奴隷紋の情報
「おう、来たな」
「上から降りてくるだけですけどね」
昼過ぎすぐに、支部長室を訪ね、椅子に座るとガイアスもその正面に座る。
「まずは、報酬。これだ」
そう言って革の袋を差し出してくる。
「額面通りの賞金に少し足しておいた」
「え?なんで?」
「状況を鑑みて。村が一つ消えて、娘が一人奴隷としてどこかに売られるところだったのをギリギリのところで救った。俺の判断で出せる金額の中だから、たいした額じゃねえよ」
「……ありがたくいただきます」
「そうそう。冒険者ってのはな、もらえる物はもらえる時にきちんともらっておけ」
「そうします」
「それと、評価……ぶっちゃけランクアップだが、保留だ」
「保留?」
「あの三人を捕らえたというのは実績としてはCランクに上げても何も問題が無いんだが、リョータの場合、他の実績が少なすぎてな」
「ああ……」
リョータの冒険者としての実績はホーンラビット狩り、薬草採取、ドラゴン討伐。ここに賞金首三人捕縛が追加されるが、その他が無い。荷物輸送が成功どころか、無効になってしまったので、ギルドの記録上は荷物輸送を受けたことがあるかどうかさえも残らないのだ。
「さすがにこれでCランクって訳にはいかなくてな。王都のギルドマスターと協議中。だが、おそらく通らない。もう少し色々と実績を積めばすぐに上げられるから、頑張ってくれ」
「わかりました。急いであげる必要も無いし、のんびりやりますよ」
「そう言ってくれると助かる。さて、俺からの話は以上だ」
「はい……あの、一つ相談が」
「……あの嬢ちゃんか」
「ええ」
「俺に出来ることなら何でも協力してやりたいが、正直何が出来るかというと……」
「えっとですね」
リョータは奴隷紋が魔法である以上は、解除する方法が必ずあるはずだと言う考えを述べた。そして、その方法を探すために、奴隷紋の作られたところを探し、なんとか出来ないか試してみようと考えていると。
「……色々と聞きたいことがあるんだが……お前、奴隷紋をどうやって調べていくつもりだ?ただの子供に出来ることじゃないぞ」
「実は……」
考えておいた裏設定を語ることにする。
生まれ育った村が壊滅し、引き取られた先は遠縁の男性の家。その男性――共に生活していた頃は『じいちゃん』と呼んでいたことにした――は、余りおおっぴらにはしていなかったが、あのアレックス・ギルターの弟子の弟子の……といくつ辿るかわからないくらいの弟子で、リョータに魔法の基礎を叩き込んでくれた。そして、魔道具や、魔法陣についての知識も。ドラゴンの討伐の時に使った魔道具は彼が遺した物。そんなわけで、多少ではあるが、魔法についての知識はあり、きっと奴隷紋の解除方法を探す上でも役に立つだろうと考えていると。
うさんくさそうな顔してるな。やや無理があるだろうと思ってたけど。
「……その話を信じろと言われてもな……だが、お前の熱意はわかった」
そう言うと、ガイアスは席を立ち、上着に袖を通す。
「オットーにも相談だ。アイツがこの半日、何もしていないとは考えにくい」
「はい」
衛兵詰め所に行くと言ったらケイトも同行することになった。「二人だけには任せられませんから」とよくわからない意気込みがあるようだ。
詰め所に着くと、本当に顔パスで、衛兵達の宿舎の方へ通されそうになったが、オットーに用があると伝えたところ、ちょうど留守にしているという。仕方ないのでエリスの様子を見に行くことにした。
宿舎は男女で別棟になっているが、男子禁制ではないのでそのまま入って問題ないという。部屋は二階の一番奥。そこしか空いていなかったのだが、ある意味安全な場所とも言える。階段を上がり、廊下を歩き始めたところで、はるか遠くからエリスが何か叫びながら全力で駆けてきてリョータに飛びついた。と言うか、そのまま押し倒された。
「#%$!&*!!」
「ちょ……エリス……落ち着い……て……何言ってるかわかんないよ」
「!!$%&*+<>!!」
「……あれだ、そう言うのはもっと場所をわきまえてだな」
「俺は何もしてないんですけどね」
ぎゅっと抱きついて離してくれないが、残念なことにリョータは革鎧を着てしまっているので、余り楽しくない。だが、エリスはうれしいらしく、尻尾がブンブン振られている。
「エリス……あの……」
「あう……」
引き剥がそうとすると、やや涙目に。これ、どうすりゃいいの?
