ヴィエールへの険しい道のり
「ぬあああああ!」
ようやく事実を受け入れたらしい男が悲鳴をあげるとほぼ同時に騒ぎを聞きつけた衛兵が駆けつけてきた。
来るのが遅いが、まあこのタイミングならまだいいか。
「なんの騒ぎだ?!」
「え、衛兵どの!あの少年らが私の馬車を川に落としたのです!」
「む?本当か?」
「川に落としたのは本当です」
「む……」
リョータがあっさり認めたので、衛兵たちもちょっと戸惑っている。普通は「やってない!」としらを切るのだろうし。
「ただ、仲間たちと馬車を引き上げたらなぜか金貨を要求されたのです」
「は?」
「馬車が故障したとか、積み荷が痛んだとかで」
「本当か?!」
「まさか!私は真っ当な商売をしている商人です!そんなこと「嘘をつくな!」
「そうだそうだ!」
「よくわからん理屈をいってたぞ!」
やっと野次馬が味方として機能してくれたか。
「むむむ……」
ただ、現場を直接見ていなかった衛兵たちはどちらの主張が正しいか決めかねている様子。まあ、そのくらいの慎重さがないとね。
「ん?そこの獣人はなんだ?」
「え?あ、こ、これは……そのっ」
エリスが布を取り払ったそこにいたのはエリスよりもケモ度の高い、半裸の犬系の獣人だった。犬というより狼だろうか?すぐそばに立つエリスより頭一つ背が高く、手足は肘膝の辺りまで毛皮に覆われていて、ちょっとモフモフ感が……汚れててイマイチか。それに、何があったのか左腕に包帯を巻いて吊っており、左足も膝から足首まで添え木をあてて包帯が巻かれていて相当な重傷。
さらにその右胸には不思議な紋様が描かれていて、布を取り払ったエリスの方へ鋭い視線を投げている。何をしやがったのか、と言いたげだ。
「そこのお前!」
衛兵が何かに気付いて声をかけるが、獣人の方は自分のことを呼んだのか?と視線を向けるだけ。
「そうだ。その胸の紋様、よく見せろ」
「ああああ!こ、これは!この者の故郷の伝統的な「黙れ!」
その紋様にはリョータもエリスも見覚えがある。
はた目にはっきりと奴隷紋だとわかる形でありながら、犯罪奴隷のそれでも借金奴隷のそれでもない。種族奴隷紋だ。
ほとんどの国――プスウィとドルズどちらの国もそうだ――で種族奴隷紋は重罪。どういう経緯でこの獣人がこの小太りの荷馬車に乗っていたかはわからないが、衛兵たちが見過ごすことはできない。
もちろん、この小太りが可哀想な運命にあった獣人を善意で連れていた可能性はわずかながらあるか?そうだとしても一旦は詰め所に連行していくことになる。詳しい事情を聞かなければならないからだが、その態度は明らかに怪しさ満点だ。
「さっさと来い!」
「そ、そんなっ!私はっ!」
「話は詰め所で聞く!」
引きずられていくのを見ていると、衛兵が二人、こちらへやってきた。
「ええと……」
「冒険者のリョータです。こっちはエリス」
冒険者証を見せたら、二人の態度が変わった。
「こ、これは!」
「し、失礼しました!」
え?何この反応。
そのまま衛兵たちに護衛されながら橋を渡りきり、ドルズ側の詰め所へ通されると、こんなオッサンだらけのむさ苦しいところで相当無理をしただろう茶菓子が出された。
そしてこの橋を管理する衛兵隊長がやってきて深々と頭を下げる。
「こちらの不手際で不快な思いをさせてしまったこと、お詫び致します」
「えっと……話がよく見えないのですが」
「はい。実は」
この川は国境線となる川だが、両岸で橋の通行を見守る業務をそれぞれの国で担当するとなにかと面倒なので、ひと月おきにそれぞれの国が人員を出して管理するという、なかなか合理的な運営がされている。現在はプスウィ側の担当で、彼らもリワースでの顛末を聞いていたため、リョータたちを下にも置かない扱いをしようと奮闘しているところ。
