奴隷システム
今まで聞いた内容をリョータは自分なりに整理してみる。
あの馬鹿みたいにデカい魔法陣は、見た感じのイメージで言うと、CPUの回路図。前世で「最新のCPUが」みたいな記事にあった、内部のイメージ写真によく似てる、と思った。おぼろげではあるが、確かCPUの回路って、なんだったっけ……AND回路とかOR回路とかを組み合わせて、電気信号が入ってくると、その回路だけで複雑な計算が出来るように作られていたんだったか。それと同じ、と考えればまあ……この世界の魔法でも似たようなことは出来るのだろう。
そして、機能を分離して離れた位置でメインの処理をする……クライアントサーバーシステムとかいう奴かな?リョータ自身はそういう業界にいたわけではないのであまり詳しくはないが。
そして、サーバーに相当するものをあちこちに作る。クラウドかな。
とりあえず地球が二十世紀末頃からようやく実装していたコンピュータとかインターネットとかそういったものをアレックスたちが数百年前の時点で実現していたということに、かなり驚いている。
オーパーツかよ、と。
「これを作り上げるにあたっては、当時、まだあまり影響力のなかった、冒険者ギルドとか商業ギルドの協力が不可欠だった」
「え?」
魔の森との共存はこの世界で人類が誕生した頃には既にあったこと。そして人々が魔の森とその外で活動を大きく分けていたのもアレックスが生まれたときには既に当たり前のことだった。
魔の森で活動する者の互助組織としての冒険者ギルド、街や村の流通のための組織としての商業ギルドは各地で微妙に形は違えど動き出していて、超国家的組織として機能している地域もあったが、まだまだ地方の組織の枠を出ていなかった。
「奴隷という仕組みを動かす上では国をまたいだ連携が必要になったんだ」
「奴隷が国をまたいで動くことがあるからですか?」
「そう。そこで、冒険者ギルドと商業ギルドに話を持ちかけた。他の街との連携を強化しないか、と」
当時、それぞれの街にある各ギルドは、隣の街との間での情報共有の仕組みは既に確立していた。が、定期馬車で書類を運ぶという方式だったため、時間も手間もかかるし、時には盗賊や野生動物の襲撃で届かないこともあり、苦労していたので、魔法による情報伝達手段というのは歓迎され、すぐに広まっていった。
もっとも、すぐと言っても、何十年もかかったらしいが。
「そして世界中にこういう施設を作りまくった。奴隷の仕組みを作り始めて百年くらいかかったかな」
「百年ですか」
「ああ。仲間の中には普通の人間も多かったからね。途中リタイヤも多かったよ」
そりゃそうだろう。
「こうしてどうにか犯罪奴隷の仕組みが出来上がり、それを応用して借金奴隷も出来上がった」
「いくつか質問が」
「いいよ」
「例えばですが……ここにあるあの箱、アレが壊されたらどうなるんです?」
「鋭い質問だね。先に言っておくと、あのたくさんある箱のどれに誰が該当するかは簡単にはわからない。色々複雑な仕組みになっていてね。そう、そこにいる……えーと、ポーレットだったか」
「え?私?」
「そう、君は借金奴隷だろう?その君の命令違反の判断をしているのがどこにあるのかを知るには全部の施設を探し回って、アレコレ調べて……ということをやる必要がある。やり方を教えてもいいけど、調べるだけで何十年もかかるだろうね」
「そんなに?」
「うん。そして仮に「これだ」というのを見つけて、それを破壊したらどうなるかというと……」
「どうなるかというと?」
「死ぬ」
「え?」
「奴隷紋の仕組みとして、そういうふうになっている」
「な、なるほど」
とりあえず、この辺は詳しく聞くのはやめておく。壊して回れば解決、とならないことがわかっただけでも充分だ。
「ではもう一つ」
「うん」
「種族奴隷も同じ仕組み?」
種族奴隷、という単語がでた瞬間、アレックスの表情が固くなった。その単語に対して悪感情を持っているのが明らかなのがよくわかるほどに。
「そっちの……エリスだったか。種族奴隷、なんだね?」
「わかるんですか?」
「なんとなく、訳ありなんだろうとは思っていたが、その質問で確信したという程度だけど」
とりあえず、魔力の流れ的に気付いてました、ということではないらしい。
「君たちの目的は、種族奴隷の解放、ということかい?」
「はい」
「そうか……」
アレックスがこめかみに指を添え、目を閉じる。
「……そうか。種族奴隷紋がまだ使われていたんだな」
「まだ、とは?」
「今から話す事、落ち着いて聞いて欲しい」
「は、はい」
「まず、種族奴隷紋は……奴隷の仕組み、奴隷紋の中で一番最初に出来た奴隷紋だ」
「一番最初?!」
「ああ。行動を制限するとか、奴隷紋を維持させるにはどうしたらいいか、というところで条件をクリアしやすかった、というのがある」
腐れ外道かよ、と言いかけたがやめた。当時は、というか、研究時点ではこうなることは予想していなかったのかも知れない。
「まあ、我々の中でも賛否両論だったよ?種族という、一生変えられないものを使って維持するというのは、道徳的にも問題がある。そして何より、研究者としての敗北だろう?」
「敗北?」
「そう。楽な方へ進むことだし、何より、出来上がったものが当初考えていた物とは違う物になるのだからね」
「なるほど」
「だが、行き詰まっていた研究を少しでも進める手がかりが欲しい。そんな思いでやり遂げた者たちがいて……結果的にそこから研究が進んで、犯罪者に刻む奴隷紋が出来上がったんだ」
「なるほど」
「詳しくは聞かない方がいいよ?」
「聞きません」
「賢明な判断だ。説明しようとすると軽く五十年はかかるからね」
道徳的とか人道的とかじゃなくて寿命の心配の方だったか。
「さて、種族奴隷紋からの開放か……なかなか難しい話だね」
「難しいのですか?」
「当然さ。綿密に組み立てられた仕組みだからね」
「綿密……」
「そう。さっきも言ったように、奴隷に関する情報を世界中にばら撒いて、ちゃんと機能するようにしているわけだからね。かなり大がかりだよ」
「フム……」
確かに地球で実現されていたインターネットとかクラウドとかそう言った物はかなり大がかりだったはず。世界一有名なインターネットの検索エンジンはリョータの知る限り、世界中にコンピューターが何千台とか何万台の単位で配置されていて、高速なネット回線で繋がって、とかそんな感じだったはず。それと同じようなことを実現しているのなら、それは大がかりなものになるだろう。そして、多分アレ、だろう。
「大がかりって、ヴィエールから入った魔の森の、実に人工的な感じの山の上にあった魔法陣みたいなヤツですか?」
「ヴィエール?」
「ここから南に行ったところです。魔の森に入ってすぐくらいにデカい岩山が」
「ああ、あそこか。ふーん、アレを見つけたんだね……ま、隠していたわけではないから登れば見つかるか」
「もしかしてアレを壊すと、近くにいる奴隷たちの奴隷紋が無効になる、とか?」
「うーん、それは無理だろうね」
「無理?」
「ああ。アレ、自動修復の機能がついているし、その、ヴィエール以外にも近くにいくつかあるからね」
「それを全部探し回っても、ということ?」
「そう。この際だから言っておくと、ほとんどの街の近くにアレがある。君たちがヴィエールで見つけられたのは、結構目立つからだろう?」
「ええ、青く光るのは有名みたいです」




