青い光
「じゃ、俺はこれで」
「はい」
一通りの手続きを終えるとブレアスとホルツは「この後仕事が山ほど詰まっててな」と去って行った。色々忙しい身なのだろう。
「さて、改めまして……冒険者ギルド、ドルズ・ヴィエール支部へようこそ」
「ど、どうも」
「リョータさんたちには是非とも受けていただきたい依頼がございまして」
「いえ、結構です」
営業スマイルになった受付嬢がサラリと恐いことを言ってきたので断っておく。
「そうおっしゃらずに見るだけでも」
「見たら最後、断らせないタイプの依頼ですよね?」
「……チッ」
なんかちょっと怖い系?
「どこまでもしらを切ると言うんだな」
「ええ。私は借金奴隷だと聞いて購入したんですからね」
ドルフに対する取り調べは、意外にも穏やかだった。
「そうか。しかし、事実は事実。罪は罪だ」
「まあ、仕方ないでしょうな」
現代地球、例えば日本には「善意の第三者」という考え方がある。例えば、誰かから何かをもらったとして、実はそれが盗品だったという場合、盗品と知らされていなかったなら、もらった人は罪に問われないという考え方。この世界でもある程度はそうした考え方はあるが、「知りませんでした」を立証するのが難しいため、「罪は罪」という扱いになる。
「ならばこちらを」
「ん?」
「罰金を納めさせていただきます」
「そうか」
言うまでもなくドルフはあの狼の獣人が種族奴隷だということを承知している。そしてそれを知っていたら犯罪奴隷二十年は固いが、知らなかったとした場合は五年程度になるだろうということも知っている。そして、知らなかったと言い切ることは難しくないということも。
さらに、そのくらいなら罰金として中金貨の五枚前後を支払えば済むということも。
この犯罪奴隷の期間を罰金で帳消しにする制度は法の抜け穴のようにも言われる。何しろ、金さえ払えば犯罪奴隷の過酷な労働を避けることができるのだから。だが、実際にこれが適用される例は非常に少ない。というのも、この制度自体があまり知られていないというのが一つ。そしてもう一つが、この罰金の支払い期限。刑が確定するまでの短い期間内で払わなければならないという、なかなか短い期間が設定されている上、それまでの間に他から誰かが訊ねてきても会うことはできない。つまり、罰金を誰かに持ってきてもらって支払うということはできない仕組みになっていて、「金さえ払えばいいんだろ」という逃げ道を塞いでいるからだ。
だから、取り調べを担当している法務官は、ドルフがあらかじめ金を用意しておいたことに驚いた。用意周到すぎる、と。
「これで、犯罪奴隷の期間は十日程度になるのでは?」
「……そうだな」
プスウィの法では罰金を支払っても無罪放免とはせず、ある程度の期間は犯罪奴隷として勤め上げることが求められる。だが十日程度なら、うまいことノラリクラリとやれば大して苦労することもなく出られる、というのがドルフの狙いだ。
あんな生意気な冒険者どものせいでとんだ出費になってしまったし、馬車も失ったが、ここからどうにか立て直すプランはいくつか考えている。端的にいえば、あのリョータとかいう連中に言いがかりをつけてタダ働きさせてやるつもりだ、と。
「わかった。これはきちんと受領しておこう。ええと……これか。ここにサインを」
「おう」
罰金を支払った旨記載された書面にサインをすればこれで終わりだ。
「さて、それはそれとして」
「ん?」
やれやれだとドルフがふうと息をついたところに、法務官がここからが本番だと姿勢を正した。
「次は、あのリョータたちにした行為に対する罪状だな」
「は?」
「お前、あの馬車を引き上げたら金を払うといったんだろ?それが引き上げたら何だかんだと言いがかりをつけて逆に払えと言い出した」
「そ、そういえばそんなことがあったな」
「ああ、アレコレ言わなくていいぞ。あの場にいた者たちから証言を得ているからな」
「そうか。だがそれがどうした?」
その程度ならまだ罰金として数枚払えば良いだろう。そう思っていたら、法務官が何かがびっしり書かれた紙をスッと出した。手に取ってみるとあちこちの王族や、冒険者ギルドのマスターを始めとした幹部にSランクの冒険者の名がずらりと並んでいる。
「なんだこれは?」
「あのリョータの後ろ盾になっている者の……一部だ」
「は?一部?」
「そうだ。お前はそういう……手を出しちゃならん者に手を出したんだ」
「え……あ……えっと」
「こういう重要人物に対する行為は重罪でな……犯罪奴隷としての期間は……コレとコレとコレが加算されて」
「ちょっ!ちょっと待て!」
「っと、ここまでで確定しているのが五十年だな」
「は?」
「あと、コレとコレは要確認だが……さらに三十年加算だな」
「ちょ、ちょっと待て」
「ん?」
「何がどうしたらそうなる?」
法務官は一つため息をついた。
「お前、行商人だよな?」
「そうだ」
「情報が命じゃないのか?」
「え?そ、そりゃそうだが……」
「あの三人、プスウィのある意味危機的状況を救った英雄だぞ」
「へ?」
「表立っての話になっていないが、国王直々に何かあったら便宜を図るよう、通達がでている」
「何かあったら……便宜……?」
「お前をここで野放しにしたら、何をしでかすかわからん。少なくとも何らかの危害を加えに行くだろう、と判断した。よって犯罪奴隷、期間を八十年とする」
「ちょ、ちょっと待って!なら!ここに!罰金を!」
「認められない」
「へ?そんな……」
「ああ、知らんのか?プスウィでは犯罪奴隷の期間が三十年を超えると罰金支払いによる減免が適用されないんだ」
そう言って法務官は先ほどの紙をビリ、と破り、金貨をスイとドルフの前に戻す。
「ということで、五年の分も罰金は適用されない。これ、返しておくぞ」
「まずは魔の森にある山というのを確認しようか」
「どういう確認を?」
「とりあえず近くまで行ってみるだけ」
「なら、今からでも夜までに帰って来れますね」
三人は腹ごしらえを済ませると魔の森へ向かう。
事前情報として、山までに出てくる魔物はホーンラビット程度と聞いているので、武装も最小限。行って帰ってくるだけならこれで充分だ。
「おお、入ってすぐに見えるって、結構デカい山だな」
「ですね。タワーマウンテン程じゃないですけど」
「アレはなんていうか、山とかそういうのじゃないだろ」
「リョータ、見て」
「ん?」
「てっぺんが」
「おお、青く光って……点滅してるな」
「チカチカしてますね」
青く光るというからどんな感じかと思ったら、青色LEDみたいな光が点滅するとは思わなかった。
「ん?なんであんな規則的なのと不規則なのが混じってるんだ?」
「え?」
「見ろ、山のてっぺんが光ってるのは確かだけどさ、右の方はチカチカずっと一定の間隔で光ってて」
「左の方はずっと光ったままですね」
「真ん中の当たりはいくつもの光がバラバラに点滅してる」
「なんなんでしょうね」
「うん……あ」
「「あ」」
見ると、ポーレットの左手の奴隷紋が青く発光し、点滅している。
「ななななななな……なんですかこれ!」
「知るか!」
LED内蔵……




