少女の運命
疲れていたといっても、一晩眠れば完全回復。いつもと変わらないくらいの時間に目が覚めた。
リョータは前世からの何となくの習慣で右を下にして寝ている。目の前には壁と小さな棚。寝る前に脱いだ革鎧が置かれているのが見える。
外からは話し声が聞こえる。人数も多いようだから衛兵が既に到着したのだろうか。と言うことは、いろいろと事情を話さないといけないな。
ウダウダ考えずに起きろって?そうなんだけどな……なんか背後に気配を感じるというか……着ているシャツの裾が引っ張られていて、すぐ後ろに体温を感じる。あと、寝息の音も聞こえる。
そーっと、体を少し起こして、首だけで後ろを確認。
リョータに寄り添うようにすやすやと眠る美少女の顔。左頬に大きな絆創膏があるせいで右を下にして寝ているからリョータの方を向いている。時々頭の上の耳がピコピコ動いている。そして、左手はリョータのシャツの裾をぎゅっと。
これじゃ起きられません。と言うかなんで同じベッドに。
パタン、と尻尾が前に振られてきた。そしてしばらくスリスリと動き、向こうへパタン。安心して眠っているんだろうな……でも、そろそろ離してくれないかな。
「ふにゅ……」
何故か、ニコッと笑う。ダメだこりゃ、離してくれそうに無い。そっと手を伸ばして……シャツをそっと引っ張れば……ツン、あ。
「ひゃっ!」
「え?」
「あ」
今ので目を覚ましてしまった。右目が大きく見開かれ――左目はまだ周りが腫れていてほとんど開かないようだ――パチ、パチ、と大きく瞬き。そして……
「はわわわわ……えと……あの……」
オロオロし始め、パタパタと手を振り回し、落ち……かけたところをなんとか腕をつかんで食い止めた。それほど高さの無いベッドだが、落ちれば痛い。
「あ、あう……あの……」
「……出来れば落ち着いて欲しいんだけど」
「は……はい……」
ズリズリと体を回してから、グイッと引っ張り上げるが、勢いそのままにゴロンと転がってくる。結果、仰向けのリョータの上に覆い被さるような姿勢に。
「あわわわわ……」
柔らかい重さと、完全にテンパってる反応。
何この可愛い生き物。
とりあえずいろいろヤバい姿勢だったが、何とか普通にベッドから降りてくれた。
前世では知識も経験も人並みにあったリョータだが、今はまだ少し幼さの残る体。さすがに少し早いかという程度には良識があるつもりだ。
「その……すみませんでした」
「いや、別にいいんだけどね」
「いいんですか?!……あ」
慌てて口を両手で塞ぐ。聞かなかったことにしよう。あれだ、鈍感系主人公のつもりで。
とりあえず、身だしなみだけ整えて、部屋を出て、皆がいるであろう大部屋へ向かう。
村長夫人のベルナが、空の皿を持って奥へ行こうとしたところに鉢合わせた。
「あら」
「おはようございます」
「まだゆっくりしてても良かったのに」
「外、衛兵さんとか来てるんじゃ?」
「待たせときゃいいのよ」
そう言うモンじゃ無いと思う。
「座って待ってて。すぐに用意するから」
「はい」
「あ、でも」
ベルナがエリスを上から下まで見回す。
「お嬢ちゃんは一緒にいらっしゃい」
「え」
「その湿布、新しいのに替えないと」
「……」
何か言いたげな目で見つめられると困るんですが。
「ほら、行っておいで」
「はい」
あまり薬に詳しいわけでは無いが、確かあれは数時間おきに貼り替えないとダメだったはずだから、純粋に親切心からの話だと思う。
いい村だな、と思いながらテーブルに着く。もしも、リョータがあの獣人の村に行く仕事を受けなかったら、もしも行商人が薬草を充分持っていたら……次に狙われたのはこの村だったのかも知れない。獣人の村を助けられなかったのは残念だが、一人でも助けることが出来たのならいいじゃないかと、前向きに考えることにした。
「……ということだな」
「それじゃああとは……」
ガヤガヤと男達が玄関から入ってきた声に思わず振り向く。
「リョータ、起きたか」
「支部長?」
「リョータさん!」
村長と共に入ってきたのは、支部長とケイトと……全身鎧の男五人。それほど広くない部屋が一気に狭くなった。それとケイトさん、いきなり頭を抱きしめないでください。いい匂いと柔らかさで幸せすぎます。
「リョータは会ったことが無いよな。ヘルメスの衛兵隊長のオットーだ」
「よろしく」
「それとその部下達」
「いや、せめて名前くらいは紹介してください」
「時間の無駄だから省略」
軽く自己紹介を済ませたところにエリスが戻ってきた。絆創膏が新しくなっていて、腫れもだいぶ引いたかな?と見ていたら、リョータの隣、ケイトの反対側に座った。席は他にも空いてるんだけど……ま、いいか。
「さてと……」
「ハイちょっと待ってね。その子達にはまず朝ご飯」
ガイアスが切り出すと同時に、ベルナが大きめの皿を二つ、目の前に置く。パンと、肉と野菜を炒めた物。お、目玉焼きもあるのかと早速パンにかぶりつく。
「……食べながらでもいいから、質問に答えて欲しいが、いいか?」
「いいれふよ」
「エリス、だったか?聞いててつらかったら席を外してもいいからな」
「……はい」
改めてリョータが状況を説明する。昨夜村長に話したときには時間も無かったので省略したところも多く、そのあまりの内容に村長一家だけで無く、全員が顔をしかめる場面もあった。唯一、オットーだけがメモを取りながら「そこをもう少し詳しく」「そこで何があった?」と詳細の確認を求めていたが、表情に出していないだけで内心は怒り狂っていたかも知れない。時々声が震えていたから。
