橋を渡ろう
「で、その青く光るのが、なんだか知らんが世界のために必要な光だとかなんとか」
「世界のために必要?」
「そうだ。どういう意味かはそいつも知らないらしい。ただ、そうやって教えられたと」
「そ、それを詳しく知りたい!」
「無理だな」
「そこを何とか」
「いや、だって……そいつ、ヒト族だし」
「ああ……」
三百年前じゃ生きてない……いや、アレックス・ギルターの不思議な情報を考えると、ワンチャンあるか?……無いよな。
では、行ってみる価値があるかというと……ある。ヴィエールにはきっと何かある。
何となく、そう思った。
「ありがとう」
「いいのか?大した情報じゃないと思うが」
「そうだな。でも、今まで何も情報が無かったんだ。「何かある」だけでもありがたいよ」
「そうか。ならいいが」
さて、あとは。
「もう何日かリワースにいるから……親子水入らずで過ごす、ってどうだ?」
「お、それはいい「嫌です」
即答か。嫌われたものだな。
直接見たことはないが、「パパのパンツと一緒に洗濯しないで」と娘に言われた父親のような顔になってる。
「な、なあ……ポーレット」
「知りません」
ぷいと顔をそむけてスタスタと去って行くポーレットになんと声をかけていいかわからず、たたずむだけの族長。
リョータもエリスもただそれを見るしかできず、「じゃ、これで」と別れの言葉を発するのが精一杯だった。
「さて、貴重な情報が入ったわけだが」
「はい」
アレックス・ギルターが大陸東部出身だったらしいこと、西部でヘルメスを開拓したよりも二百年近く前にリワースで何かをやっていたらしいこと。
これはこれで面白い情報だ。なんの役に立つのかわからんけど。
そして、これから行こうとしているヴィエールの魔の森。ダンジョンのある岩山が登山禁止&山頂が青く光るってのはなんだろうか。
「とにかく旅支度だな」
「はいっ」
「道中の村がごく普通というところまでは確認してあります」
「そう言えば川が増水してたとかいう話があったな」
「それも聞いておきました。もう渡れるそうです」
「さすがだな」
「それほどでも」
言いながらもちょっと胸を張ってるのがなんとも微笑ましい。
早速準備のために街へ出て色々と買い込んでいく。幸い、この街では結構稼げたし。
そして翌日、冒険者ギルドに「では街を出ます」「はい……え?あ!ちょっと?!」というやりとりを経て街を出る。ギルド的にはもう少し残っていて欲しかったようだが、知ったことではない。というか、残っていて欲しいならきちんと言ってくれ。
「リョータ!」
「ん?」
街を出てすぐに後ろから大声で呼ばれ、振り返るとユーフィが駆けてきた。
「私を!……私を捨てるのか?!」
「捨てるも何も、そもそも何もないでしょうに」
「何を言う!共に笑って一夜を明かしたではないか!」
「アキュートボア討伐の祝宴だな。二人きりどころか大勢いた記憶が」
「でもでも!」
でもでもだって、か。全く面倒な……
「ユーフィさん」
「ユーフィでいい」
「ユーフィさん」
「ぐぬぅ……仕方ない、今はそれで」
「はあ……えっとですね」
少し姿勢を正して言う。
「待っていて下さい」
「え?」
「いつか……もしもまた、あなたに会いたいと思ったときにはコルマンドまで行きます」
「あ、あの……」
「あなたを迎えに」
「「「!」」」
これにはエリスとポーレットも驚いたようで固まった。が、その先はちゃんとある。
「一年」
「一年?」
「ええ。これから俺たちはとても危険な旅をします」
「そんなっ!」
「決めたことなんです。だから一年」
ゴクリ、と三人がリョータの台詞の続きを待つ。
「一年経っても迎えに行かなかったら、俺は死んだものと思い、諦めて下さい」
「そんな……」
「俺なんかのためにユーフィさんの時間を無駄にすることは出来ません。だからっ」
「でもっ!」
「諦めることも……愛です」
「!」
ユーフィがイギリス貴族の一族の漫画なら「ズギューン!」と描き文字が出ていそうな感じでクラッとなった。
「わかり……ました」
ユーフィをその場に残し、改めて歩き出す。振り返ることはしない。
「リョータ」
「ん?」
「一年経ったら戻るの?」
「まさか。この場を逃げる言い訳だよ」
「だよね」
エリスの心配げな顔に答えると、「良かった」とホッとしていた。
リョータが将来誰か添い遂げる相手を見つけるとしてもユーフィではないはず。主に年の差的な理由で。
そこからはリワースでの足止めが嘘のように順調に進み、ドルズとの国境手前の村までは予定通り四日で到着した。
プスウィとドルズは特に仲の悪い国というわけでもなく、ただ単にこの先にある川を越えるのが面倒だからそこを国境に別れているだけの国。この村も宿場町としての機能は持っているが、国境とか警備とかそういったものとは無縁ののどかな村だ。
「へえ、ヴィエールまで行くのか」
「ええ」
「言っとくが、何にも無い街だぞ」
「そんな馬鹿な」
「本当だって」
宿の食堂でヴィエールからやってきたという冒険者たちと意気投合し、互いに情報交換となった。
「それにしても、そうか……リワースの冒険者行方不明事件が解決したのか」
「ええ」
「アレは俺らもおっかねえと思ってたからな」
タネがわかるまでの間は、どんなベテランでも、どんな腕利きでも行方不明になるとして、本気であの街で過去に握りつぶされたひどい事件があって、その呪いではないかとも噂されていたほど。
現にこうして飲み交わしている連中も、この道十年以上のベテランでありながら、原因不明の行方不明事件におそれをなしてリワースから離れていたほど。
「それにしても空の上に飛ばされるとか、いきなりそんなことになったら助からんな」
「ああ。崖を登ってる最中に足を滑らせるのとはワケが違うからな」
ダンジョン内の上り下りだけでなく、魔の森も地域によっては断崖絶壁のあるところは珍しくないので、リョータたちも万一の崖の上り下りに備えてロープなどは持ち歩いている。
だが、上空数千メートルに放り投げられたら、ロープなんて意味をなさない。
日本のマンガでは忍者っぽいキャラが「上からつってるんですよ」と空を飛んでいたが、ここはギャグマンガの世界ではないのだ。
彼らによると、リワースの魔の森は比較的浅いところで薬草が採りやすく、駆け出しが経験を積んだり、ベテランが小銭稼ぎしたりにちょうどいいところだったらしく、これから賑やかになるだろう、とのこと。
そんな情報あったっけ?とポーレットを見るが、情報収集の得意なポーレットと言えど、酒場に冒険者がいない状況では噂話を集めることも出来ない。それに、リョータたちは特にお金にも困っていないし。
そんなふうに過ごした翌日、国境線であるという川まで来ると、そこそこの行列が出来ていた。比較的しっかりした橋が渡されているが、ちょっと大きめの隊商が向こうから渡ってくるらしく、通過を待っているらしい、とポーレットが聞き出してきていた。
「大きめの隊商?」
「大型の馬車があるそうで、橋の幅いっぱいだとか」
「そりゃすれ違えないか」
「重量も結構あるらしくて、渡りきるまで向こうからも渡れないそうです」
それ、橋が落ちるフラグじゃないよな?
一時間経っても列が進まないのでポーレットが様子を見に行ったところ、驚愕の事実が発覚した。
「馬車の車輪が橋から落ちてました」
「脱輪かよ!」




