで話したも何も、全く聞いてないのでどうでもいいのだが、お構いなしに話し続けるヘルベル。そしてそんな苦行は村に着いても続く。

 村に着いたのはそろそろ日が落ちるかという時間帯。いくら行商人と言えど、そんな遅くに商売をすることはなく、そのまま宿へ。そう、村にある一軒だけの宿へ。

 そしてヘルベルヘルベルが「よかったら奢りますよ」というのを丁重にお断りしたのだが、同じテーブルに着席。宿の主人夫婦も、宿に入ってきた様子を見て「行商人とその護衛」とでも思ったらしく、注文はまとめてとる始末。

 ここで「勘定はまとめて」なんてことになったら、ますます距離をとりづらくなるので、その辺りの根回しをしておかねばと思ったら警戒感を全く隠していないエリスが厨房へ行ったので、その辺は大丈夫だろう。

 そして明日になれば、この男はこの村で商売をするのでこちらは先へ進めばいい。丸一日歩き続けるリョータたちと商売のために足を止めるヘルベル。明日の夜は祝杯だな。転生してから酒を飲んだことないので、気分的な物でしか無いが。




「そう考えていた時期が僕にもありました」

「「……」」


 翌朝、村を出ようとしたら「今日も良い天気ですな」と、暑苦しささえ感じる笑顔で待っていた。


「ええと……」

「おや、昨日話していませんでしたかな?今日積んでいる荷物は、途中の村で売る物では無いんですよ」


 話していたかも知れないが、聞いていなかったんだよと心の中で返しながら、これがしばらく続くのかと肩を落とした。三人とも。


「そうそう、そう言えば……」


 誰も聞いていないのにヘルベルの話は続く。とりとめも無い、何だかよくわからない流れのままに。




 そんな旅も三日目に突入すると、リョータたちの表情にも僅かにゆとりが戻る。ヘルベルは延々……よくもまあ、ネタが尽きない物だと感心するレベルだ……と話を続けていたが、既にそれは風に揺れる木々の音、鳥のさえずりと同化した、ただのBGMとなっていた。

 言うなれば悟りを開いたようなものだろう。そんなある種の境地に至った昼過ぎ、エリスがスッと足を止め、それを見たリョータとポーレットも止まる。


「ん?どうかしましたかい?」


 不審に思ったらしいヘルベルも手綱を引いて馬車を止める。


「エリス?」

「囲まれつつあります。数は二十……いえ三十弱」


 エリスの様子から察するに、囲んでいるのは狼のような動物ではなく、盗賊だろう。


「どうしましょうか?」

「うーん」


 最近、エリスが僅かに殺気を放つと、普通の動物は逃げていく事がわかった。獣人ならではの能力らしいが、それなりに疲れるらしいので普段使うことはない。動物がある程度以上近づいたときに追い払うだけにとどめている。

 今回はできるだけ面倒事、つまり野生動物と遭遇して「いやあ、やっぱり頼りになりますなあ。そうだ、この先も護衛を……ああ、正式な手続きができませんので宿代を私が持つって事でどうです?」という流れを避けるには十分だったのだが、勘の鈍い人間には通用せず。

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