間引き
この街と魔の森を隔てる山の隙間はあまり広くなく、それ故に街の規模も小さい。
そして、魔の森もなだらかな平原が広がっていて、ヘルメスとどこか似た雰囲気。一応ダンジョンもあるらしいが、歩いて三日以上かかるらしく、誰も行かないという。
そんなごく平均的な穏やかな魔の森だが、一ヶ所とても不自然なところがあった。
魔の森に入って右手側、つまりやや北西方向にある……何だか大きなモノ。
「アレはねえ、ぐるりと回ると三、四キロくらいのでっかい岩さ」
「でっかい岩、ですか」
「まあ、岩というのも何かおかしいんだけどねえ」
形状は高さが五十メートル近くある、円柱状。といっても、誰も登った者がいないのでてっぺんがどうなっているかは全く不明。
登った者がいない理由は、その表面がツルツルと滑らかかつ硬く、杭などを打ち込むことが困難だから。
どこかに穴が開いていてモンスターの巣窟になっているというわけでもないので、ギルドとしては「放置」と言うことになっているという。
「絶対怪しいよな」
「何かあるとしか」
宿に戻って率直な感想がつい口から出てくる。何しろどこからどう見ても人工物。怪しくないどころか怪しい要素しかない。
「行くなとは言われてないんだよな」
「むしろてっぺんがどうなってるとか、そういう情報があるならありがたい、って言ってるみたいでしたね」
「……登るか」
「そうしましょう」
ヴィエールの山みたいなことを想定し、三、四日分くらいは保存食を持っていくようにしよう。
「ひょえええ!」
「あ、そっちに行くな!」
「ぎゃああああ!」
翌日、準備万端で岩へ向かったリョータたちを待っていたのは、ホーンラビットの大群。
街から歩いて二時間ほどという距離の上、特に何があるわけでもない辺りはこの街の冒険者たちが立ち寄るような場所ではなく、ホーンラビットの間引きがされないために大群となっていた。
今までも同時に複数のホーンラビットを相手にしたことはある。だが、せいぜい同時に五羽がいいところで、今の軽く二十を超えるホーンラビットに一斉に襲われるというのは未経験だ。リョータとエリスが飛びかかってくるホーンラビットを片っ端から切り伏せているが、飛び散った血の臭いでさらに興奮しているのか、真っ赤な目で牙をむき出しにして飛んでくる様は「コイツ、本当にウサギか?」と疑いたくなる。まあ、そもそも、普通のウサギというのをこちらで見たことがないのでわからないが。
「ひょわあああ!」
「馬鹿!そっちに行くな!」
奮闘している二人と対照的にポーレットは右往左往して危なっかしい。元々荷物持ちの役割だから戦闘力にカウントしていないが、未経験の事態にオロオロしてあちこち動かれると守るのも出来ない。
「くっそ……しょうがない。エリス、五秒もたせて!」
「はいっ!」
エリスの返事を待たずにポーレットの元に駆けていくと後ろでリョータを追おうとしていたものをエリスが蹴り飛ばしていく。
「うろちょろすんな……っての!」
なおもこちらから距離を取りそうな感じで背を向けていたポーレットの荷物にトンと手をつける。
「にょわああああ!」
三人の四日分の食料はそれなりの重量だし、その他の細々した荷物も全て入ったバッグは見た目通りの重量。それに触れて、ポーレットのギフトを無効化してやれば動きも止まる。
「ぎゃああああ!」
だが、動かなくなったということはホーンラビットたちにとって良い的ということ。一斉に五羽のホーンラビットが襲いかかってくるが、尻餅をついたところに荷物がのしかかってきている状態では動けない。
「ほっ!」
「はっ!」
だが、的が動かなくなり、相手の動きがわかりやすくなれば対処は簡単。飛んでくるホーンラビットをスパスパと切り飛ばし、ちょっとだけ群れが怯んだところに、エリスが駆け寄ってきた。
「よし、伏せろ!」
リョータの声に併せてエリスがポーレットの荷物を押さえつけながら伏せる。「ぎゅう……」というポーレットの声は、一旦スルーだ。
「雷撃!」
混戦状態でなくなれば魔法でまとめて吹き飛ばせる。
