馬車に追いつかれた件
「ラスネスに着くのはいつ?」
「明後日でございます」
毎日、朝昼晩に加えて数回行われている会話と、状況の改善しない回答にヴェネットは苛立っていた。これでは絶対にリョータたちに追いつけない。
明日、ラスネスに到着できれば何とかなるか……うん、きっと何とかなる。自分の中で謎の理屈をつけて納得したところで、命令を出す。
「今日は少し無理をしてでも進みましょう」
「え?」
「なんとしても明日中にラスネスに到着するのよ」
「姫様「わかった?」
「……かしこまりました」
侍女も護衛も急いで移動すること自体は何とかなるが、肝心の馬車を引いている馬はなんともならない。
そもそもヴェネットに言われずとも、少しばかり無理をさせてしまっていて、一晩休ませても疲れが抜けきっていないように見える。
おとなしく従順な一方で、ねばり強い性格の馬たちが選ばれているが、体力面は如何ともし難い。
「どうしましょうか」
「……速度は上げられるか?」
「僅かなら」「それで行こう」
「しかし、馬が持ちません」
「俺に考えがある」
「ほう、どんな?」
「簡単だ。速度は出すが、その分こまめに休憩を入れる。馬を休ませなければと言う理由を示せば大丈夫だろう」
「なるほど」
これで何とか馬を持たせつつ、姫様の要望にも応えられる、いや正確には「応えようとしたが無理でした」という体裁は整う。それにラスネスから南に行こうとしたら、この馬と馬車ではダメだというのは誰でも知っていること。
「あとは諦めてもらえるように説得だな」
「では明日一日かけて、下地を作っておきましょう」
「頼んだぞ」
キリキリと痛む胃の辺りを抑えつつ、それぞれの役割に戻っていった。
翌朝、リョータたちは朝食を終えてすぐに出発し、街道をそのまま南下する。
二時間ほど進んだところに国境の検問があり、そこから先がルガランとなる。
「問題ありません、どうぞ。ようこそルガランへ」
「ありがとう」
元々ドルズの治安がよいこともあり、ドルズからルガランへ入るときのチェックはかなり緩い。もっともリョータたちの冒険者証には「なんの問題もなし」という具合に記録されているので、ここ以外も似たようなものである。一方、荷物を積んでいる行商の荷馬車は中身のチェックが行われるため、少々の足止めを食らっていて、想定外だったらしい商人が衛兵に食ってかかっているのが見える。
「違法な薬物の流通が、とか聞こえます」
「そうか」
「最近増えてるらしいですよ」
ドルズからではなく、ルガラン側から持ち込まれることが多いらしいので、ルガランへ向かう商人の荷物を点検しても意味はなさそうだが、その辺の融通が利かないのがお役所仕事という奴だろうか。
「だから!その荷物を動かすと……ああ、もう!」
衛兵が荷物を動かしたところ、バランスが悪かったのか、ガラガラと崩れた。
「……行こう」
「「はい」」
あれが顔見知りの商人だったら、声の一つくらいかけてもよいが、全く知らない相手ならスルー推奨だ。
「いやあ、ホント。偶然とはいえ、なかなかの実力のある冒険者さんとこうして並んで歩けるなんて」
「「「……」」」
「これも日頃の行いって奴ですかねえ。行商一筋十五年、正直がモットーのヘルベルの人徳って奴ですね」
「「「……」」」
普段なら行商人なんていろいろな情報を持っているからと率先して話にかかるポーレットすら黙ったままという、なかなか見られない異常事態。
検問を抜けてだいたい二時間弱はなだらかな道が続き、その後山道に入っていく。つまり、少々先行した程度では馬車に追いつかれるというわけで、こうして絡まれているのである。オマケに、さっさと行けばいいものを、こうして横に並んでいる時点で、
「寄生だな」
「ですね」
「はい」
行商人自身が腕に自信があるならばともかく、そうでないなら護衛を雇うのは常識。治安の良い地域でも猪や狼、熊といった動物に遭うこともあるし、行った先で商売をしているところでもめ事が起こることもある。護衛を雇って回避できるものなら、回避すべきなのである。そして、そうした護衛として一番手軽に雇えるのが冒険者だ。冒険者ギルドという国家から独立した情報網を持つ組織が「この人物なら大丈夫」と裏書きしているのだから、実は護衛の振りをして行商人を襲うつもりでしたなんて危険も少ない。
だが、こうして冒険者のそばにいれば、何かあったときに「助けてくれ!」と声を上げれば、よほど非情でもない限りは手を差し伸べてくれるだろうという打算で、この男はリョータたちのそばにいるのである。もちろん、何かあって助けてもらった後は「いやあ助かりました」と対して高くもない干し肉などを適当に包んで渡せばいいだろう、とも。何もなければ出費はゼロ、何かあっても護衛を雇うよりもはるかに安く済むという合理的な考え方である。
ということには当然リョータたちも気づいていた。検問でもめているときにそばに護衛がいなかったから、最大限に警戒し、さっさと離れたのだが、徒歩と遅いとは言え、脚力は確かな馬だ。すぐに追いつかれてこの通りである。
一方、ヘルベルの側も、何の考えもなしにリョータたちのそばに行ったわけではない。他にも行き来している冒険者が数組いる中からリョータたちを選んだ理由は、それこそ長年の経験とカンだ。
少年一人と少女二人の組み合わせというのは、それほど珍しくはないのでそこは特に気にせず、彼らの纏う空気、雰囲気で見る。おそらく品行方正が服を着ているほどの善人ではないが、悪人ではない。まあ、一般的な良識ある人物だろうと判断した。
では実力のほどはというと、さすがに実際に戦っているのを見たわけではないので推測するしかないのだが、一番わかりやすいのは身につけている装備だろう。もちろん服も込みで。
少年が着ている服はこれといって変わったデザインではない一方で、少女二人は何というか、メイド服をアレンジしたような服。商人目線で見る場合、デザインよりも生地、縫製を見るのが常と、そちらに意識を向けると、冒険者が身につけるものとしてはかなり上等な生地だ。若干厚手ではあるが、丈夫で少々のことでは破れたりほつれたりはしないし、汚れても洗えば簡単に落ちるという特徴があったはずだ。そして、そういう特性があるということもあって、結構高い。そんな服を着こなしている一方で、着古している様子はない。何着も持っていて着回しているのだろう。
そして、装備。冒険者の中にはある程度経験を積むと金属鎧に切り替えていく者が多いが、彼らは革鎧。では駆け出しなのかというと、逆だとにらんだ。実はAランクくらいの冒険者になると、革鎧になる者が多いのだ。理由としては単純で、革鎧は素材によっては鉄よりも頑丈になる。それでいて動きを阻害せず、軽い。もちろんその分高額になるのは言うまでもない。そして、彼らの身につけているのは正確にはわからないが、かなり上質な素材でできているようだ。そしてそれを使い込んでいるのと同時に、古くなったものは入れ替えているようにも見える。
腰に下げている剣の質はわからないが、着ている服と鎧だけでも相当高額。そんなものを着こなせているのは自分で稼いでそろえたからだろう。つまり、実力は確かだと判断した。
一方で、何かあったときの交渉では負ける心配はない。方や海千山千、行商で各地を渡り歩き、値段交渉をはじめとした駆け引きの経験をもってすれば、言いくるめるなど朝飯前だろう。




