奴隷制度
「奴隷?」
そう言われてもピンとこない。せいぜい思いつくのはリンカーンとかその程度。日本人の認識なんてそんなモンである。
「えっと……奴隷って聞こえたんですけど……」
「まあ、リョータは知らないよな」
ガイアスが答える。
「奴隷ってのはな、犯罪奴隷・借金奴隷といてな……」
ああ、テンプレね、とリョータは説明を聞くことにした。テンプレ通り、と言う単語がことごとく裏切られるこの世界。奴隷の意味も大分違うかも知れないからだ。
まず、犯罪奴隷。今回の三人のような重罪を犯した者を奴隷とし、重労働を課す物。決められた期間、決められた仕事をこなせば奴隷から解放されるが、たいていの場合、過酷な労働に耐えきれずに命を落とすか、決められた期間のうちに寿命を迎えて死ぬ。犯罪奴隷になるような重犯罪は期間が長く、終身刑に相当するレベル。例えば今回の三人の場合、奴隷として働かされる期間は数百年になるという。
そして借金奴隷。金を借りたはいいが、返せなくなり、仕方なく……いわゆる体で払う、と言う奴である。ただし、法律でいろいろと決められていることが多く、危険な仕事を強要できるわけではない。また、本人の意思に反して、体を売るようなことも出来ない。そして借金を返済し終えると自動的に奴隷から解放される。なお、誰かが借金を肩代わりした場合でも解放はされない。ただ単に借りた相手が変わっただけ。つまり、奴隷の主人が変わるだけである。
テンプレ通りだったよ、とちょっと安心した。
「だが、嬢ちゃんの場合、厄介なことになっているんだ」
「厄介?」
「嬢ちゃん、気をしっかり持って聞くんだぞ。オットー、少しは配慮して説明してくれよ?」
「ああ、当然だ」
オットーがうなずき、ゆっくりと話す。
「ハマノ村の村長夫人からの情報があってな、念のために確認をした結果……奴隷紋が刻まれていた」
「奴隷紋?」
「その人物が奴隷であるという証しだ。奴隷商人が扱う不思議な技術でな、主人の命令は絶対という……まあ犯罪奴隷も借金奴隷も同じように奴隷紋を刻んで契約を結び、奴隷にする」
この辺もよく聞く話だな。
「犯罪奴隷の奴隷紋には国家への隷属と、奴隷の期間・労働量が刻まれる。借金奴隷は借金相手と金額。つまり、解放する条件が刻まれていて、条件を満たすと奴隷紋は自動的に消えて、奴隷から解放される。ここまではいいか?」
「はい」
「さて、その娘に刻まれていたのは、禁忌。本当にごく一部の国でしか使用が許可されていない奴隷紋だ」
「ごく一部の国?」
「少なくとも大陸の西側にある国では使用が禁止されているどころか、その紋の刻み方自体を知ることも違法。よほどのことが無い限り、即死刑か、長期犯罪奴隷のどちらかの刑になる」
ゴクリ
「正式な名前は伝わっておらず、調べる術もないのでなんとも説明しづらいのだが……俗にこう呼ばれている……種族奴隷紋」
「種族……奴隷紋?」
「……解放条件は……指定された種族、その娘の場合、犬の獣人だが……犬の獣人で無くなること、が条件だ」
「え?……それって」
「……ああ」
死ぬまで、と聞こえたぞ?
エリスは……特に表情に変化は無い。キョトンとした顔である。
「幸いなことに、と言うのもどうかと思うが……誰のという部分が刻まれていない。そのために、今は何も問題は無い。だが、奴隷紋を扱える者ならば、誰でも主人の名を刻むことが出来る。いつ何時、奴隷にされるかわかった物ではない状況だ」
「それを……あいつらが……?」
「奴らの活動が目立ってきたのは一年ほど前からだが、その少し前から違法な奴隷についての情報が出ていてな。ラウアールでは無いが、他の国で数名保護されたという話を聞く。どこで紋を刻まれたのかさっぱりわからない状況だったのだが、あいつらがその一端を握っていたと言うことがこれではっきりした」
「……あいつら……そんなことも……」
「かなり昔の記録ではあるが、種族奴隷紋を刻まれた者が死ぬと、紋が消えたらしい。それ以外には今のところ、他の解放方法が見つかっていない。禁忌として重犯罪に指定している理由がわかるだろう?」
「……はい」
「そして、我々王国騎士団の不甲斐なさも」
ダンッとオットーが机を叩く。その拳は今にも爪が肉を破って血が噴き出しそうな程に握られている。
ちなみに、衛兵隊は王国騎士団の組織であるが、盗賊の捕縛や魔物討伐などで実戦経験が王都の騎士隊よりも豊富で、その実力はもちろん、経歴も衛兵の方が上という評価をする者も多いという。実際には実力は個人の力量だし、経歴はただ単に呼び名の違いだけで横並びらしいが。
「そういった理由により、その娘の身柄は衛兵隊が責任を持って預かる。あまり自由に外出させられないという不便さはあるが、ここの敷地内ならば基本的に自由に行動できるようにする。食べるものも着るものも不自由しないようにする。我々が出来る責任の取り方と受け取って欲しい」
エリスを見る。ようやく事態が飲み込めたのか、とんでもない顔になっている。涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
「わたっ……わ……たっ……」
「……」
かける言葉も無い。
「……私が言えることは以上だ。何か質問は?」
「今はなんだか色々……うん、色々ありすぎて……」
「だろうな。何かあったらいつでもいいからここに来てくれ。リョータの名前で通すように手配しておく」
「ありがとうございます」
そこまで聞いたオットーが机の上のベルを一度鳴らすと、先ほどの女性二人が入ってきた。
「ここでの生活の面倒は、当面の間この二人に任せる。二人ともすまないが、この娘を案内してやってくれ」
「わかりました」
「あの!」
「何でしょうか?」
「エリスは、見ての通りですけど顔と足に怪我を。薬草を貼っているので朝と夕に交換を」
「承知しました。お任せください」
混乱したままで足下がおぼつかないエリスを抱きかかえるようにして連れて行く。あれ?待てよ?
