思ったよりも時間が無い件
「え?」
「この黒炎蛇の血、これが厄介だね」
「あ、やっぱりわかります?」
「これでもここの支部……まあ、出張所みたいなもんだけど、任されてるからね。ギルドの上層部で共有されてる情報くらいは把握してる。全く面倒な材料だ」
「はは……」
「しかも仕留めて一時間以内か……どこで作るんだい?」
「えっと……ここの魔の森に、作れる人がいるんです」
「魔の森に住んでるのか。変わりもんがいるんだねえ」
そう言いながらオバチャンは近くの棚から平たい箱を取り出し、蓋を開く。
「しかし、黒炎蛇を仕留めたとしても、一時間以内にここに来るのは無理じゃないかい?」
そう言って箱から取り出した紙を広げて見せた。
「これは……地図?」
「そう。だいぶ古いけど、大陸全部が描かれている地図さ……えーと、今アタシらがいるのはここだね」
そう言って指さした先には特に何も描かれていない。
「ここ?」
「何も無いみたいですけど」
「ハハ、大きな……それこそ王都くらいで無いとこの地図には描かれてないからね」
そう言われてみると、確かにこれまで立ち寄ったことのある街はほとんど描かれていない。
「んで……えーと、ここか」
続いてオバチャンが差したのはこれまた特に何も描かれていない辺り。
「黒炎蛇の目撃が多いのがこの辺。大陸南部の中央よりちょっと西よりさね」
「へえ……」
地図の精度も縮尺も適当だろうから正確なところはわからないが、これなら到着するのは七、八ヶ月といったところか?
「こんな遠くで仕留めて一時間でここまで戻ってくるなんてできるのかい?それよりも魔の森に住んでる変わり者を連れて行った方が良さそうに思えるんだよねえ」
ここが正念場だな。
転移魔法陣があるから一時間というのはほとんど気にしなくてよいと伝えたいが、何をどこまで伝えるかが問題だ。
「一つだけ、方法があるんです」
「ほう」
「魔の森では使えないんですが、遠距離を瞬時に移動する魔法がありまして」
「なるほど。それならどんなに遠くてもすぐに戻ってこれるから大丈夫、と」
「はい」
ガタ、とオバチャンが座り直した。
「結構な秘密なんだろう?いいのかい?私なんかに話しても」
「話さなければならない理由があります。単純な話ですが、黒炎蛇を仕留めて血を回収したあと、すぐに移動しなければならない。それはいいですか?」
「ああ。一時間以内ってのは結構厳しい条件だからね」
「どういうふうに仕留めるかは置いといて、仕留めたあとに引き止められたりしたら意味がありません。冒険者ギルドに俺たちを引き止めないように、という協力を取り付けておかないとならない。そう考えました」
「なるほどね。「ちょっと待て!どこへ行く!」って流れになったらマズいからね」
「はい。それと、大陸南部にいたはずの俺たちがいきなりここに戻ってきたら、色々あるでしょう?」
「あるねえ……で、それをもみ消せそうな私にあらかじめ言っておこうって事かい?」「それもあります」
「も?」
「ぶっちゃけ、街に入るときのチェックすら省略したいんです」
「なるほど」
「なるほど……その、瞬時に移動できる魔法で、街の中にすぐに移動したいって事か」
「はい」
「……ま、事情が事情だからいいけど、事が片付いたあとは認められないね」
「はい。その一回だけに限定します」
むしろそこで「便利そうだから使い方を教えてくれ」と言われると面倒だが、そうするつもりはないらしい。
「さてと……ちょっと待ってな。えーと、アレはどこにあったっけ?」
オバチャンが棚の資料をゴソゴソ探り、いくつかの紙束を持って帰ってきた。
「ええと、これ、これ。ええと……ああ、これはちょっとマズいかな」
「な、何か問題が?」
ここへ来てさらに問題?それは……うーん。
