もらった情報を整理しよう
「来たか……定期馬車が着いてから随分経ってるのは気のせいか?」
「気のせいです」
「……」
「……」
「ま、いいか。座ってくれ」
冒険者ギルドに顔を出したら待ってましたとばかりにギルドマスターの部屋に通された。
微妙に嫌味のようなことを言われているが、リョータとしては「転移魔法陣で工房行ってました」なんて言うつもりは無いので、知らぬ存ぜぬで押し通す。
ブレアスとしては「これで表情を変えないとはこの若さで大した胆力。末恐ろしい」と思っているが、リョータの中身はほぼ同年齢の上、冒険者ギルドがぬるま湯に感じるようなブラック企業にいたので、このくらいは大したことはないというのが実情である。
「さてと、どこにどういう伝手があったのか知りたいところではあるが、それはまあ置いておく」
「どうも」
「種族奴隷紋をどうにかする方法ってのはだいたいの国で喉から手が出るほど欲しい技術だからな」
「だいたいの国?」
「ああ。その、なんだ。ごく一部の国では種族奴隷紋を認めてる国もあるんだよ。リョータたちが気にする必要はない」
「そうですか」
そう言われると余計に気になる。まあ、今はスルーしておこう。
「で、これが今用意できる全部だ」
「用意?」
「本当はホルツが手渡ししたかったんだが、ちょっと間に合わなくてな」
そう言って結構な厚さの紙束を置いた。
「冒険者ギルドが把握している、黒炎蛇に関する情報と、唯一の目撃……いや、遭遇例のある街までの街道の情報だ」
「なるほど。ありがとうございます」
そう言って手を伸ばしたところで、スイッと紙束が引かれた。
「あの?」
「一応、念のために言っておく。これを受け取るって事は……なんとしても達成しなくちゃならなくなるって事だ」
「えっと……指名依頼とかそういう感じ、ってことですか?」
「ああ。Cランク冒険者に指名依頼ってのは、かなり異例。もちろん例が無いわけじゃ無い」
例えば、何かの素材採集で「いつもやってくれてる○○さんの仕事が丁寧なので、是非お願いしたい」なんてのもあるにはある。だが、こんな漠然としていて、且つ、黒炎蛇という危険極まりない魔物の素材の回収をして、一時間以内にレームまで運ぶというのはSランク冒険者にだって出されない依頼だろう。
「とまあ、厳しいことを言ったが……ホレ、持ってけ」
「へ?」
何か条件でも出してくるかと覚悟したが、あっさり渡されて拍子抜けだ。
「期限までに河を渡るのはおそらく問題ない。移動優先で行けばな。だが、その先は博打も博打。ほとんど勝ち目のない大博打だ」
「そうですね……」
そもそも黒炎蛇が見つからなければどうにもならないのだから、その時点で博打の要素が強い。
ホーンラビットのようにどこでも見かける魔物ならともかく、冒険者ギルドの長い歴史でも数えるほどしか目撃例がない時点で、期限までに見つからない可能性がとても高い。
オマケにその魔物の性質も凶悪で、討伐したという記録の信憑性も低いとあっては、分の悪い賭けどころかうまく行かない方の倍率が1.0を切ってしまいそうだ。
「とりあえずこの先は、各国の王都にあるギルド本部へ行けば最新の情報が入るようにしてある」
「おお」
「ただし、路銀は自分たちでなんとかしてくれ」
「手頃な宿の紹介は?」
「手配しておこう」
「定期馬車……」
「どんどん乗り継いでいくのなら、可能な限り手配する。もちろん、料金は自分たちで払ってほしい」
「わかりました」
「と言われるだろうと思って、明日出発の定期馬車は押さえてある」
「ありがとうございます」
「ほかに何かあるか?」
「いえ」
「じゃあ……っと、そうそう。宿は向かいに並んでる三軒ならどれもお薦めだ」
「ありがとうございます」
一通り聞きたいことは聞けたのでギルドをあとにして、エリスに定期馬車乗り場までひとっ走りしてもらいつつ、ポーレットと宿探しに向かう。並んでいる三軒は値段は一緒だが、食事メニューが少し違う。なんとなく肉多めの宿を選び、ひと息ついた頃にエリスが戻ってきた。何も言っていないのにどの宿のどの部屋なのかまで特定できるのはさすがだと思いながら、三人で資料を読んでみることにする。
「街道は特に問題なさそうだな」
「そうですね。盗賊も大規模なものは討伐されたばかりだそうです」
「半ば見せしめのように処刑もしてるってここに書かれてます」
それならしばらくは安全そうだな。
「地味にありがたいのが定期馬車のスケジュールかな」
「天候次第のところはありますが、なんとか乗り継いで行けそうですね」
料金が少々心配ではあるが、まあ、大丈夫だろう。最悪、定期馬車の護衛の依頼を受けてもいいし。
「で、あとは黒炎蛇の情報……」
「ほとんど役に立ちませんね」
「だな……」
見た目の情報は……大きさくらいしか意味が無いな。
そして、討伐に向かった者たちの被害状況。参考になると言えばなるが、ならないと言えばならない。だいたいが「ほぼ即死だった」というのは危険であることは教えてくれるが、どうやって対策すれば良いのかは教えてくれない。
そして、肝心の討伐成功の記録に関してはもっとひどい。あのオバチャンが言っていたとおり、本当は討伐できてないだろと言いたくなるほど雑な記録。被害状況がひどいので素材採取はおろか、鱗の一枚すら持ち帰っていない時点で、討伐を断念して逃げたというのが真相だろうと簡単に読み取れる。しかも、おそらく何人かを囮にして逃げている、胸糞悪くなるような内容だった。
「ん?これ……は」
「何かありました?」
「エリス、ここ」
「えっと……ええええ……」
種族奴隷紋を消せるかも知れないと言うことで、Sランク冒険者の中でも特に実力があり、信用も申し分ない者に協力を要請しているとあった。
「話が大ごとになってきたな」
「ですねえ」
「Sランク冒険者……動いてくれますかね?」
ポーレットの疑問はもっともな話。世間の多くの者が抱くSランク冒険者というのは、正義感に溢れ、とんでもなく強い冒険者。だが、実際にSランク冒険者と関わったことがある者たち――リョータたちも含む――はこう考える。
「どっかおかしい奴ばかり」
もちろん、ヘルマンのように実績をコツコツ積み上げた結果Sランクになった者もいるが、彼は魔物との戦闘はからきし。平均的な冒険者よりはマシと言っていいはずで、今回の件でも協力要請はされないだろうし、されたとしても距離がありすぎるので間に合わない。
一方、実力のあるSランク冒険者というと、
「ファビオさんとか、マリカさんとか……」
「癖が強い人ばっかり」
「え?ファビオさんってどんな感じの人なんですか?」
「ひと言で言えば変人だな」
実力に関しては、あの不思議な魔剣もあることだし、非常に頼りになるが、それ以外の言動が、というか思考が全てギルドマスターのアザリーさん中心で、アザリーさんが関わっている部分ではただの変態だ。
「ああ、アザリーさんが「黒炎蛇を仕留めたら結婚のことを考えてもいい」とか言えばすっ飛んできそうだな」
「言えてる」
「どういう方かは知りませんが、そういう方なんだと理解しました」
一応はギルドが「特に信用のおける」という基準で選んでいるそうだから、ある程度当てにしておくかな。
「あとは……河についての情報がこれか」
「氾濫する時期はオバチャンからの情報通りですね」
「多少前後するのが当たり前だから、ギリギリと言えばギリギリだな」




