冒険者になりたい
「迷った」
日が落ちかけ、暗くなってきた街で、一人呟く。人口一万人の街、というから大したことないだろうと勝手に思っていたのが間違いだった。
日本で一万人は、タワマンなんかの高層建築も多いので、比較的狭い範囲で一万人の街が出来る。だが、この世界は、見たところ高い建物でも三階建てくらいで人口密度が低く、街は広くなるのだ。
「どこに何があるかさっぱりだ」
街の中に案内図とかもない、当たり前か。門で衛兵に聞いておけば良かったと後悔するが、今いる場所もよくわからなくなったので、門に戻ることも出来ない。冒険者っぽい格好の人でもいれば、後をついて行って、と言うことも考えたのだが、それらしい人も見当たらない。
今いるところの周囲は、そろそろ賑やかになりそうな酒場や、食堂が並んでいる。雑貨とかそういう店はそろそろ閉める時間らしく、片付けを始めている。念のため酒場をチラリとのぞいてみたが、冒険者ギルドっぽい物ではなく、普通の酒場だった。ついでに言うとお子様容姿のリョータは睨まれてしまい、話をするのもちょっと無理っぽかった。
そして、今いるところは宿屋の前。これまた冒険者ギルドではなく普通の宿屋。一応看板に一泊いくら、と言うことが書いてあるので宿屋で間違いないだろう。小銀貨一枚、千ギルというのが高いのか安いのかわからないが。
「さて、どうするか」
選択肢その一。何とか冒険者ギルドを探し、冒険者になる。
この場合、冒険者ギルドの紹介とかで安い宿に泊まれそうだ。ただし、この容姿、色々といじられそうだ。それにそもそも、冒険者になるとしても、今まで魔物なんて見たことがないから不安も多い。
選択肢その二。とりあえずこの宿に泊まる。
一晩じっくり考えるのもいいだろう。何が何でも冒険者、というのもテンプレ過ぎる。だが、他に生活するための手段があるのだろうか?そもそもこんな子供一人で泊めてくれるのだろうか?
もう少しだけ冒険者ギルドを探してみよう、と決めた。何をしても良い、と言われたが、生活基盤がない時点で選択肢が限られている。何より、神が用意した物が「冒険者になれ」と言わんばかりの物ばかり。言いなりになるのは癪だが、憧れてるのも事実だ。それに、十三歳から冒険者になれる、と言うのなら、そう言う境遇の者も多いだろうから、いじられることもないだろう、と期待する。
そう決め、両手で軽く頬を叩き、気合いを入れる。
冒険者ギルドを探すにはどうすればいいか、もう一度よく考えよう。冒険者は主に魔の森に入り、魔物を狩ってくる。他にも色々と活動の場はあるらしいが、魔の森での活動が一番多いはず。となると、魔の森と行き来しやすい場所にあるのでは?そう考え、ある方向を向く。結構な距離があるにもかかわらず、その巨大さがわかる壁。魔の森と街を隔てる壁だ。あの壁の向こうへ毎日のように出かけるのなら、壁の近く、もっと言うなら壁にあるだろう門の近くに冒険者ギルドがあるはず。こんな簡単なことに気付かなかったなんて、異世界に来てテンション上がりすぎだったか、と反省してから壁に向かって歩き始める。
ちなみに、誰かに聞く、なんて選択肢は最後の手段だ。コミュ障なめんな。
十分は歩いただろうか。人混みのせいでなかなか進まないのもあるが、こんなに距離があったとは。壁が大きいせいで距離感が掴みづらいのも原因か。
馬車でかなり移動できたとは言え、慣れない森の中を歩いた疲れもあり、足取りが重くなってきた。前世の運動不足とか引きずってるのかね、と余計なことを考え出した頃、ある人物が目にとまる。筋肉の塊のような体格で、革の鎧っぽいのを身につけているし、腰には剣を下げている。隣を歩くのは軽装だが、弓を持ち、矢筒を背負っている。こんなところでコスプレもないだろうから冒険者だろう。ギルドに向かってくれるとありがたいんだが、と期待しながら追いかけることにした。
改めて見ると、似たような格好の者五人で何やら談笑しながら歩いている。話している内容はよくわからないが、「今日のあれは」とか「明日こそ」とか聞こえてくるので、魔の森での活動についてだろうか。
やがて、一つの建物のスイングドア――西部劇にあるようなあれだ――を開けながら中に入っていく。看板を見上げる。
「冒険者ギルド・ラウアール・ヘルメス支部」
小さくガッツポーズ。やっとたどり着いた。中の様子をうかがうと、どうやらテンプレ通り、酒場もあるようで、賑やかな声が聞こえてくる。
その上に描かれている冒険者ギルドであることを示すマークがどう考えても日本の某生活用品メーカーのキャラクターにしか見えないが、『獅子』なんだろうな……
「よし、入ろう」
