少し整理しようか
「で、彼ら森エルフという連中は……その昔、魔法が使えないことにコンプレックスを感じた者たちが飛び出して、あの辺りに棲み着いたのが始まりだ。エルフの里としての歴史はとても短い。エルフの誇りだとかなんとか言ってたかもしれんが、聞き流していい」
「わかりました」
まあ、あんな脳筋連中の言う事なんて話半分以下でいいと思っているので、今さらか。
とりあえず「森エルフ」連中によって粉々に粉砕されていた、リョータが思い描いていたエルフという種族に対するイメージはどうやら立て直しが出来そうだ。
と言っても、所詮は地球のファンタジー。理想と現実が違うとしても仕方ないのは理解しているから、今後も期待しない。そう、目の前にいるアレックスが一般的なエルフかどうかもわからないのだから。
「で、二人は……よくわかってない状態だよね?」
「はい」
「実はついて行けてません」
エリスとポーレットは頭から煙が出ていてもおかしくないくらい、ちんぷんかんぷんという顔だ。
「えーと、それじゃあちょっと整理しようかな。アレックスさん、何か間違っていたら指摘を」
「いいだろう」
リョータとしても今までに聞いた内容に勝手な推測を交えて理解しているだけなので、アレックスが補足してくれるならありがたい。
「まず、奴隷紋はさっき見せてもらった馬鹿みたいにデカくて細かい魔法陣。そしてあんなのを体に刻むのは不可能なので二つに分離した。体に刻むのは「命令を受け取る」機能と「苦痛を与える」機能、「分離した片割れと情報伝達する」機能」
非常に限定的な機能ならば体に刻むのも手のひらサイズまで小さく出来るというのはアレックスからもたらされていたが、だいたい予想通りだったとも言える。
「だが、分離したもう片方はとても大きいので折りたたんで石に刻んだ。それが他の部屋に並んでたアレで、ここにも大量に置かれている」
二人が頷いているので、ここまでは良さそうだ。
「どの石が誰を担当しているかはパッと見ではわからない。無理に石を壊すと奴隷も死ぬ。そして石と奴隷はある程度……だいたい徒歩で二十日前後の距離なら離れていても問題ない」
「距離に関しては正確なところは教えられないが、まあそこはいいか」
アレックスの補足……いや、この場合は牽制かな……が入った。
「では奴隷が長距離を移動、例えばエリスのように大陸の西部から東部まで移動したらどうなるかというと、ヴィエールの岩山のようなところがあって、上空を巡回している雲島でしたっけ?を使って近くの石に担当とでも言えばいいのかな、そんなのを移動させている」
「うん。あってる」
「つまり遠くまで移動した場合でも、自動的に近くに移っていくので、奴隷に命令を出すのに不都合は無い、と」
そこで一旦ひと呼吸おく。
「そして、その雲島に行くためにあちこちに転移魔法陣が設置されている。リワースの魔の森にあったのは使わなくなったので一部壊しておいたが長い年月で偶然機能するようになってしまった、事故のようなモノ」
「う……うん、そうだね」
「ヘルメスにあったのは……穴を塞いでいたはずなのに何らかの理由で塞いでいたものが壊れてしまって出入り自由になってしまったもの」
「そう。ヘルメスの方は今でも上を雲島が通過するので使えるよ」
使えると言われても転移するタイミングがずれたら乗れないんだが、その辺は突っ込まないでおこう。
「以上が大陸全土、どこにいても奴隷の行動を制限というか、命令に反すると苦痛を与える奴隷紋の仕組みというわけだ」
「ふーん」
「ほえー」
相変わらずエリスたちにはピンときていない様子だが、アレックスの方はリョータの理解に少し驚いている様子。というかリョータの方がこの仕組み……システムと言っていいだろう……に驚いている。何だっけ、分散コンピューティング?クラウド?エッジなんとか?とにかくそんな感じのものがここで動いているのだ。しかも作者が目の前に。
しかも、それが全て魔法によって構築されている。魔法、万能過ぎだろ。
「で、君たち、いや君の目的は、エリスだっけ?そこの彼女の奴隷紋を消す方法を探すこと?」
「ええ」
「必要なのかな?」
「え?」
「だって、現状でも困ってないみたいだし」
確かに困ってはいない。そもそもリョータにはエリスに何かを命令すると言うつもりはないし、エリスの方もリョータに反発するような意志がない。もちろんリョータがエリスの嫌がることを命じないという前提がある、というかリョータが奴隷というのをどう扱っていいかよくわからないというのが実情か。
「確かにエリスに関してはそうかも知れませんが、他に種族奴隷紋を本人の意志に関係なく刻まれた人がいるんです」
「うーん……それは前提がおかしいな」
「前提?」
「奴隷紋を自分の意志で刻んでもらう人なんていないでしょ?」
「それはそうですが……違法な、つまり人攫いのように傷つけ、痛めつけて、というのは自分の意志に反するのでは?」
犯罪奴隷は、罪を犯したら犯罪奴隷になると言うことを知っていながら罪を重ねた結果だから、ある意味自分の意志だろう。
借金奴隷だって、借金の額が大きくなったらそうなると言うことを知らされていたのだから、自分の意志と言えそうだ。まあ、ポーレットの場合は色々アレだが。
だが、種族奴隷はどちらにも該当しない。何の前提もなしに無理矢理奴隷にしているし、ほとんどの国で種族奴隷紋を刻むという行為が犯罪として設定されている時点で、彼らは被害者だ。
そして、リョータの感覚ではどうにか救われるべきだろう、と思っている一方、アレックスは「どうでもいい」と思っているように見える。
「では……あなたが突然誰かに襲われて、気を失っている間に刻まれたらどう思いますか?」
「フム……」
「どこの誰とも知れぬヤツが勝手に主人に指定されて、というのはどうです?」
「確かに人攫いは私たちが奴隷紋を研究していた頃も、今に至るまでもだいたい犯罪、それも重罪だな」
「でしょう?」
「そして主が刻まれていないというのは確かにリスクがついて回るか」
どうやら理解してもらえたようだな。この手の話は「自分がされたらどう思うか?」という問いかけが一番いいようだ。
「ちょっと待っていてくれ。資料を取ってくる」
そう言ってアレックスは部屋を出て行き、五分ほどで紙の束を抱えて戻ってきた。
「まず結論から言おう。奴隷紋自体を消すというのは非常に難しい」
ある程度予想していた答えかな?
「理由は色々あるが、一番の理由は「奴隷紋は一生消えないようにして欲しい」という注文があった、というのが大きいな」
「消えないようにって……」
「簡単な話だな。犯罪奴隷になるような奴は、仮にお勤めを終えたとしてもまた罪を犯す。借金奴隷になるような奴はどうせまた借金をする。ならば、わかりやすい目印をつけておいて、周りが迷惑を被りにくくしてやろう、というわけだ」
犯罪奴隷に関しては同意できるが、借金奴隷は……ポーレットみたいに騙された系がいるんだよな。ああ、騙されやすい奴、という印になるのか。騙す方が相手を選ぶときに基準になりそうだな。
「だが、紋を消すことが出来なくても、機能を停止させる方法はある。というか用意しておかないと色々マズいだろうと言うことで用意はしてある」
「色々マズい?」
「ああ。犯罪奴隷紋を刻んだが、実は無実だった、とかな」
法整備というか、犯罪の取り締まりや裁き方が地球の中世並みかというこの世界で、冤罪という概念はあるようだ。しかも結構昔から。




