相談相手がオバチャンしかいない件
「とりあえず歩いて行きますよ」
「そう?楽なのに」
「楽かも知れないけど、それって魔の森にしか降りられないんじゃ?」
「そりゃそうだよ。魔の森の魔力を使ってるからね」
「街の出入りせずに魔の森からいきなり現れたら色々マズいんですが」
「へえ」
アレックスがここから一歩も出ずに何年も過ごしているとは考えづらいが、レームに出入りしている様子がないので、おそらくどこか遠くの街に出入りしているのだろう。
そしてその時は、誰にも気付かれないように工夫もしているのだろう。詳しく聞かないけどな。
そして何よりも、聞いている感じで、雲島とかいうのは数日で大陸を一巡りするような速度で移動しているみたいだから、乗るのは結構恐いんだよな。
距離を正確に測った事はないから何とも言えないけど、単純な徒歩移動で約一年かけて半分回ってきたような広さという事を考えると……歩く二~三百倍くらいの速度か?
歩く速度を時速四キロとして……時速千キロ前後。タイミングを間違えたら上空三千メートルに放り出されるというわけだ。
何かコツのようなものがあるとか言われてもやりたくないよな。というか、そんな高速で移動しているものにいきなり飛び乗ったら、それはそれで大惨事になると思う。イメージ的には空を飛んでる旅客機にいきなり飛び乗るのと変わらないんだからな。弾き飛ばされる程度で済むならマシ、というふうに考えておこう。
「書き写し終わりました」
ポーレットが材料を書き写し終えたところに、「これが作り方」と別の紙束が渡された。
「持っていっていいよ。書き写したのがこちらにもあるから」
「わかりました……が、やっぱり最初に作るのはお願いしたいですね」
「いいだろう。黒炎蛇の血を持って来てくれたら作るよ」
「いつになるかわかりませんけど……」
「うーん、できれば一年以内に持って来て欲しいね。いつまでも待つというのはさすがにちょっと」
「わかりました」
鮮度が命という時点で、仕留めて血を回収したらすぐにここに来なければならない。事前連絡もなしにいきなり押しかけることになるから、ずっと待ってもらう事になる。期限を切るのも仕方ないだろう。
「期限を切る代わりに他の材料は用意しておくよ」
「いいんですか?」
「奴隷紋を開発したメンバーの一人として、厄介なものを世に送り出してしまったという責任を感じていないわけじゃないから」
「わかりました。ああ、それと……」
アレックスにいくつかの確認をして、ここを出る事にした。
「では頑張って……いや、できれば頑張らずにいてくれた方が私としては楽ができるか」
「……」
「冗談だよ」
冗談に聞こえないんだが。
とは言え、不平不満を言える立場ではないか。
こちらは特に何も権限のない、一介の冒険者。あちらはどのくらい昔かわからないほどの昔、奴隷紋を作ってくれと頼まれた中の一人で、種族奴隷紋を作ったわけでも無いのに、なんとかするために協力してもいいと申し出てくれた人。協力してくれるだけでも充分なのだ。
奴隷紋管理施設とでも呼べばいいのか何ともわからない施設から外に出るにはリョータたちが入ってきたほかにも出入り口があるが、イマイチよくわからない場所に出るらしいので、元来た通路をたどり、外に出る。
既に日は西に傾いており、やや早足で街まで戻るとそのまま冒険者ギルドまで。幸い、日が落ちたら営業終了とはなっておらず、窓口に「御用の方はこちらのベルを鳴らしてください」となっていたので、ベルを鳴らす。
すると奥から「はいはい、ちょっと待ってね」とオバチャン職員がノソノソと出てきた。
「なんだい、アンタらかい」
「すみませんね、イケメン冒険者でなくて」
「そうだね、アンタがもう五歳くらい歳食って、アタシが二十年若かったらねぇ」
真剣にどうでもいい話を始めようとしたので慌てて遮って、本題に入る。
「それはどうでもいいので」
「どうでもいいのかい?あたしゃこれでも若い頃は」
「もっと大事な話です」
「……奥で話そうか」
時間的に誰かが来る可能性は低いので、ここで話してもいいのだが、あまり聞かれたくない話をしようとしている空気を察したらしく、奥へ入るように促された。
他の街にあるような冒険者ギルドのように機能していなくとも、ちょっとした話し合いができるような会議室は用意されていて、ここなら不意に誰かがギルドに来ても、話を聞かれる心配はないだろう。
「端的に言います。種族奴隷紋をどうにかできる方法が見つかりました」
「ほう。どんな方法だい?」
「色々用意するものはあるのですが、種族奴隷紋を機能しなくなるようにする方法を知っている者がいて、協力を取り付けてきました」
「色々用意、ね。何を用意すればいいんだい?」
「これがその一覧です」
ポーレットが書き写した紙を出すと、オバチャンはそれをじっと見つめる。
「これを用意すれば、どうにかできるんだね?」
「はい……というか、俺の話を信じるんですか?」
「まあね」
そう言いながら、指を一本立てた。
「一つ、アンタら三人が私に嘘を言う理由がない。二つ、ポーレットはまあ、アレだけど、リョータとエリスに関しては真っ当な人間だという評価が出ている」
「アレって何ですか?!」
「騙されて借金奴隷になるのはアレ、だろう?」
「うぐっ」
指を二本立てたところでポーレットが食ってかかるが、軽くあしらわれた。これが年の功か。そしてオバチャンは三本目の指を立てる。
「そして三つ目」
「ここに書かれている中には大陸東部でしか採取できない物が含まれている。東部でほとんど活動していないアンタらが知ってるはずのないものがね。つまり、それなりに根拠のある筋からの情報なんだろう」
なるほど。言動はどう見てもそこらのオバチャンだが、結構な洞察力があるのだろうな。
「本当に種族奴隷紋を消したりできるなら、是非ともなんとかしたいもんだね。この街にいる連中の顔、見ただろう?」
「ええ」
ホーンラビットの狩り方、捌き方を教えた結果、ある程度食生活の向上が見られているそうだが、そもそも彼らが望んだ生活ではない。詳しくは聞いていないが、彼らにだって家族や友人はいるはずで、できる事ならこんなところで離れて暮らしたくはないはずで、実際、人生を悲観している表情のものが多い。
完全に悟って諦めた者もいるが、そんな者たちだって、できる事なら故郷に帰って元の生活に戻りたいだろう。
「で、この情報をどうするんだい?」
「俺たちにはこれをどうすればいいのかサッパリ見当がつきません。うまい事やってもらえたらな、と」
「まったく……難しい話を持ち込むもんだねえ」
そういってオバチャンは腕を組んで少し考え込む。
「いいよ、なんとかしてやる……とは言えないね」
「そうですか……」
まあ、そうだろうなと席を立とうとしたところを止められた。
「待ちな。話は最後まで聞くもんだ」
「はあ」
「この情報、流すべきところに流すってのは任せな。信頼できる筋ってのがあるからね。話せない事情があるだろうってのもどうにかできる」
「それじゃあ!」
「ああ。明日にでも色々掛け合ってみる。二、三日のうちにはギルドの上の方が動くだろう」
「よかった」
「だが、それはそれ、これはこれだ」




