賞金首
馬車にランタンを吊し、前方を照らすように角度を調整する。
「こんな感じでどうかな?」
「はい、大丈夫です」
馬に付けられた馬具を調整しながらエリスが答える。
本来、こんなに暗くなってから馬車で移動なんてしないのだが、今は緊急時。それに、仮に狼などが襲ってきても、リョータなら対応可能だろう。何よりこんな所に夜中にとどまっている方が危険だ。
「さて、積み込むか」
三人をゴロゴロと足で転がして荷台の後ろに。土魔法で荷台の高さまで持ち上げて荷台へ転がし落とす。前後一回ずつと途中で一回の計三回、スタンガンを忘れない。もはや何の反応もしなくなっているが。
地面を元に戻し、御者台の様子を見るとエリスが座って手綱を握っている。
「こっちは準備いいよ」
「は、はい。私も大丈夫……だと思います」
やや緊張して応えるエリス。馬車を操れると言っても、少し習った程度。うまく出来るかどうか、心臓が口から飛び出しそう、そんな表情だ。
「エリスちゃん、落ち着いて。ゆっくりでいいから」
「はい」
手綱を持つ手に力を込める。
「出発します」
ピシッと手綱を鳴らすと、馬がゆっくりと歩き始める。ゴトゴトと音をさせながら馬車が動き始める。他に積まれていた荷物は全て下ろしたので、人間五人分の重さ。少し大変だろうが、頑張ってもらおう。
「あの、リョータさん。一つ聞きたいのですが」
「ん?」
「リョータさんって、おいくつなんですか?」
「十三です」
「……一つお願いが」
「ん?」
「その……エリスちゃんは出来れば止めて欲しいです。その……私の方が年上です」
「ええっ?!」
「私、十五です。来月十六になります」
ややダボッとした格好なのでわかりづらかったが……出るとこは出てる。それに柔らかかったな。どことは言わないが。
「ゴメン……でもなんて呼べばいいかな……エリスさん?」
「う……あ……えと……やっぱりちゃんでいいです……」
さんはちょっと距離感がありすぎるし、呼び捨てもどうかと言うわけだ。
馬車は順調に進んでいく。時々ガタン!と揺れる度、三人が「グエッ」と声を出すが、そのたびに三人まとめてスタンガンを撃ち込んでいたら、そのうち大人しくなった。パブロフの犬か。
「どう?大丈夫?」
「はい、何とか」
歩くよりは速い程度のスピードで馬車は進む。
「そう言えば、エリス……ちゃんはハマノ村に行ったこと、あるの?」
「いえ、一度も。あの村に住み始めてから外に出るのは初めてです」
この世界の村人なんて、そんなモンである。
「……あの、やっぱりちゃんは……その……」
「わかった……エリス……これでいい?」
「はい」
御者台に座るエリスの後ろに背中合わせで座り、話を続ける。
「頬と足首、大丈夫?」
「あ、はい。まだ痛いですけど、座っているだけなら」
「そっか、良かった」
何となくスタンガンを一発。撃たれる方はたまった物ではないだろうが。
「……リョータさんって」
「リョータ」
「えと……」
「リョータ」
「あの……」
「リョータ」
「……リョータって、すごく強いんですね」
「え?」
「だってその三人、村の人たちをあっという間に……その……」
「ああ、そういうことか」
何となく気が紛れればと、冒険者になってからのことを面白エピソードメインで話す。いろいろと常識の外にいる人々が多いことを知ってもらい、自分が冒険者の中ではそれほど強いわけでは無いことをそれとなく伝えた……つもりだ。
「ド、ドラゴン倒したんですか?!」
「ん……まあ……その、はい」
台無しだ。
そんな感じで三人が二十発ほどスタンガンを受けた頃、真夜中にハマノ村に到着した。
現代日本と違い、夜更かしするような習慣は無いが、夜の見張りは必ずいる。
「え、お前……今朝の……?」
「あ、はい。こんばんは。こんな遅くにすみません」