期待半分、不安半分で、扉を押し開けて中に入ると、いきなりさっきの五人に囲まれていた。
「お前、俺たちの後をつけ回して何たくらんでんだ?」
一番体格の良い、リーダーっぽい男が威圧感たっぷりにこちらを見下ろしながら聞いてくる。そうか、こちらはただ単について行っただけだが、彼らにしてみれば尾行された、と言うことになるのか。
「あ、あの……」
「ああ?」
「ぼ、冒険者になりたくてこの街に来たんだけど、冒険者ギルドの場所がわからなくて、それで……」
視線だけで殺されそうだと思いながら、正直に答えると、ごつい男はじっとこちらを見た後、破顔した。
「何だ、そうだったのか」
「子供が尾行なんておかしな話だとは思ったけどね」
「そう言うことなら仕方ないな」
「つーか、場所くらい衛兵に聞いておけよ」
笑いながら肩や背中をバンバン叩いてくる。
「ほれ、受付はあっちだ」
「頑張れよ」
そう言って、左側の受付、としか言いようのない一角を示し、右側、酒場の方へ歩いて行った。良かった、いい人達だ。
受付は、十人ほどの冒険者が列を作って並んでいた。大きな袋――なんか血まみれの何かがはみ出てる――を持っているので、今日の収穫を持ち込んだ、と言ったところだろうか。
「ん?冒険者になりに来たのか?」
「頑張れよ」
「何でも聞いてくれ。俺の授業料は高いけどな」
「俺は格安で教えるぜ、一時間金貨一枚」
なぜか受付の方をチラチラ見ながら、冗談とも本気とも取れる声をかけてくるのに相づちを打っていると自分の番になった。受付のカウンターは重い荷物の上げ下げもあるせいか結構低いので、背伸びをしながらというほのぼのとした絵にはならなかった。
「こんばんは」
「えっと……」
受付の女性――明るい茶髪をポニーテールにした笑顔のまぶしい女性だ――の明るい挨拶にちょっと気圧され気味になる。母親とコンビニ店員以外の女性と話すのって、何年ぶりだろうか。
「冒険者になりたいんです」
「えっ……」
受付嬢は一瞬固まり、ちらっと後ろを振り返り……はぁ、とため息をついてこちらに向き直る。
「わかりました、少しお待ちください」
今のため息は何だろう?と訝しんでいる間に、カウンターの下でごそごそ音がして、目の前に紙が一枚出される。
「こちらに記入を……あ、字は書けますか?」
「はい、大丈夫です」
書くのは名前と年齢だけなので、サラサラと書き上げて渡す。
「では、あの辺りの椅子に座って待っててください」
紙を持って奥へ入っていったので、言われるまま壁際の椅子に座って待つ。
この後の流れを想像してみるか。さっきからチラチラと奥の方を気にしていたと言うことは……テンプレ通りなら、魔力とか測る石版みたいな道具を使って測定。
「こ、こんなにすごい魔力が!?」
「とんでもない新人が来たようだな」
「ギルドマスターを呼べ」
こんな所か。オラちょっとワクワクしてきたぞ。
そんな妄想に耽っていると、受付嬢がトレイを持って戻ってきてこちらを手招きするので向かう。よし、栄光の日々の始まりだ。
「はい、こちらが冒険者ギルドの一員であることを示す身分証、冒険者証です。なくしたりすると再発行時にはお金がかかりますから注意してくださいね」
そう言って、金属製のプレート――名前入りのタグ――を渡してくる。チェーンが付けられており、首から提げるのが一般的らしい。
「あとはギルドの規則について説明しますね」
内容はテンプレ通りだった。
全員Fランクからスタートし、実績を積むことでE、D……とランクが上がっていく。Aランクまでは単純に実績を積むだけで上がるが、そこからさらに大きな功績があるとSランクになる。
実績を積むにはギルドから出される依頼をこなしていくのが一般的。依頼にもランクがあるが、一つ上のランクまでしか受けられない。Fランクの俺はEランクまでしか受けられないと言うことになる。後は常設依頼と言って、魔の森ではありふれている魔物を狩って素材を集めてくる、と言う物があり、これは依頼を受けていなくても狩った魔物や薬草などを提出するだけで良い。
他にもパーティを組んだ場合の依頼のランク制限とか、犯罪行為等についての注意があったが、一言で言えば「テンプレ通り」と言うことだ。
「以上で説明は終わりです。わからないことがあったらいつでも聞いてくださいね」
そう言って受付嬢は説明を終えた。
あれ?魔力を測る道具とかそう言うのは無いの?あと、新人の俺に絡んでくる先輩冒険者とかそう言うのは?
もしかして、そう言うの……無いのか?
そう思ったとき、カウンター横のドアがバン!と開かれ、大柄な中年の男性が出てきた。
「新人が来たって?どいつだ?」
よしよし!テンプレ来たー!!