「あの、オットーさん」
「何だろうか?」
「あの二人は……その……信用できるのですか?」
「ああ、問題ない」
「リョータ、あの二人はオットーの妹だ」
「は?」
「年の離れた妹でな。身内びいきをするつもりは無いのだが、正直なところ、剣術でも私と互角に戦えるほどの腕前、何かあっても大抵のことは対処できる。この詰め所の隊員におかしな考えを持つ者はいないと信じているが、身内しか信用できないあたり、私もまだ未熟だな」
「わかりました。よろしくお願いします」
「ちなみに一番上の妹はガイアスの所に嫁いだぞ」
「は?」
「いやあ、ハハハ……」
このタイミングでノロケ話はいらないよ。って、ここにいる二人は身内だったのか!
とりあえず、エリスの様子を見に来るのは自由。顔パスにしておくからと言われ、一旦外へ。支部長からは賞金については明日の昼以降でと言われたので、解散することにした。
「ちょっと行くところが」
「ん?ああ……別に構わないが」
「どちらへ?」
「……秘密です」
どうせギルドに戻るのだからと同じ方向へ歩き出した二人と別れて、街の外――工房へ向かう。
「奴隷紋について書かれているところはなさそうだな」
魔法大全にも魔道書にも詳しい記述は無かった。魔道書に、そう言う物があると言う説明はあったが、それ以上の説明は見当たらず、今のところは情報ゼロである。
仕方ないのでヘルメスへ戻り、ギルドへ。ケイトに帰着を告げていつもの部屋に。
ベッドに寝転がり、今までに聞いた情報を整理する。
まず、この世界の奴隷は奴隷紋という不思議な紋様を体に刻み、さらに主人の名を刻むことで成立する。一般的に借金奴隷と犯罪奴隷があり、借金奴隷は金を貸した人物が主人、犯罪奴隷は国家の名前が刻まれ、国が主人となる。
用途が非常に限定され、解放する条件も比較的ゆるい――犯罪奴隷の少なくとも何十年という期間がゆるいかどうかは別として――二つに対して、エリスが刻まれたのは種族奴隷。他にもいろいろな種類があると推測される奴隷紋の中で、獣人差別という意味合いも持つこの奴隷紋は最悪の奴隷紋とも呼ばれ、解除方法が奴隷自身の死以外に無いという、とんでもない性質のものである。
そして、確かに死亡によって奴隷紋が消えるらしいのだが、一部の獣人差別主義者達は、あえてこの紋を獣人に刻み、苦しませてから殺した上でこう言うのだ。「獣人に生まれた苦しみから解放してやったのだ」と。
全くもって、反吐が出るようなやり口だ。獣人はモフモフして愛でるものだろ……っと、そうじゃない。
さて、この奴隷紋がいつ頃から存在しているのかは諸説あり、はっきりしない。少なくともラウアール王国が出来る以前から大陸には広まっていたらしい。では、奴隷紋はどこの誰が作ったのか?これに関してはさらにはっきりした記録が無いという。
「だが……魔法なんだ」
どういう仕組みかわからないが、どう見ても魔法だろう。と言うことは、何らかの方法で奴隷紋を上書きするとか、打ち消すような魔法陣を作って発動させれば奴隷状態から解放できるのでは無いだろうか?
現状では情報が少なすぎて、何ともしようが無い。だが、この世界のどこかにそのヒントはきっとある。
「探してみるのもアリ、かな」
とりあえず支部長や衛兵隊長に相談してみるかな。何か他にも手がかりがあるかも知れないし。