「で、この村に到着、と」
「はい」
「リョータ、大変だったな」
ガイアスが改めて労いの言葉をかけてくる。
「本当に無事で良かったです」
ケイトが少し涙ぐんでいる。いくら支部長の許可を取っていたとは言え、自分が紹介した……しかも、リョータという期待の新人の、初めての荷物配達依頼がこんなことになったのだ。連絡を受けてからの取り乱しようは相当だったらしく、大変だったんだぜ、とガイアスが目配せしてくる。おっさんのウィンクとか止めて欲しいんだけど。
ここで衛兵達は二手に分かれる。隊長と共に三人をヘルメスまで運ぶ者と、獣人の村に行っていろいろと確認してくる者。話で聞いた限りではきちんと埋葬しているが、念のためアンデッド化しないように処置をしてくるそうだ。そう言うのもあるんだ。ちょっとエリスが暗い顔になったので、大丈夫、皆天国に行ったはずだからと慰めておく。
支部長達も当然ながらヘルメスへ戻る。リョータも同じく。そしてエリスも同行。なお、人数の関係でリョータとエリスは一緒の別の馬車に。支部長たちとは別の馬車だ。ケイトさん、あまり睨まないでください。
徒歩だと夕方までかかる距離も、馬車なら昼までには着いてしまった。街に着いたらすぐ降りるかと思ったら普段来たことの無い場所まで連れて行かれた。
「ここは?」
「衛兵の詰め所だ。入るぞ」
ガイアスに促され、中へ。
これ以上何か話すことがあったっけ?あ、賞金か。
小さな部屋に通されたのだが、どういうわけかエリスが女性二人に「こちらにお願いします」と、連れて行かれそうになる。必死に抵抗するエリス。顔が恐怖に引きつっている。
「えっと……」
「すまないが、少し確認したいことがある。手荒なことも、怖い思いをさせるつもりは無い。怖がらせてしまったら申し訳ないが、いろいろと事情があってな」
部屋の中からオットーの声が静かに告げる。
「……だそうです」
「でもでも……」
うん、服の裾が完全に伸びちゃってるよ。
「あの」
女性二人に声をかける。
「すごく怖い思いをしたので、出来るだけ……その」
「わかりました」
「エリス……そう言うことだから少しだけ我慢して」
「うう……どっか行かないでくださいね?」
「……わかった」
なんか、懐かれてるな。
「ずいぶんと懐かれているようだな」
オットーに見抜かれてるし。
リョータ達が入った部屋はオットーの執務室で、簡素ではあるが来客用のテーブルセットがある「適当に座ってくれ」と言う言葉でガイアス、ケイト、リョータの順に。念のためリョータの右側を空けておく。あとケイトさん、テーブルの下の見えない位置で手を握られるのはちょっと恥ずかしいです。
「ここに来るまでに支部長と話して決めた内容を伝える」
「はい」
「まず、あの三人の賞金だが、冒険者ギルドで受け取ってくれ。いいよな?」
「ええ、構いません」
「それと、君の荷物配達の依頼についてだが、冒険者ギルドの規程に照らし合わせると、依頼失敗となる」
「まあ、そうですよね」
「細かい失敗の条件を規定するような依頼じゃ無かったからな。状況はともあれ、失敗は失敗。それが決まりだ」
ガイアスの言葉にふと思う単語は『お役所仕事』である。
「だが、ギルドの規程にも例外があったはずだ」
「例外?」
どんな例外だろうか。
「簡単だ。ギルド・冒険者・依頼人、この三者以外が任務達成は不可能と言う判断を下し、その内容が合理的であり、冒険者に瑕疵が無いと認められる場合には依頼自体が無効となる」
「そうなんですか?」
「オットーの言うとおりだよ。滅多に適用されない規程だから、知っている冒険者はほとんどいない。ヘタすりゃ一生縁の無い話だからな」
「へえ」
「今回は我々、衛兵隊が任務達成不可能の判断を下すことにした。どこかにぼろが出ないかと引っかけた質問もいくつかしてみたが、ごく自然に応えていたからな。状況説明の内容に嘘やごまかしが無いと、私が判断した」
「何度も同じ事を聞いてきたのはそう言うことだったんですね」
「君のことは事前に支部長から聞いていた。真面目で嘘をつくようなことはしない人間だと。だが、それでも一度は疑ってかかるのが仕事でね。申し訳ないが、そこは許して欲しい」
「まあ、いいですよ。仕事なら仕方ないですし、信じてもらえたのならそれで」
「さてと、ラウアール王国からの評価、つまり褒美は賞金のみとなるが、冒険者ギルドの評価判断は別だ。そちらは支部長に聞いてくれ」
「はい……支部長?」
「まだ何も決めてない。色々ありすぎでね。リョータも少し待って欲しい」
「わかりました」
そこまで離したところでドアがノックされ、エリスが連れられてくる。だから顔を見るなり飛びついてくるのは止めてください。いろいろ当たってますよ?
なんだかよくわからない感動の再会の横で女性がオットーに何かを告げ、部屋を辞していった。オットーの表情がかなり厳しい物になった。何だろうか。
「ガイアス……悪い予感が当たった」
「そうか……それはわかったが、口調が素になってるぞ」
「俺だって動揺する」
「何があったんです?」
とりあえずエリスを隣に座らせてから尋ねると、オットーが静かに告げた。
「その娘の身柄だが、こちらで預かることにする」
「へ?」
「その娘のためを思っての対処だ」
「ためを思って?」
オットーは一度深呼吸してから告げた。
「その娘、奴隷にされている」