バチンと稲光が走り、ホーンラビットたちがバタバタと倒れていく。
「お次は……風刃!」
地面すれすれを三百六十度全方向に半径五十メートルほどを切り裂いて、ようやく
「ダメだ、さらに来た!」
「一旦逃げましょう!」
一直線に街の方へ逃げたら大惨事なので、ジグザグに、追ってくるのを魔法で吹き飛ばしながら逃げ回ること数時間。日が暮れる頃にようやく追ってくるホーンラビットがいなくなり、街へ帰り着いた。
「つ、疲れた」
「はひ……」
「あんな群れ、初めてです」
逃げている間、エリスは向かう先に他の魔物がいないか索敵しながら、追ってきてるホーンラビットのうち、リョータが対処しきれなかった分の相手までしていたので、さすがにキツかったようで、珍しく肩で息をしている。
それだけでも、この状況が充分に異常だというのがわかるだろう。
「とりあえず、ホーンラビットをどうにかしないと近づくことすら出来ないというのがよくわかった」
「ですね」
「あんなにいるなんて」
ホーンラビットは駆け出し冒険者からベテランまで、ちょっと稼ぐにちょうどいい魔物なので、どの街でも適度に狩られていた。リワースのような面倒な事情を抱えてしまっていたような街でもある程度は狩られていたのだ。
それがここでは全くといっていいほど狩られていなかった。
昨日のホーンラビット訓練で、大して探すこともなく次々見つかったという時点で、こうなることを予想しておくべきだっただろうか。
「とりあえず、しばらくはホーンラビットを減らす狩りをするしかないか」
「ですねえ」
とりあえず今日のところは赤字……までは行かなかった。最後の方で仕留めたホーンラビットは換金できたから。だが、明日から狩りまくるのは……納品してもこの街の住人だけでは食い切れない量になるのでほとんど捨てるしかない。つくづく面倒な街だ。
「どうした?三人とも疲れ切った顔をしているが……」
「え?ああ、フリッツか」
手足の包帯はきれいにまき直され、髪も短く切りそろえられてちょっとさっぱりした感じのフリッツがやってきた。
「そうか、ホーンラビットだらけになってるのか」
「そう。あの数は予想外だったからちょっと考えないとな、と」
「この街の連中は?」
「うん、アレは無理だと思う」
一羽狩るのに数分かかるような状態であの中に放り込んだら、下手をすると死者が出る。
「なるほど」
「二、三日かけて間引くよ。そうしないとこの先どんどん増えていきそうだし」
「そうか……俺たちのためになること、ってことだよな?」
「まあね」
一応、フリッツの方で、腕に自信のありそうな者に声をかけてくれるとのことだが、その腕に自信のありそうな者って、昨日のホーンラビット狩り実地研修にいたんだよな。
「疲れた……」
「はひ……」
周囲はホーンラビットが死屍累々。いったいどれだけいたのかというほどの数を狩り続けること三日間。ようやく岩の辺りまで比較的安全に行ける程度にホーンラビットの間引きが完了した。
「よし……明日から、行くぞ」
「はい」
「また今日も随分と持って来たね」
「これでも結構捨ててきたんですよ」
「そうかい?」
せっかくのホーンラビットなので十羽ほどきれいに解体して持ち帰るが、この量でもこの街では滅多にないため、処遇に困っているらしい。もちろん、食堂で出せば売れるのだが、リョータたちがいなくなったら供給が止まるのでは困るのだ。
もちろんそれを防ぐためにホーンラビット狩り研修をやったのだが、今のところ一日数羽の納品がやっと。軌道に乗るにはどんなに急いだとしても半年はかかる、というのがギルド職員の見立てだ。
もっとも、その辺りの舵取りは冒険者ギルドの仕事。リョータたちに出来るのは、ホーンラビットの狩り方、解体方法を教えるまでで、間引きはボランティア、無償奉仕。むしろ、今後の事故防止に貢献したと別途報酬をもらってもいいくらいだが、そこまでは要求しない。
もちろん、「定期的にホーンラビットを狩っておかないとマズいです」と伝えておくのは忘れない。もちろんその情報をどうするかも冒険者ギルドに全て丸投げだ。