「さっきも言ったように黒炎蛇はこの辺りでしか確認できていない。つまり、三人の目指す場所もここ。これはいいかい?」
「はい」
「単純に行くだけなら、そうだね、だいたい八ヶ月か九ヶ月くらいか」
「黒炎蛇探してどうにかして、って期間はとれそうですね」
「そうだね。単純に行くだけならね」
なんか含みのある言い方だな。
「ここが問題なんだ」
そう言って示されたのは地図の右下、東南端よりやや西に行った辺り。大きな河が描かれている。
「大きな河?渡るのに少し苦労しそうだけど、船なり橋なりあるんでしょ?」
「橋は無かったはずだよ」
「船の渡し賃が高いとか?」
「そういうこともない。だが、時期が問題だ」
「時期?」
「私らのいるレームからここまで、歩いても馬車を使ってもだいたい四、五ヶ月ってとこだね」
「馬車でもあまり変わらない?」
「ああ。ちょっと道が入り組んでてあまり速く移動できないところが多いところがあってね。馬車を使っても十日かそこらしか短縮できないと思ってればいい」
まあ、そういうところがあるのはある程度覚悟しているのでいいとしよう。
それに定期馬車の出るタイミングというのもあるしな。
「で、問題のここ。あと五ヶ月ほどで、渡れなくなる」
「渡れない?」
「そう。年に一度、三ヶ月くらい、この河は氾濫する。そして、ただ判断するだけなら、大きな船でも出せばいいんだが、そういうわけにはいかない。この河は魔の森から流れていてね。その氾濫の時、魔物が大量に流れてくる」
どっかでもそういう話を聞いたような気がするな。仕方ない、エリスに飛び越えてもらうか……
「河幅はだいたい三キロほど」
「広いな」
「そして、氾濫の時には魔物が河岸に上陸したりするから、岸から二キロほどが立ち入り禁止になる。そしてそのさらに外側一キロに騎士団や冒険者を集めて魔物討伐にかかるんだ。当然だけど、氾濫が治まるまでは行き来はできない」
さすがのエリスも空中を約九キロ駆けるのはキツいし、そんな状況だと人目にもつく。色々な事情があるとは言え、すんなり通るのは難しいだろう。
「つまり、何が何でもこの河まで四ヶ月ほどで辿り着かないと、三ヶ月ほど足止めを食らうことになるってワケだ」
「間に合わなくなりますね……明日にでも出発します」
「そうするといい。ギルドの上の方にはアタシから情報を流しておく。だけど、便宜を図れるのはそこまで」
ん?
「路銀は自分でなんとかしな、ってこと」
「なるほど」
「ま、今までに結構稼いでるんだろ?」
「それは、まあ」
「何も無しで行ったら行く先々で「できたらこの依頼を」なんて話が来るだろうけど、それはなんとか押さえられるようにするし、色々な情報提供もする。それでなんとか頑張ってくれないか、というのがギルドの見解になると思う」
そりゃそうだろうな。種族奴隷紋をどうにかできる微かな可能性という程度の情報では大々的に動くのはできないだろう。
「その代わりと言っちゃ何だけど」
「はい?」
「うまく行った暁には報償金がたんまり出るよ。間違いない」
「はは……」
それはそれで……あまり嬉しい話ではないような。
「明日、出発する支度は?」
「なんとでもなります」
「そうかい。まあ、その辺は任せるよ。アタシはちょいとばかしあちこちに話を持っていかなくちゃならないから見送りはできないけど」
「その気持ちだけで充分です」
その後、ギルドの裏手に転移魔法陣を設置。明日の出発もここからにしよう、とはしなかった。使うのは一回だけという約束は既に有効なはずだし、レームを出てからもう一つ設置するのも大した手間ではない。
翌朝早く、ヴィエールに戻ってきたところで二手に分かれる。
エリスとポーレットは買い出しに。リョータはとりあえず冒険者ギルドへ向かう。




