穴の底には
「でも……この線が集まった先、真ん中はさらに下へ伸びているような」
エリスが指さしたのは下へ降りる階段の周囲。ぐるっと魔法陣の線が丸く囲んでいるのだが、その内の一箇所から線が二本延びている。
「この線、下へ伸びてたんですよね」
「だな」
「つまり、階段を下りていった先に?」
「多分、何か……奴隷に関係するものがあると思う」
「奴隷に関係するもの?」
「ほら、この辺が「奴隷の種類」っぽく見えるだろ?」
「「?」」
どうやら二人にはこういう「項目」という概念を理解するのは難しいらしい。
「よくわかんないけど、リョータがそう言うならきっとそうだよね」
「エリスさんの理解の仕方が謎ですが、まあ、そうなんでしょう」
おかしいな、俺、何かおかしな事言ったかな?まあ、いいか。
「とりあえず改めてあの穴から降りて行ってみようと思う」
「わかりました」
「今度は三日……四日くらいで?」
「三日としておこう。準備は四日分で」
「わかりました」
荷物の用意を二人に任せ、リョータは描き写した魔法陣の絵をもう一度確認する。
何度見ても「奴隷のデータ」をやりとりしているようにしか見えない。そして、そのデータは魔法陣の中心と外を行き来している。外に伸びるうちの一本はおそらくヴィエールを指していて、その他もどこかの街、あるいは街の近くを向いているのだろう。
これが奴隷のデータを送受信するための魔法陣だとしたら、この中心にある穴を降りていった先にあるのはさしずめデータセンターと言ったところか。ファンタジーな世界にいきなりコンピュータの登場とは想定外といえば想定外。だが、よくよく考えてみれば魔法陣なんて「何を」「どうする」を記述したプログラムみたいなものとも言える。もっとも、明確な文法、言語はないので、プログラムと言えるかというと微妙だが。
「よし、行くぞ」
「はい!」
翌日、準備を整えて再び岩山の山頂中心部にある穴の前に三人は立っていた。
先頭からエリス、リョータ、ポーレットの順で降りていくことにして、エリスが草刈り用の鎌を手にやる気を見せているのはまあ……いいか。
先頭がエリスなのはその索敵能力故。通常は真ん中に置くべきポーターのポーレットが最後尾なのは、どう見ても穴を降りていく階段が狭く、真ん中にポーレットがいたらその後ろに立つことになるリョータから前の様子が全く見えなくなるからである。後ろから襲われる心配をしなくて良さそうな場所ならではの隊列でエリスが邪魔な草を刈りながらゆっくり降りていく。
「草、結構多いですねえ」
「そうだな。大丈夫か?大変そうなら途中で交代してもいいぞ」
「平気です……あ」
「ん?」
「鎌の刃、欠けちゃいました」
「ええ……」
エリスが見せてきた鎌の刃は見事な程にギザギザになっていた。
「これ、安物だったり?」
「しませんよ」
ポーレットが「刃物の目利きはできませんけど」と前置きしつつ、レームの農家が使っているのと同じものだと答える。
「そうか、魔の森の草だからか」
「ああ……そうかも知れませんね」
魔の森でこうして草だけ刈るものはほぼいない。薬草採取などでバッサバッサと草を刈ることはあっても、それだけで一日過ごす者はほぼいないので詳細はわからないが、おそらく、魔の森で生育しているという時点で相当丈夫、そう、数束刈り取る程度ならともかく、ザクザクと刈っていったら普通の鎌では刃こぼれしてしまう程に硬いのだろう。
「ラビットナイフなら大丈夫でしょうか?」
「多分」
「じゃあ……あ、そうだ」
「ん?」
「えーと……こう……こうかな?」
エリスが草の根本付近を指差し、集中する。
「えーと……刈り取れ!」
バシュッと何かが吹き出すような音がして草が揺れた。
「ダメでした……」
「ど、どんまい」
エリスとしてはリョータがやって見せたように魔法でスパッと切りたかったのだろう。だが、まだ魔法の習熟度――イメージ力――が足りないのだろう。
「ラビットナイフで頑張ります」
「無理しなくていいからな」
「は、はい」
さすが、信頼と実績のラビットナイフだったが、それでも全く刃こぼれしないというわけでもなく、鎌よりだいぶ長持ちはする、という程度で限界を迎え、取り替えなければならなかった。まあ、だいぶ使い込んでいたし、そもそもが安物ナイフなので、あまり期待してはいけないのだ。
「あ」
「どうした?」
「階段、そこで終わってます」
「おお」
グルグル降りてきた深さはざっと二十メートル程。見上げたはるか上に小さく青い空が見えるくらいに深く、途中からランタンを使わなければ足下も覚束なくなる程だというのに、よくもまあ元気よくのびるものだと感心しながらエリスの刈り取った草を眺める。これが魔の森が魔の森たる所以なんだろう。
降りた先はただの丸い壁に囲まれただけの空間だった。そして、そこから通路が一本だけ延びていて、上の魔法陣から延びている線もその通路の天井に続いていた。
「エリス、魔物はいるかな?」
「いないと思います。この辺、壁の岩と上から落ちてきた土と草の匂いしかしません」
「よし。行こうか」
ポーレットが念のためにと、壁に小さな杭を打ち込み、紐をかけてスルスルと伸ばしていく。万が一のときはこの紐をたどっていけば戻れる、という気休めだが、ダンジョンの類いになれていないリョータたちにとっては必要な措置だろう。
「よし、行こう」
「「はいっ!」」
魔物が近くにいないと言っても、ここから進んだ先にいるかも知れないし、罠とまで行かなくとも危険な場所もあるかも知れない。全員がそれぞれに緊張感を持って歩き始めてわずか一、二分。
「扉?」
三人の目の前に大きな金属製の扉がそびえていた。魔法陣から延びていた線はそのまま扉の向こう側へ続いているようなので、この先に向かうのは確定だ。
思わずポーレットをみるが、フルフルと首を振っている。この世界のダンジョンというのは洞窟。ポーレットの経験上、長年冒険者たちが探索し続けた結果、地面や壁がすり減って滑らかになっていることはあっても、こうした人工物があったことはない。そして、魔の森にこうした人工物があったという記憶もない。だから「これが何かわかるか?」というリョータの視線に「知りません」と答えているわけだ。
一方のリョータはというと、メチャクチャ興奮していた。なにしろこちらに転生してきてダンジョン探索と言えば、ラウアールで強行軍をしたくらい。しかもそれが、ポーレットの経験を持ってしても記憶にない、人工的なダンジョン。滾らないはずがない。
そっと扉に近づくが、罠のようなものはないらしく、扉に触れると金属のヒンヤリとした感触。彫刻などで飾り立てられているわけでもなく、無骨な一枚板に取っ手がつけられた、実にシンプルな扉だ。
「エリス、どう?」
「向こう側から音はしません」
「この周囲も?」
「何もなさそうですね」
微かに降り積もっている砂埃にはたった今歩いたリョータの足跡以外に、何かがこの近くにいた痕跡は見当たらない。おそらく年単位、それも何十年以上、ここに誰かがいたことはないのだろう。
あとは扉に仕掛けられているかも知れない罠か。こればっかりは調べる術が無い。そもそもダンジョンに罠があるという考え方がないために、罠が仕掛けられているか調べるという技術自体が無く、当然ポーレットもそうした技術は持っていない。
「とりあえず、開けてみるか」
一応リョータが二人に確認すると、二人とも力強く頷いた。




