指名依頼
「ええ」
「そこで、その瞬間に何が起きるか、お前たち自身の目で確認し、今後に活かしてみてはどうか、と思ったわけだ」
「なるほど」
状況は何となく理解した。どこまで情報が渡っているか微妙な部分はあるが、種族奴隷紋について調べている、ということを理解してもらえているなら……
「それにしても……その、アレだ。差し支えなかったら、でいいんだが」
「なんでしょうか?」
「種族奴隷紋のことを聞いても驚かないってのに驚いたな」
「え?」
「ある意味カマをかけてみたんだが、三人とも動じていないことの方が驚いたぞ」
「あまり詳しくは話せませんが、さる高貴な方が……です」
「そ、そうか。あまり深く聞かない方がいいな」
「そうしてもらえると助かります」
察してもらえたようだ。
「さてと……ここからが本題だ」
充分重い話題だったんだけど、まだ本題じゃなかったのか。
「冒険者ギルドからの指名依頼、それも内容は外部に一切非公開の、特殊な依頼だ。彼をさっき話した街まで連れて行って欲しい」
「連れて行く?」
「わかりやすくいえば護衛だな」
「護衛が必要なほど危険なんですか?」
「いや、普通に野生の動物や盗賊からの護衛だ。通常なら秘密保持のため衛兵が連れて行くんだが、リョータたちには事情を話したからな」
なるほど。衛兵がついていくと、街の警備のローテーションの組み直しが必要になって、余計な手間がかかる。ところが冒険者に依頼すれば、依頼料だけで済む。今までは依頼料と手間を天秤にかけても、種族奴隷紋の秘密を守るという絶対の条件の前ではどんなに依頼料が安くても手間をかけるしかなかった。
それがリョータたちならどうだろうか?依頼料としてはCランク相当ということで、それ程高額にはならず。それでいて、これまでの実績は確かだから、仕事はしっかりこなしてくれるはず。
そして、秘密についても「どうやら何かの情報をつかんでいるらしい」となれば……ということか。
「……ちなみに、歩いてどのくらいかかりそうです?」
「天気にもよるが四、五日も歩けば着くぞ」
「馬車なら二、三日で往復できそうですね」
「振動で結構痛みがぶり返すらしい」
「わかりました」
日数が曖昧な言い方ということは、どうやら途中で泊まれる村などはないルートを通ると見て良さそうだな。これが「二ヶ月かかります」と言われたら断っただろうが、五日くらいなら問題は無い。ここへ来て奴隷紋が光ったりとか、謎の魔法陣とか、情報は増えているが、具体的な物は何も無いのだから、何かありそう、という方についていくというのは有りと言えば有りだ。
依頼を受けるという返事をしたら、あとは細かい話に移る。
依頼料とは別に、食料などの用意にかかる費用はすべて支払われる。というか、往復十日分の用意をしてくれるというからなかなか太っ腹だ。まあ、衛兵が連れて行く場合、馬車での移動になる上に、同行する衛兵も五名という決まりがあるらしいので、そのくらい出したとしてもまったく痛くないのだろう。
目的地に関しては、この獣人に教えてあるとのこと。秘密を守る関係上、この場では話せないというので、それは了承しておく。また、地図の他、目的地に着いたときに必要になる諸々も持たせているというので、特に不安は無い。何かあったら実力行使すればいいだけだし。
衛兵たちが引き上げたあとは、街へ買い出しだ。色々受け取ったが、天候が崩れたりしたらすぐに足りなくなるので、ある程度の用意はしておく。
と言っても、男を残していくわけにはいかないので、買い出しはエリスとポーレットに任せ、リョータはギルド内に用意された部屋で待つ。
「……」
「……」
気まずいというよりも、どうしたらいいのかよくわからない空気になってしまった。
喋れないというのが生まれつきの障害や、病気や怪我によるものならともかく、奴隷紋による命令という時点でなんて声をかけていいのかよくわからない。
そう思っていたら、男が紙に書かれた字をいくつか指していく。
「……ありがとう?」
コクコク。
「いや、依頼……つまり仕事だから」
フルフル。
違うらしい。
「もしかして、奴隷だってことをバラしたこと?」
……コク……コク。
百%正解ではなく、ちょっとニュアンスが違う、といったところか?
「あの主人からの解放?」
コクコク。
「そんなにひどい奴だったのか?」
思い出したらしく、ズーンと沈んだ後、コクリと重く頷いた。
「まあ、今はというか……無理に詳細は聞かないよ。思い出すのも辛そうだし」
スイスイと紙の上を指で指していく。
「ありがとう……うん、なんて言うか……あんなひどい奴のことはもう思い出さなくていいだろ?」
ニッと笑った。
「うん、これからはそうやって笑って暮らせるといいな」
心の底からそう思う。
翌日、衛兵たちに見送られながら街を出ると、男の案内で北へ向かう。
そして、一時間ほど歩いて人の行き来がまばらになった頃、男が背負っていた袋から地図を出す。
「ええと……この辺……ん?」
方角的に、あの山から見た方角と合致するように見える。あとは、この辺りって、確か
「この辺って、道が崩れたあたりって言ってませんでしたっけ?」
「言ってたな」
通れるのか?と思ったら、地図に説明が書いてあった。
「ええと……通れる道について……なるほどね。そもそも普通に行き来している道ではないところを通るから、問題は無いということか」
「この辺の目印を見落としたら通り過ぎちゃいそうですね」
「気をつけないとな」
歩くペースはゆっくり目。男の怪我がひどいからな。一時間程度ゆっくり歩いて十分休む、そのくらいのペースでいい。急いで行くように言われていないし。そんな風に三日ほど歩いたあたりで、獣道かと思うようなところに入るらしいから注意しないと。
ある程度確認が済んでしまうと、話題がなくなる。仕方ないよな。男の名前がわからない上、ジェスチャーでしかコミュニケーションがとれないのだから。
そして日が暮れ始めた頃、宿もある村に到着。男が話せないのは生まれつきの障害だと説明することにしていたので、それで通せば不審に思われることもなく、何事もなく翌朝を迎える。
「体調は?」
コクコク。
問題なさそうだな。
そして昼頃、休憩を取ろうと、道の脇へ。
火をおこし、スープを温めて干し肉を炙っていたときのことだった。
「リョータ、あれ、見えます?」
「んあ?」
エリスが空を指さし、四人が揃って見上げる。
「ん……ん?」
青空の中、遙か上空を何かが飛んでいる。
「鳥?」
「違うだろ」
「じゃあ……何?」
よく目をこらしてみないと見えないそれはゆっくりと南へ向かっていく。
かなりの高さがあるはずなのに、地上から見えるということは相当な大きさだろう。
「あ、もしかして……アレ、か?」
「かも知れませんね」
思い当たった三人の視線がポーレットの左手に集まるのを見て、獣人は何のことやらと不思議そうに眉をひそめる。やがて、その何かははるか遠くに。元々見にくい小さい点は見えなくなっていった。
「なんだろうな」
「気にはなりますけど、調べようがないですよね」
あんな高さ、リワースの魔法陣で放り投げられない限り到達できる高さではないというのが三人の一致した見解。
で、この件を獣人の男にも話した方がいいだろうか。ただの話のネタだから、時間つぶしにはいいが「だから何?」という話なんだよな。




