黒炎蛇?
「ということで、犯罪奴隷も借金奴隷も奴隷紋の機能を停止する方法は用意してあって、今でも使われているはずだ」
「……種族奴隷紋は?」
リョータの問いにアレックスの眉間にしわが寄る。
「種族奴隷紋自体が最初に作られた奴隷紋であるということと、比較的早い段階で研究を取りやめ、世間に広がらないように配慮していたということを前提に話すが……非常に難しい」
「やはり難しいですか」
「何が難しいって、材料を集めるのがとにかく難しい」
「何が必要なんです?」
何だって用意してみせる、とは言わないが、それなりのところに情報を流せば、あとは偉い人たちがなんとかするだろうから、聞くだけ聞いておこう。
「ほとんどの材料はすぐに揃うよ。実際、半分くらいはここでも保管しているからな」
書き写しておけと紙が一枚差し出されたのをポーレットが受け取り、手許の紙に写しはじめ……すぐに動きが止まった。
「あの、これ、本当に?」
「うん、本当」
「何があった?」
「黒炎蛇の血……それも出来るだけ新鮮な、って」
「黒炎蛇って何だ?」
まずはそこから確認したい。
何か知っていそうなポーレットを見る。思わず、「知っているのか?!ポーレット?!」と言いかけたが、なんとか耐えた。
「私も、又聞きの又聞きくらいでしか聞いた事がないのですが……極めて危険な魔物です」
「極めて危険?」
「はい。えっと……本当に又聞きなので確かではないのですが」
「いいよ」
「まず、黒炎蛇は大陸南部の方でしか確認されていないそうです」
「南部のどの辺?」
「そこまではわかりません」
「そうか」
「そして、私が聞いた限り、討伐に成功したのは一回か二回。討伐に向かった冒険者などが全滅したのは何回かあったようです」
「全滅の方が多いのか」
「はい。そして、討伐に成功したというのも、本当かどうか怪しいらしいです。生きて帰ってきただけで、死体を持ち帰ったり、確認できたりという話はないそうですから」
「マジか」
アレだな、命からがら逃げ延びて「倒したけど、こんな状態だから持ち帰れなかった事にしよう」「そうだな。そうしよう」みたいな流れか。で、すぐにまた黒炎蛇が目撃されたら「この前のとは違う奴か!」「クソ!ここはいったいどうなってんだ?!」とかやるのか。
「一応、全滅を見届けたという冒険者が僅かに情報を残していまして」
「ほう」
ヘルメスのドラゴン討伐の時みたいに、あちこちに分散して待ち構えて……とかやったのかな?
「まず、その姿ですが、全長二十メートルは下らず、太さは二メートル以上ある、と」
「はっきりとはわからないか。ま、そこは仕方ないな」
「全身は白い鱗で覆われ」
「黒炎蛇って、白いんだ」
「みたいですね。で、口から黒いガスを吹き出すそうです」
「ほう」
「そのガスが吹かれた辺りの草木はあっという間に腐り落ちたそうです」
「人が浴びたらどうなるかは聞かないでおこう」
「で、ここからははっきりと確認できていないそうですが、牙をカチカチやったら」
「やったら?」
「ガスが燃え上がったそうです」
それで黒い炎の蛇か。
「あとはSランク冒険者が魔剣で斬りかかっても傷一つつかなかったとか、宮廷魔術師団数人がかりによる魔法でも特にひるむ事なく進んできたとか」
「ちょっとシャレにならない魔物だな」
本当にそんなのが必要なのかとアレックスを疑わしげに見ると、肩をすくめて答えた。
「そう言われても。これを作った当時、奴隷紋を無効化する方法として必要な材料を検討した結果なんだよ」
「これで本当にできるのか?」
「それは保証しよう。実際作った事があるし」
「え?」
「実際に作った事があるんだよ」
「討伐に成功したかどうかが怪しいとかなんとか」
「そりゃ、冒険者として討伐に行ったわけじゃないからギルドにも記録はないと思うよ?」
「どうやって討伐したんです?」
「さあ?」
「さあ、って……」
「討伐したのは私じゃないからねえ。あ、言っておくけど私は一緒に行かないからね」
「え?」
「一応、魔法の技術とか威力は世界最高水準と自負しているけど、実戦経験は皆無だから」
「ええ……」
「そりゃ、魔の森に入ってすぐ、そう、この辺で言うならホーンラビットとかは倒せるさ。だけど、黒炎蛇なんていう、ドラゴンよりもヤバそう名の相手には戦えないよ。おそらく目の前に現れたら腰が抜けて膝が震えて使い物にならなくなる自信がある」
「いやな自信だな。ま、いいや、黒炎蛇の対策はまた考えるとして、できるだけ新鮮な血というのは?」
「仕留めて一時間以内が目安かな」
「一時間か」
大陸南部でしか目撃情報がないという時点で、倒したあとにどうやって運ぶんだという問題が出てくるが……まあ、転移魔法陣を駆使すれば何とかなるか。
「ただし注意が一つ」
「注意?」
「そう。材料さえ揃えばすぐに奴隷紋を無効にするインクは作れる。使い方も簡単だし、秘密にする必要もないから教えるよ。だけど、インクが長持ちしない。だいたい一ヶ月ほどで使えなくなる」
「頑張って作っても、一ヶ月以内に運べる距離にいる者にしか使えない、と」
「そう」
鮮度を維持できる工房のあの部屋なら何とかなる……かな?
「ちなみに……君なら再現しているだろうから釘を刺しておく。鮮度を維持する……つまり、時間の流れを停止する魔法陣の効果範囲に置いても意味がない」
「え……」
「どうして、といわれても困る。おそらく黒炎蛇の血のせいだろう、としかわからない。私も気軽に扱える素材ではないから、詳しくないんだ」
「まあ、いいか」
「おや、いいのかい?」
「文句を言っても始まらないだろうしね」
どのくらいの量が作れるかはわからないが、少なくともエリスとレームにいるうちの何人かは奴隷から解放できるだろう。そして、その方法が確立できたら、あとは偉い人たちに丸投げすればいいだろう。ぶっちゃけ、ドラゴンよりもヤバそうな魔物を何度も討伐なんて、出来るかって話だ。フラグじゃないぞ?
そんな事を考えているリョータを見るアレックスがニヤリと笑った。
「おそらく、この先も巻き込まれるんじゃないかな?」
「え……」
「ヘルメスに作った私の地下工房に入ったなら……色々と残したままになっていた物も見たんだろう?」
見たというか、持ち出しました。
「という事は、色々と作ったんだろう?」
「まあ、はい」
「ならば!と頼られそうだね……ほら、冒険者としても結構いい感じみたいだし?」
色々お見通しか。まあ、ヘルメスにアレックスが作ったらしい施設から色々いただいているのに気付かれている以上、隠す意味はないのだが、それでもこれだけは言っておこう。
「頼られてるかどうかは正直微妙ですよ。ここまで延々旅をしているから、実績を積み上げて人となりを知ってもらうみたいな機会はほとんどないし」
「おや、パパッと高速移動してきたのかと思ったんだけど」
「雲島ですか?」
「そう。アレに乗れば大陸の端から端なんて「さっき、そんなの初めて知ったって言いませんでしたっけ?」
「そうだった。なら今後は」
「いや、タイミングずれたら死ぬでしょ」
「コツは教えるよ?」
命がけの一発勝負のコツなんて知らずにすませる人生を歩みたいものだな。




