空の謎
ならば、アレはどうだろうか。
「少し北のリワースの魔法陣は?壊れてましたけど」
「リワース……リワース……」
「普通に地面に魔法陣があったんですが」
「ああ、思い出した、アレか。アレは少し違う」
リワースの魔法陣もアレックスが関わっていたこと自体は予想通りだが、奴隷紋の情報伝達用ではない?どういうことだ……って、そうか。
「そう言えばそうですね。アレ、上空に強制転移する罠でした」
「罠?」
「え?」
「罠ってどういう意味だい?」
「そのまんまの意味ですが」
あんな空高くに転移させる魔法陣、罠以外になんと呼ぶのだろうか。
「ううむ……あれは罠ではないのだが」
「あれと似たようなのが、ヘルメスにもありましたよ?」
「ヘルメス?」
「ええ。大陸西部の」
「ヘルメス……ああ、あれか……って、あれを見つけたのか?」
「えっ?」
見つけたのかって、隠されてすらいなかったんだけどな。
「ちょっと待ってくれ、整理する」
「はい」
こめかみをトントンやりながら「確かあれは」とか「こうしてあった」とブツブツ呟きはじめたが、何かおかしな事でもあったのだろうか?
そして、これは結構待たされるかなと思っていたら意外にも早く考えがまとまったらしく、ポンと手を打った。
「少し確認しよう。まずヘルメスの方から」
「はい」
「ヘルメスにも確かに魔法陣は設置しておいた。それは確かだ」
「ええ」
「で、どうやって見つけたのか教えてくれるかい?」
「どうって……魔の森に入って少し歩いたところにある」
「うんうん」
「大きな穴の開いた岩山と言うにはちょっと、という大きさの「ちょっと待って」
「はい?」
「大きな穴の開いた?」
「ええ」
「大きなってどのくらい?」
「大人が歩いて出入りするのに支障ないくらいには」
「なんてこった……じゃあ、ええとリワースの方」
「はい」
「あれは確かに開けたところに魔法陣があったと思う」
「ありましたね」
「だが、一部を削って機能しないようにしておいたハズなんだが」
「草の汁が流れて固まって機能するようになってたみたいなんですが」
「なんだって?!」
アレックスが両手で顔を覆い、天を仰いだ。どうやら想定外だったらしい。
だが、それも数秒。すぐに復活した。
「リョータ、もう一度言うが、君の言う魔法陣は、罠として作った物ではない」
「ええ……」
「結果的に今は罠のように作動してしまったようだけど、本来は違う目的で作った物だ」
「違う目的、ねえ……作った側は何とでも言えますね」
「ま、まあ、そうだが」
「じゃあ、そもそもあれは何のために作られたんですか?」
「うーん、どこからどう説明した物か……ここがヴィエールと繋がっているのはわかるね?」
「はい」
「ある程度の距離までなら、魔法陣同士を繋いで情報の伝達が出来る、ということなんだ」
「はい」
「だが、ある程度以上離れると」
「離れると?」
「情報伝達にかかる時間が長くなる」
ネットで間に入る機器が多いと遅延が生じるとか、どこかで聞いたような気がするが、それと同じかな?
「どのくらいというのはなかなかわかりづらいが、だいたい街を二つ挟むと一人分の情報でも半日ほどかかる」
「それは長いですね」
「だろう?そこで考えた。短距離になるようにすれば良いって」
何だそりゃ。
「あまり知られていないというか、研究に関わっている者くらいしか知らないことだが、上空三千メートルほどにここと似たような設備を乗せた大きな岩を飛ばしている」「は?」
「下からは雲に見えるように偽装しているから、見上げても気付くことはまずないだろう。夜、ヴィヴェールの岩山のようなところの近くで見ると青く光っているのんがわかるくらい、だろうかな?」
「ああ、確かに見えましたが」
「そういうものがいくつか大陸全体の上空をグルグルと回っている。基本的には放っておいても構わないんだが、定期的にチェックをしに行かなければならない。そういうときに魔法陣で転移するんだ」
「なるほど」
「で、リワースの魔法陣は、使わなくなったんだ。地上の施設を作っていく過程で、雲島……ああ、僕らはあれをそう呼んでいるんだが、もう少し内側を通るように変更した関係で魔法陣が要らなくなってね。一部を壊して機能しないようにしておいた、というわけ」
「つまり、想定外の事故」
「そうなる」
「結構被害が出てたみたいですよ?」
「え?」
「魔の森に入った冒険者が行方不明になるって。冒険者ギルドに誰も来なくなるくらいに」
「うわ……」
少し頭を抱えて恐る恐るこちらを見た。
「もしかして、恐ろしい犯罪……」
「う、うーん……」
リョータは、というかエリスとポーレットもそうだが、こちらの方の国の法律には疎い。それでも、何百年も前に壊したはずの魔法陣が自然に復活して色々やらかしてました、ということに対応する法律はないだろうと思う。
「大半が人間の国なので、何百年単位の出来事は罪に問われないと思いますが」
「そ、そうだよな」
「あ!」
「ど、どうした?」
「リワースって、近くにエルフのすむ森がありますね。もしかしたらそこでは犯罪になるのかも?」
「ああ、アイツらか」
アレックスはエルフだから、エルフの森、というかエルフの国と言っても良さそうなところだと対応する法律がありそうだ。
「ま、まあ……黙っていれば大丈夫だろう、うん」
「ここにいるポーレットが、そのエルフの森の族長の娘なんだが」
「物理的に消しておくか」
「ひええええ!」
「待って!それこそ犯罪!」
「冗談だよ。そうか、あの森の……ふーん」
「ん?何かあるんですか?」
「彼ら、自分たちのことを「森エルフ」とか呼んでるだろう?」
「ええ。何か、歴史の長い由緒あるって雰囲気ですよね」
「まあ、そうだが……実際にはあそこにいる連中って、魔法もロクに使えない、言うなれば落ちこぼれ連中だぞ」
「へ?」
「見たならわかるだろう?」
「あ、ああ……そういう」
筋肉で何でも解決、って感じだったよな。で、それはそれとして、ちょっと気になることを言ってるな。
「落ちこぼれ?」
「君たちは知らなくても仕方ないが、エルフというのは基本的に魔法に長けた種族。魔法の精度や威力が優劣を決めている」
「それで落ちこぼれ」
「と、外からは言われている」
「え?」
「実際には、それなりに鍛錬しなければ魔法の技術は上達しないからな。私の生まれ故郷にも魔法がほとんど使えない者は大勢いたぞ」
「えーと?」
「実際のところ、エルフは魔法の適性はそれ程高くない」
「そうなんですか?」
「ああ。生まれ持っての素質のある者はともかく、ほとんどの者が……人間の倍以上の時間をかけて身につける」
「倍以上ですか」
「そうだ。その代わりと言っては何だが、人間よりも寿命が長いので、魔法の鍛錬にかけられる時間はとても長い」
確かにポーレットはこう見えて……まあ、女性の年齢をとやかく言うのはやめておくとして、アレックスが数百歳レベルなのに見た目は若いというところからよくわかる話だ。
「エルフが生まれ故郷を出るってのは、だいたい百五十歳を超えたくらいだな。ざっくり言うと百年以上魔法の鍛錬に時間を使える。相当才能がないとかでも無い限り、普通の人間よりも魔法に長けるのは当然だろう?」
なるほど。普通の人間なら魔法の鍛錬だけに時間を費やしたとしても五十年がせいぜい。その倍以上の時間が使えるなら、多少苦手でも平均的な人間以上になるのは当然か。