「落ち着いて。ね?」
「でもでも、その……会いに来るって言ってたのに全然来ないから」
「昨日の今日だし、まだ昼を過ぎたばっかりだよ」
「えぅ……」
涙目レベルアップ。
「ゴメン、言い過ぎた」
「……」
この場合、こう言えばいいのかなと言う台詞が思い浮かんだのだが、ガイアスのなんとも生暖かい、そしてケイトの冷たい視線を浴びながら言うのか。でも、この場は乗り切らないと。
「寂しい思いさせてゴメン」
「……うん」
片手で肩をつかみ、反対の手で頭を撫でると、途端に笑顔になった。
これで正解か……ケイトさん、視線に殺意を感じます、やめてください。
エリスの格好は、昨日と似たような服を着て、エプロンをしている。まあ、ここの雑用、掃除やら洗濯やらの仕事らしいから、仕事着って事だな。ちょうど休憩中だったのだが、リョータの足音が聞こえたので走ってきたと言う。どういう聴覚ですか。
頬と脚の怪我はほぼ問題なし、少し青く残っているが、もう痛みも無く、自然に消えるのを待つだけ。元気になったのはいいけど、人前で飛びついてくるのは止めるように言わないとダメだな。
一応、ここでの立場は宿舎全体の雑用係の新人。衛兵達と直接話をする機会はあまりないため、エリスを取り巻く状況について知っているのはオットーと彼の妹二人だけ。その二人も、エリスと積極的に話をしたりすると逆に色々マズいだろうと言うことで、廊下ですれ違った時に挨拶する程度。しばらくはこれで様子を見て、問題があればその都度考えていくことにしている。
「と、昨日の今日でなんとか形にはなった。新人の採用なのに少し微妙なタイミングにはなってしまったが、人手が足りないという話が出ていて、と言うことにしておいた」
オットーの執務室で諸々の顛末を聞かされたが、よくもまあこの短期間でと言うくらいにアレコレと手を回したらしい。
「一番苦労したのは、領主への報告だな。使用人を一人増やす予算の申請理由が悩ましかった」
「……お疲れ様です。ありがとうございました」
元社会人として、人件費を始めとする経費の苦労はよくわかるので、素直に感謝の言葉が出た。
「で、奴隷紋の解除か」
「はい」
「何か、ホンの少しでも良い。手がかりが無いかと思ってな」
「そうは言っても……奴隷紋自体が、色々と秘匿された技術だからな。ふむ……」
やはり何もわからないか。
「不確かな情報でも良いなら二つある」
「え?」
「だが、主婦の井戸端会議のレベルだ。信憑性は低い」
「それでも構いません。教えてください」
「まず一つ目だが、奴隷紋自体は大陸の東で造られたと言われている。だが、誰が言い出したのか、何を根拠にしているのか、全くもってよくわからない情報だ」
「大陸の……東」
「反対側か、遠いな。それでもう一つは?」
「これはもう雲をつかむような話だが……ラウアール王室の資料室に何か手がかりがあるかも知れない」
「王室の資料室?」
「なるほど、あそこか……」
ガイアスは何か心当たりがあるようだ。
「支部長、どういうことですか?」
「オットー、説明頼む」
「ああ」
どこの街でも、そこを治める領主の家にはだいたい資料室と呼ばれるような部屋がある。ただ単に過去の記録……税収や人口の増減などの街を収める上で必要になる情報を毎年書き留めた物を保管しているだけの部屋だが、これが一国の首都、つまり王宮の資料室となると、各地から集めた歴史資料なども保管されることが多い。そんな中で、ラウアール王室の資料室は他の国と全く規模が違い、どこから集めたのか、世界中の情報が集まっていると錯覚するほどの資料が眠っているという。そこならば、奴隷紋について書かれた文献が何か見つかるかも知れない、そうオットーは考えているのだ。
資料室を充実させたのは多分アレックス・ギルターだな、とリョータは想像したが、正解である。
「まあ信憑性が低いというのもそうだが、問題も大きいな」
「そうだな」
「そうなんですか?」
「そうですよ」
「?」
リョータは状況を把握できず、エリスはそもそも話について来ていないようだ。
「リョータ、まず大陸の東という話だが……かなり厳しい」
「かなり、ですか?」
「冒険者ギルドの記録では、大陸の西と東を往復した人物というのは数える程度しかいない」
ラウアールですら、街道の整備が十分でないところもあるというのに、他の国ではどうなのかというと、ほとんどわからないのが実情。馬車が行き来しているところならラッキー、と言う感じでヘタをすると、徒歩で数千メートル級の山を越えるような所もあるらしい。
「それは、わかりました。でも、なんとか行くしか無いって事ですよね」
「そうだな。まあ時間をかければ何とか、と言うところか」
「だがもう一つの、王宮の資料室はさらに難しいぞ」
「簡単には入れてもらえませんよね?」
「当然だ。王族と一部の貴族以外に立ち入りの許可が出たという話は聞いたことが無い」
「そっちは諦めます。さすがに無理そうだし」
いくらこんな状況だと言っても、さすがに王宮に忍び込んで無事に済むとは思えない。
と言うことで手がかりは大陸の東。信憑性は低いが、それでも噂があると言うことは何かあるだろう。いってみる価値はあると思う。それに行くのは大変でも、帰りは転移魔法陣があるしね。
「あ、あの……」
エリスがおずおずと口を開いた。