もちろん、何事もなければ、世話を焼くのは返って迷惑なので何もしないつもりだったのだが、不幸な事故は起きてしまった。
もちろん衛兵たちが動こうとしたのだが、運悪く両方の行列で体調を崩した者がでてしまい、そちらの対応に人員が割かれてしまった結果、脱輪した馬車の対応が遅れてしまったのだと。
よくあることらしいのだが、どちらの国も特に検問をするわけでもないこの橋の警備にあまり多くの人員は割けず、あのような横暴を止められなかったのだとか。
「なるほど」
「あのドルフとかいう商人、実はあまり評判は良くないのです」
「ふーん」
リョータたちにとっては実にどうでもいい話だが、テーブルに積まれた菓子が思いのほかおいしくて気に入ったらしいエリスたちが「もう一個、もう一個だけ」と目で訴えてくるので食べ終えるのを待ちがてら話を聞く。
なんでもあの商人、行商人にしては隊商の規模がそれなりに大きいので、どの村に行っても歓迎される。だが、価格は他の行商人よりもちょっとお高く、さらにある程度の量をまとめてでないと売らないという、なかなかの小悪党っぷりを発揮しているのだとか。
さらに情報収集に長けていて、他の行商人が訪れてしばらく経ってから向かう、買い手側に「この時期を逃すと次の行商人が来るのは……」と判断を鈍らせながらの商売。違法ではないが、真っ当な商人の風上に置くのはちょっと、という商人。それがドルフという商人だ。
「しかも結構悪い噂も絶えなくてね」
「悪い噂?」
「違法な物を扱っているとか」
リョータは関わるつもりがないのであまり詳しくないが、麻薬の類いについてこの世界はかなりユルい。地球の大麻クラスだと国によっては合法というのは珍しくないため、国をいくつもまたぐ行商人が取り扱っているのはよくあること。
違法とされる国で売らないならば所持していても問題なしとされるケースも多いし、行商人の積み荷がいつどこで売られるかなんて、自己申告通りであるはずがないが、取り締まる側が指摘して逮捕できるような根拠がない。
そんなわけで、積み荷には色々と「いえいえ、この辺りでは売りませんので」と言ってしまえば逃れられるような物が結構入っていたらしい。むしろ「お前、他に何を売るんだ?」というレベルだったので、今度ばかりは言い逃れができないだろうとのこと。
「これからヴィエールへ向かわれるのでしょう?」
「ええ」
「でしたらこちらをお持ち下さい」
「ん?」
キチンと封蝋された書簡が渡された。
「冒険者ギルドへ出していただければ、ここでの件についての報償金が出ます」
いらないとは言えないから受け取っておく。
そして少しだけ、この先のことについて教えてくれた。
ヴィエールまでは歩いて行くなら三日ほど。盗賊などは先日騎士団が巡回したので特に心配することもないらしい。ただ、途中で道が険しいところがあり、安全を期すなら遠回りだが馬車の通るルートをたどった方がいいとのこと。
「二日ほど延びるが、崖ギリギリの道を行くより安全なはずさ」
「なるほど、ありがとう」
この辺りの情報は、ここを行き来する者にとって常識なので、ポーレットがいくら酒場で噂を拾い集めても出てこない情報。ポーレットもその辺は承知していて、どうにかできないか考えているらしい。
特に害はないので好きにさせておこう。
「あんたたち、歩きでヴィエールへ行こうってんだろ?聞いてるだろうけど、あっちの方に行った方がいい。遠回りだけど歩くにゃ楽さ」
「へえ。このまままっすぐ行ったらどうなるのさ?」
「そりゃあ……アンタ!」
「お、おう。そうだな。そっちの道を行くと」
「行くと?」
「タマが縮み上がるような道しかない」
「ヒュッ!」
川を越えて二日目にとまった村の宿でこういうやりとりになるのである。ちなみにエリスから「何が縮み上がるの?」と聞かれて答えられなかったのはどうでもいい話か。




