山を登ろう
「あ、もしかして」
「待った!」
エリスも慌てて自分の紋を確認しようとするが、慌てて止める。左手の甲というとても目立つ場所に奴隷紋があるポーレットと違い、エリスはお腹に紋がある。そして、普段から――当然今も――着ているのはワンピースタイプのメイド服もどき。これでお腹の様子を見ようとしたらスカートをめくるか、上からずりおろすか。いずれにしても外でする格好ではない。
「あ……あははは……ちょっと見てきますね」
少し離れた茂みの向こうへ行き、すぐに戻ってきた。襟元を緩めたままにしているので、少しだけ光が漏れて見える。
「光ってました。ほら」
「そうか」
エリスのものとポーレットの手のチカチカと山の頂上のチカチカは同期しているように見える。アレか、通信しているのか?どこの何とどんな通信をしてるのか知らんが。
「不思議ですねえ」
「そうだな……今までこんなことなかったよな?」
「そうですね。私も借金奴隷になってそこそこ長いですが、こんなふうに光ったのは初めてです」
そんなふうに光っているのを観察していたら、いきなり光が消えた。光っていたのは二、三分程度だったろうか。
「どうします?」
「どうって……ポーレット、いくら何でも今から登るのは無謀だぞ」
「ですよね」
「というか、登るの前提かよ」
「リョータ」
「ん?」
「私にもリョータが登りたそうに見えるよ」
「え?」
表情に出てたか。
「で、どうするんですか?」
「今日のところは山の近くに行くだけ。登れそうなところがすぐ見つかればいいけど、とりあえず様子見だな」
「そもそも、なんで登るの禁止なんでしょうね?」
エリスが口にした疑問は山の麓に来たらすぐにわかった。
「うわあ……」
「これは登るの禁止というか、登れと言われても無理ですね」
地面から五メートル程までは普通の岩肌。ダンジョンに潜るくらいの実力がある冒険者なら登るのは簡単だろう。だが、問題はその先だ。
「見た感じ、なんかきれいに磨かれたようにツルリとしてますね」
「おまけに硬そう」
五メートル程から先はかなりのオーバーハング。おそらく三十度以上の角度があるだろう。そしてそのオーバーハング以上に厄介そうなのが、その岩肌。そこまでのごく普通の岩肌から一転、何かで磨いたかのような滑らかな岩肌になっていて、光沢すらある。おそらく登るためにくさびなどを打ち込もうにも打ち込めないくらい硬そうにも見える。そんなオーバーハングが目測で三十メートルは続いているのだから、登るのを禁止される以前に登ろうとする者はいないだろう。
「お、見ない顔だな。新人か?」
「え?」
振り返るとそこにはベテランっぽい男たちがいた。
「いえ、冒険者としては新人じゃないですが、ここに来たのは初めてです」
「そうか。ま、誰でも最初は驚くよな」
「ええ。あれ、登ろうとした人っているんですか?」
「俺が知ってるだけでも十人はいる」
「おお」
「だが、まともに登れた奴はいないぞ」
「でしょうね」
ダンジョン探索から帰ってきたところという彼らは「登るのは良いけど落ちるなよ」と、どうでもいいアドバイスをしながら街へ帰っていった。
とりあえず彼らの言葉をそのまま受け取るなら、この登りづらそうと言うか、登らせまいという意志すら感じさせる壁は山を一周ぐるりと回っているようなので、普通の登り方は無理だろう。
「登るなと言われても、気になるよな」
「どう考えてもこの山の上に何かがあって、奴隷紋が関わっているの間違いないですよね」
「このオーバーハングさえ越えちまえばあとは何とかなりそうだな」
「頂上まで……一日かかりそうですね」
「往復と、てっぺんで何があるかわからんから五日分くらいの用意をしていくか」
あとは登るのに良さそうな場所を探しておく。こんな壁相手に登りやすいとか登りづらいなんてのはないが、他の冒険者の目に止まらない場所の方がいいのは間違いない。ざっと見て回っていくつか目星をつけたところで街へ帰った。
「お前、借金なんてしてんのか」
「あ、あははは……」
「バカだなあ。まあ、ここならダンジョンで結構稼げるぞ」
「そうなんですか?」
「おう」
「この街に借金抱えた冒険者なんて一人もいないぜ?」
奴隷紋が光った件について何か情報がないかとポーレットを酒場へ放流した結果、この街で借金作って奴隷になるような冒険者はいない、という情報が得られた。つまり、この街の冒険者に聞いて回っても奴隷紋が光った経験があるかどうかはわからないということだ。
「うう……恥ずかしかったです」
「わからないっていうのがわかったわけですし、そ、それから、えっと」
フォローになってないよな。
そんなポーレットの嘆きは放っておいて、翌日は山に登るための準備に充てて、買い物をし、翌日、いよいよ岩山へ登るべく、魔の森へ向かう。
「お、お前らか」
「どうも」
「ダンジョンか?」
「ま、まあ、そんなとこです」
「そうか。頑張れよ」
しばらく進むと「俺たちはこっちに行くから」と別れたのでリョータたちもさっさと岩山をぐるりと回っていく。念のため街から反対側へ回り込んで登ろうと、決めていたポイントへ到着する頃には昼を回ろうかという時刻。昼食を済ませてから登り始めることにする。
「この辺?」
「そうですね。そこからこの辺まで」
「こっちはこのくらいですか?」
「かな」
「じゃ、早速」
三人で地面に四角い線を引いてその真ん中に集まり、地面に手を着ける。そして地面をブロック状に五十メートル程隆起させるイメージ。
「いくぞ……とおっ!」
おそらく、この辺りの地形がこの形になってから一度も掘り返されたりしたことのない土がリョータの魔法により四角くくりぬかれてズズッと持ち上がる。メリメリバキバキと豪快な音をさせながら。
「おお……」
「すごい」
ズズ……と五十メートルまで伸びたところで停止したところで、魔力を込めて固めておく。その間にエリスが山の方へ飛び移り、ポーレットと協力してロープを渡し、飛び移りやすいようにする。リョータが土を固め終えたところで山の方へ渡り、一旦周囲を確認する。
「魔物はいないみたいですね」
「だな」
さすがにこの高さにはホーンラビットも跳んでこないのだろう。空を飛べる魔物は巣を作っていそう……うっ、頭が。
人どころか魔物も含めて誰も登ったことのない山というのは登りにくいというか歩きにくい。文字通り道なき道となっているだけでなく、木々が密集しているところが多いため、枝を払いながら進んでいくことになるからだ。
そんな山を、先頭にエリス、真ん中にポーレットという隊列で進んでいく。リョータが楽をしているように見えるが、索敵能力の高いエリスが先頭を歩きたがるので好きにさせておきつつ、休憩をこまめにとるようにすれば問題ないだろう。
やがて日が傾き始め、それなりに平らなところで止まり、野営の準備を始める。
魔物がいる様子もないので、そこそこ手をかけて食事の用意をし、
交替で見張りをしながら一夜を明かす。
特に魔物が出ることもなく朝を迎え、急ぐわけでもないのでのんびり朝食を摂り、山頂を目指して歩き始める。
「昨日も今日も山は光らないな」
「不思議ですよね」
街で聞いたところ、三、四日くらいの間隔で光るらしいので明日あたり光るだろうか?。
山頂には翌日の昼前に到着した。




