ホーンラビット狩り講座
「いやあ、なかなか優秀だねえ」
「はあ……」
「どう?ここで働かないかい?給料はいいよ?」
「遠慮します」
とりあえず書類を全て書き終えたので、これで依頼は完了。代筆料も含めた報酬を受け取ったらフリッツとはここまでだ。
とりあえず、住む場所は既に用意されているが、まずは怪我が治るまでのんびり暮らしてもらうそうで、このあとおばちゃんが医療院へ連れて行くという。
怪我が治ったあとどうするかは自由だが、この街にこうして流れてきた者は大半が生まれ育った村で農業を営んでいたものが多く、フリッツも多分そうするだろう。
一応、体力に自信がある者が魔の森に行って、少しばかりのホーンラビット狩りや薬草採取をしているそうで、フリッツはそちらにも興味を示しているが、まずは治療に専念だ。
「あんたたちはどうするんだい?」
「どうって?」
「別に追い出したりはしないけど、この街に住むのはできないよ」
「それはわかってます」
「んで、ある程度ここにいるなら、宿は……」
「どう見てもギルドに宿泊施設はないですね」
「そういうこと。この街に宿は一軒しか無い。安くはないけど、大丈夫かい?」
「それなりに稼いでますので」
そんなやりとりをしながら別れた。
フリッツが何度も「感謝する」と頭を下げていたが、リョータにしてみれば依頼をこなしただけだし、特別な接し方をしたつもりもない。怪我をしているから無理はさせないようにしていたのは確かだが、それは彼の状況を見れば誰でもそうするだろう。そしてそれ以上の特別なことは何もしていない。
そう返したら「それでも嬉しかった。感謝する」と。絶望的な奴隷状態から救い出された、というのが大きいんだろうな。
ギルドで教えてもらった宿に向かい、泊まることを告げたらちょっと驚かれた。この宿を主に使うのはごく限られた行商人か、冒険者の雰囲気を味わいたい住人のみらしく、リョータたちのような普通の冒険者が来るなんて、と。言いたいことは何となくわかるけど、驚きすぎだろう、と心の中で突っ込んでおく。
「さてと……言いたいことはわかると思うけど」
「はい。行くべきだと思います」
「私も」
ヴィエールの魔の森、あの山で感じた方角。それをそのままたどると、多分ここの魔の森に入って少し行ったあたりになるだろう。ここまで来るのに少し時間がかかったので丁寧に方角を図りながら来た結果から三人はそう結論づけた。もちろん、繋がっていた(?)何かがここより南、あるいは北にあるという可能性はある。だが、この街は気軽に入れる場所ではない。この機会を逃すと、魔の森を調べることはできないだろう。
「でも、さすがに今から魔の森に行くのはちょっと」
「だな。準備だけしておこう」
夜の魔の森、それもこんな冒険者がほとんどいないような街に繋がっている魔の森なんて、日が暮れたあとにどうなるかという情報自体皆無。基本に則って準備を整え、朝イチから入るのがいいだろう。
「思った通りというか……依頼と呼べそうなものはないな」
「ですね」
ちょっと調べてみるだけとはいえ、魔の森に行くならついでに何かの依頼でも、と思って改めて冒険者ギルド――相変わらず無人だった――に来てみたが、色あせて触ったら崩れ落ちそうな程ボロボロになった常設依頼だけ。内容もいくつかの薬草とホーンラビットの納品なので、他の街と大差ない。とりあえず薬草は全部見たことがある物ばかりだったので一応メモしてギルドをあとにしようとしたら、ちょうどギルド職員が戻ってきたところだった。
「おや、アンタたち……依頼、受けるのかい?」
「何があるかなって、ちょっと興味があって」
「ふーん。言っておくけど、ここに居着くのはお薦めしないよ?事情は知ってると思うけど」
「ええ。ただ、何日かここでのんびりしようかと思って」
「そうか。なら、そこにないけど一つ頼まれてくれるかい?」
「ん?」
「もちろん、正式な依頼にするんだけど……」
「もっとよく見て!ホーンラビットはジャンプしたら空中で方向転換したりしないから!」
「は、はいっ!」
「よそ見しない!」
「はいっ!」
「返事はいいから、ホーンラビットから目を離さない!」
「はいっ!」
ギルドからの依頼はこの街の冒険者への研修。
この街は、基本的に他の冒険者が立ち寄ることはない。しかし、魔の森に面している以上、ある程度は魔の森の素材を活かすべきとして、不幸にもこの街で暮らすことになってしまった中から希望者を募り冒険者としての活動をしてもらっている。
が、そんなこと、そもそも未経験者がいきなりできるものではない。かと言って、誰かに教えを請おうとしてもこの街のことを教えても問題のない冒険者という者はなかなかいない。
また、ギルドとしても可能な限りこの街のことは秘密にしたいため、冒険者としての経験のある職員を派遣することもなかなかできず。
と言うことで、少々の怪我はやむを得ないとして、どうにか活動してきたところにリョータたちがやってきた。
各地でホーンラビット狩りの記録を打ち立てているだけでなく、貴族王族の覚えもよい上にSランクに取り立てても問題の無いほどの実績。オマケにどのギルドに問い合わせても、ほとんど活動実績の無いところを除いて人格に問題は無く、秘密を漏らすような心配も無しと評価されている。
まさにもってこいの人材だった。
「で、あなたもやるんですか」
「ええ」
そこにはこの支部唯一のギルド職員の姿も。
何でも、字の読み書きに計算もそれなりにできるという理由で、ギルド職員をやっているが、彼女もここの住人だそうだ。
ぱっと見ではわからなかったが、獣人で、種族奴隷にされた後、ここに流れ着いたのだとか。獣人らしさが見えないが、奴隷時代に切り落とされた、らしい。リョータたちはそれ以上は聞かないことにした。色々と苦悩して、ようやく普通の人っぽく振る舞い、笑えるようになっている人の過去などほじくり返してもいいことは何も無いからだ。
「まずこうやってこの辺に刃を」
「ほうほう」
「っと、そっち持つと血が飛びます!」
「うわっと」
「血まみれで帰ると色々面倒でしょう?」
「そうだねえ」
とりあえず一撃入れれば何とかなる上、タイミングさえ読めば何とかなるのがホーンラビット狩り。一方で、慣れが必要なのが解体。
今まで適当に、それこそ首を落としてあればよい方、と言う程度の処理しかしてこなかった彼らに、内臓を取り除くところまで要求するのはなかなかハードルが高い。
一応、この街の肉屋に持ち込めば何とかなるらしいので、要練習ということにしておいた。
「いやあ、これで普段の食事に肉が増えそうだ」
「はは……でも、充分に気をつけてくださいね」
この街でギルドに納品されるホーンラビットは一日に二、三羽。数が少ない一方であまり狩られないせいか、一羽一羽のサイズはリョータたちもあまり見たことがない大物揃いらしく、余程「肉!肉!」とならない限りは何とかなっていたらしい。
これが、リョータたちによって多少なりとも改善されれば、と思う。
「さて、それじゃそろそろ引き上げましょうか」
「そうだね。皆、いいかい?」
「「「はい」」」
ちょっとばかり夕食が豪華になる期待と共にリョータたちも入れて二十名弱は街へ向けて歩き出した。
「ところで……あれ、何です?」
「ああ、やっぱり気になるよねえ」




