この先、馬車は無理
「仕方ないわ、追うのは諦めましょう」
そういう台詞が出ることを期待して。
なのに、このまま追うという。
「マズいです」
「ええ」
実のところ、準備をしたように見せかけるのが限界で、ちゃんとした準備が出来ていない。このまま街の外に出たら、二日ほどで色々詰む。
「では私が残ります。どうにか間に合わせますので」
「わかりました」
「なんとかします」
護衛のリーダーである騎士とその場で調整し、出発の準備を整える。
「もう、どんどん遅れちゃうじゃない」
「申し訳ありません。なにぶん時間が無かったものですから」
「しょうがないわね、急な話だったし」
その場にいた全員が「急な話にした張本人に言われたくない」と思いながら表情には出さず、仕度を調えて姫を馬車の中に。一番年かさの侍女と二人の騎士を残して。
「あら?」
「私もいい歳で、長旅は少々厳しくなっておりまして。留守はお任せください」
「そう……わかったわ」
馬車の扉が閉められ、門の外へ向けて走り出すと、すぐに騎士と共に城へ戻っていく。
「はあ……ここからも時間との勝負よ」
「姫の我が儘にも困ったものですな」
「何、三日もすれば飽きるでしょう」
そうは言っても念のために、キチンと荷物を整えて後から追わないと。きっと何かとんでもないことが起きる。それなりにヴェネットと付き合いの長い三人ははそんな予感がしていた。
定期馬車は何事もなく順調に進み、予定通り三つ目の村で一泊。宿はなかなかきれいで、食事もうまい。
道中、子供の相手をしていたこともあって、他の乗客とも程よく打ち解けていて、御者からも「俺も色々聞きたかった」と残念そうに言われたりもした。
ドラゴンをポンポン討伐するような冒険者は普通Sランクになっていて、定期馬車に乗るなんて事はないから、リョータたちの話は滅多に聞けない話。そういう自覚はある一方、御者に改めて話をするなんてことをしていたらキリがないので、そこは諦めてもらう。
「いつか機会があったら」
「ああ。期待してる」
ごめんなさい、多分もうこの定期馬車を利用することはないと思います。
心の中で謝っておく。伝わらないと思うけど。
「定期馬車は?」
「もう一つ先の村に到着していると思われます」
「じゃあ、そこまで行って」
「姫様、無理です」
「なんで?」
「もうすっかり日が落ちました。夜の移動は危険です」
街道は整備されているし、盗賊などもだいたい討伐されているので、夜間に移動しても……それこそそこらで野営しても……猪や狼に気をつける程度で大丈夫というのが、ドルズの街道。だが、それは危険が全く無いという意味ではない。
街灯の類があるわけでもないし、場所によっては急カーブとなっている道もあり、余程の緊急事態でも無い限り、真っ暗な道を馬車で進むのは危険すぎる。
今のこの状況を緊急事態と見なすかどうかだが、ヴェネット以外の全員が「むしろなんで出かけなきゃならないんだ?」と思っているから、夜明けと共に王都へ引き返すつもりでいる。
「明日はなんとしても追いつくわよ!」
「は、はあ……」
無理である。
そこそこのペースで進むことを前提にしている定期馬車に比べ、ヴェネットたちが乗っている馬車はあまり速度を出せるように設計されていない。
王族貴族がゆったり優雅に移動するように作られているからだ。そして馬もスタミナがある一方で、速度はあまり出せないような馬が選ばれているため、なにをどうやっても定期馬車に追いつくのは不可能だ。
という説明は何度もしているが、どうやらちゃんと理解していないのか、理解する以前に絶対に追いつくつもりでいるのか。
いずれにしても、全員が「こりゃ長期戦になるな」と諦め始めていた。
「じゃ、またどこかで」
「元気でね」
「よい旅を」
定期馬車の終着点ラスネス。ドルズの南ルガランとの国境まで到着したところで別れを告げてそれぞれの道へ。
リョータたちはというと、ルガランへ向かう定期馬車はないと言うことなので、ここで一泊して明日から歩いて国境を越えることになる。
「ここまで来るのに十日。順調そのものでいいことだな」
「この先は結構大変なんでしたっけ?」
「その辺、あとでおさらいしておこう」
まずは宿探し。冒険者ギルドに行けばいいところを紹介してもらえそうだが、時間帯的に混んでいそうなのでやめておこう。
「ルガランに関して言えることは……山、だな」
「ええ。魔の森との境界の山がそのまま海まで繋がっているような国ですね」
一応、魔の森ではないということで魔物が出ることはない一方で、街道の整備はドルズどころか他の国と比べても数段落ちる。馬車が行き交えないような道ではないが、かなり険しい道も多いので、街と街を結ぶような定期馬車は運行していない。
一方で、商人が馬車で行き来するのに便乗するケースは多いし、そうした馬車を護衛する仕事も多いという。うまくそうした仕事を見つけられれば速く移動できるかというとそうも行かない。そうした馬車は途中の村での行商も多く、数日そこで足止めされることも多い。ということで、自分たちで歩いた方が速そうだ、となった。実際、道の勾配が急なところも多く、馬車もあまり速度が出ないそうで、移動にかかる日数は徒歩とあまり変わらないらしいという。
あと、何かを期待したようなキラキラした目で見つめてくるエリスには申し訳ないが、自走式荷車も却下である。長年使われている馬車が速度を出せないということは、自走式荷車だって速度は出ない。もしも、無理な速度――それでも掃討抑えた速度になるだろう――を出したら、壊れてしまうだろうから。
そんなことを話ながら歩いていると、やはりそうした山道を進んできた、あるいはこれから向かうであろう馬車をあちこちで見かける。
「何か、馬が違うな」
「そうですね」
これまで見てきた馬はリョータの知る限り、地球のサラブレッドより少し足が太い程度だったのだが、険しい山道を進むための馬たちはどれも太い。というか、ゴツい。北海道でそりを引くレースをしていたようなばん馬というのをテレビで見た記憶があるが、アレすら凌駕するようなゴツさがある。果たしてあれは本当に馬なんだろうか、と思うほど。
そして、そうした馬車が集まって荷物の積み卸しをしているところを眺めていてわかったこと。荷馬車の護衛はだいたい決まったものに依頼しているようだというのもわかった。
まあ、元々護衛の依頼はあればラッキーという程度だし、どこかの村で足止めを食らったりしたら元も子もないので、あまり気にしていない。どちらかというと便乗させてもらって体力を温存できないかというところだが、荷物を満載している荷馬車を見ると、それも難しそうだ。
「とりあえず出発は明日。何か買っておきたいものはあるか?」
「そうですね」
工房に保管している物資は緊急用として、買い物をする時間がとれるなら買ってすませる方針。
もっとも、ここまでは定期馬車で来ているので、特に何かを使ったと言うこともない。ルガランに入って最初の街ダラムまでは徒歩で五日かかるとのこと。途中の村には宿があることはわかっているので、補給もあまり心配していない。念のための保存食を買っておけばいいだろう。




