奴隷のデータ
「この辺でどうかな?」
「いいと思います」
翌日、岩のそばまで来たところで周囲を確認。街の方から見えないこととホーンラビットが周囲にいないことを確認し、魔法で地面を盛り上げていく。
「もう少し……あと三メートル、二メートル……そろそろ止めてください」
「ほいっと」
岩と同じ高さまで伸ばしたところで一旦岩の様子を見る。
「真っ平らですねえ」
「だな」
ヴィエールの山のようにてっぺんは平ら。長い年月のせいかデコボコがあって、少し草が生えているが、元々はきれいな平面だっただろうことがうかがえる。
「特に魔物もいないようですね。ちょっと行ってみます」
「うん、気をつけて」
リワースにあった魔法陣みたいなのがあるとマズいが、そういう物も見当たらない。警戒するに越したことはないと、周囲をすこし探ってからエリスが飛び移った。
そして、足元をトントンと蹴る。
「この周囲、中に空洞などはなさそうですね」
「ありがとう。ポーレット、行くぞ」
「はい」
全員が移るとまず一度ぐるりと回ってみる。
「見える範囲に魔法陣はなさそうだな」
「ですね」
比較的草の生えていないあたりをベースキャンプに決め、ポーレットに準備を任せるとエリスと二人で中心へ向かう。
「直径一キロくらいの円形、ヴィエールの山のてっぺんと似たような感じだが……」
「リョータ、あれ!」
「ん?」
エリスが指さす先にあったのは、ここ最近何度も見た、魔法陣の一部だった。
「これはまた……ん?」
「何かあった?」
「これさ……今までに見た中で一番細かいかも」
「細かい?」
「そう……ほら、こことか、こことか」
「?」
なんて言うか、うまく伝えづらいともどかしさを感じながらも見やすくするために魔法で草を切り飛ばす。
「どうかな?」
「確かに。ごちゃごちゃしてる……かも?」
「だろ?」
リワースの魔法陣もヴィエールの山頂にあったものも、魔法陣を構成している直線は短くても二、三メートルはあったのに対し、ここのは五十センチ程度で曲がったり交差したりしていて、なんて言うか情報量が多い。
「この辺からこっち……ここに繋がって……ここが……」
魔法陣をたどりながら草を切り飛ばしていくと、なんとなく全容が見え始めてきた。
「うーん、これは」
「何だかよくわかりませんね?」
「だな」
予想される魔法陣の五分の一くらいが見えるようになったと思うが、複雑すぎるというか、何をしようとしているのかまだイメージが見えてこない。
「これも描き写してみるしかないか」
「ですねえ」
あの作業、結構面倒だったんだよなと少しうんざりしながら、一旦中心まで行ってみようと歩いて行く。魔法陣を踏まないように注意しながら。
「リョータ、あれ、なんだろうね?」
「なんだろうな」
中心付近、遠目にもなんとなく見えていたのだが、近づくとちょっと奇妙なことがわかる。ここまでもあちこち草が生えていたのだが、中心付近だけ妙に草が多く、背丈も高いようだ。そのくらいなら「ちょっと草が多い」くらいですませるが、奇妙なのはその周囲。
魔法陣のラインが直径五メートルほどの円を描き、その縁からスパッと切り取られたように穴になっていて、草をかき分けてみると下へ降りる螺旋階段が見える。
その階段部分に風で運ばれてきたらしい土が積もって草が生えていて、まっすぐ伸びるだけの種類のせいなのか、ここだけ丸い草の柱になっていて遠目にもよく目立つのだ。
「というか、そもそもの話として、下へ降りる階段って」
「明らかに誰かが作ったってこと?」
「だよな」
問題は「誰が」「なんのために」だ。
まず、「誰が」だが、こちらはヴィエールの山にあった魔法陣、リワースの魔法陣と同じような作りに見えるので、ここを作ったのと同一人物、あるいは関係の深い者とみて間違いないだろう。この状況で無関係な誰かというのは不自然すぎるからな。
では「なんのために?」だが……これはもう、降りてみるしかないだろう。
見た感じだけでなく、この街の事情、冒険者の活動の状況などから見て、随分長いこと誰もここに来ていないのは明らか。
入っていきなり誰かに襲われるという可能性は低いと思う。
少し草を刈り取り、中の様子を見てみたが、ここからわかるのはかなり深くまで降りている階段だということくらい。
「音や臭いは?」
「これと言って何も」
「そうか」
危険度は低いかな。
「なるほど。確かに何かありそうですね」
ポーレットと合流して情報共有した結果、二人と似たような感想を述べた。まあ、それ以上に何と言えばいいんだって話だからな。
「で、これからどうするかなんだが」
まずはリワースと同じようにここの草刈り清掃をして、魔法陣の全容を調べることにする。
それだけでも何かわかるかも知れないし。
で、魔法陣を描き写したら一旦街へ戻る。広さと魔法陣の細かさから見て、描き写し終える頃に持ち込んだ食糧が尽きるだろうから。その後については未定。
魔法陣がどういうものなのか次第。
そんなことを決めて調査初日は終了した。
そして翌日から魔法陣の描き写し。草を刈り、土を飛ばしてから軽く洗い流し、露出してきた魔法陣の模様を描き写す、ヴィエールでもやった作業だが、あのとき以上に魔法陣が細かいので、倍以上の時間がかかる。
そして描き写している間に七回、日に二、三回という結構な頻度で魔法陣が光った。が、エリスたちの奴隷紋は光らず。そして、ヴィエールで上空に見えたような青い光は見えなかった。どうにも関連性がよく見えないんだよな。
そんなふうにして、ギリギリ食糧が尽きる前にどうにか描き写し、早々に魔の森から引き上げた。
「さて、この魔法陣から受けるイメージは?」
「受け取る?送る?」
「私もエリスと同じですね」
「そうか……じゃあ、「何を」受け取ったり送ったりするんだろう?」
二人とも、魔法陣を描き写した紙の前でうーん、と唸る。
「なんて言うか……名前?」
「そうですね、この辺が名前っぽい」
「ほう」
「あとは……よくわかりません」
「私もです」
「なるほど」
二人が受けたイメージ以上の物をリョータは感じ取っていた。
この魔法陣は確かに「何か」を受け取ったり送ったりしている。では何を受け取ったりしているのか。
あくまでも描き写しただけの物なので精密さに欠けるが、その上でリョータにはこう見えた。
奴隷の情報
この世界では「情報」という概念が現代地球のそれとは若干違う。情報という考え方はあるが、それは例えば「○○なら△△に行けばあるぜ」「□□さん?○○にいたな」という情報。対してこの魔法陣が扱っているのは、例えばこんな感じで、項目と内容に分かれているようだ。
名前:エリス
種族:犬獣人
性別:女
奴隷種別:種族奴隷
主人:リョータ
名前:ポーレット
種族:ハーフエルフ
性別:女
奴隷種別:借金奴隷
主人:リョータ
こんな感じに構造化された情報。しかも奴隷に関する情報を扱っていると、明確に伝わってきている。ただ、二人には何のことやら、という感じらしい。
言うなれば、この世界の人々が知っている「情報」とは「インフォメーション」で、ここでやりとりされる「情報」は「データ」だ。
「じゃあ、「なにを」はちょっと置いといて、受け取ったり送ったりする先は?」
「あちこち、たくさん」
「ですね。この辺の線が向いている方向は全部、って感じです」
中心から放射状に三十本くらいの線がのびているのをポーレットが指さす。だが、その線は東方向にのびているものは無い。
「なるほどな」