馬車を一度止め、リョータが降りて、見張りをしていた男に簡単に事情を話す。
「わかった。村長の家に行け。場所はわかるな?俺は先に行ってる」
「はい」
エリスに男の走って行った方に向かうよう告げながら馬車に乗り、馬車が動き出す。
ハマノ村は人口百人弱。三十軒ほどの家が並ぶ小さな村だが、獣人の村よりも規模は大きいし、建っている家も一回り大きいので、エリスは興味津々と言った感じで周りを見ている。
「大きな村ですね」
「……前見て」
「あ、はい」
ある程度馬が勝手に進んでくれるのでぶつかったりする心配は無いが、馬の行きたい方に勝手に進んでしまうと言う欠点もある。
「あそこ、あの家の前で止めて」
「はい」
村長の家の前には既に村長一家三人が待っていた。
「一体何ごとだ?」
「村長、実は……」
リョータが荷台の三人を見せながら詳しく事情を話す。村が燃えていたこと、賞金首の盗賊達を捕まえたこと、エリスを連れてここまで来たこと。
「この三人が……」
「はい。叩きのめす前に自分たちが賞金首だと言ってましたから、間違いないと思いますよ」
「この村にも手配書は回ってきている、ちょっと待ってろ」
村長が家の中から手配書を持ってきて、人相を確認する。
「間違いない。それにしてもこいつらがあの村を……」
「ええ……」
左袖がきゅっと引っ張られるのでふと見ると、すぐ隣にいるエリスが袖をぎゅっとつかんでいる。
「あの……」
「ああ、こんなところで立ち話もな。おい、ムスラ!」
「何だ?」
「ダンの奴が馬に乗れるよな?起こして馬を連れてくるように言え」
「おう」
「二人とも中へ」
中に入りテーブルに座るよう言われ、並んで座る。エリスさん、袖を離してもらえませんか?
「ちょいと待ってろ」
村長が紙に何かを書いている。
「親父、連れてきたぞ」
「おう。それじゃ、二人でヘルメスまで行って衛兵にこれを見せろ」
「今からか?」
「見ての通り、大至急だ」
「わかった」
村長の書いた紙を受け取ると、外へ出て行くと、馬が走り去る音がした。
「これで朝には衛兵が来るだろう」
「ありがとうございます」
「何、礼には及ばんよ。何もしとらんからな」
「それでも」
「はは……しかし、あいつらがこんな近くまで来ていたとはね」
「ええ……」
そこへベルナさんがやって来てエリスを頭からつま先までじろじろと見る。
「アンタ……エリスだっけ?ちょっとこっちにおいで」
腕を引いていこうとすると、エリスが「ひっ」と震え上がり、リョータにしがみつく。意外に力が強い。あと柔らかいです。
「あの……エリス……は怖い思いをしたので、その……」
「そうかい?でもほら、泥まみれだし、その傷、ちゃんと手当てしないと」
「そうですね……エリス……大丈夫、ここの人たちはいい人達だから」
「うう……でも……」
「何かあったらすぐ大きな声を出して、ね?」
「……はい」
涙目で連れて行かれた。まあ、女性のことは女性に任せるのが一番だろう。
「懐かれてるな」
「命の恩人だと思ってるだけですよ」
吊り橋効果とかそう言うのもあるんじゃ無いか?
ゴンゴン、とドアを叩く音のあと、村の男達が入ってくる。
「村長、ちょっといいか?」
「ん?何だ?」
「あいつら、どうする?」
「そうだな……閉じ込めておく場所か……」
「あの」
「ん?」
「あいつら、少なくとも明日の朝まで大人しいと思いますよ」
「そうなのか?」
「見た目は特に何もないですけど、結構痛めつけましたし」
スタンガン(強力タイプ)を三十発以上浴びている。生きているのが不思議なくらいだ。
「じゃあ、どこかの納屋に放り込んで、入り口を見張れば大丈夫か?」
「ええ」
「じゃ、そうしよう」
村長が指示を出しに外へ出ると、フウッと一息つく。
なんとか片が付きそうだ。
外でいろいろと話す声が聞こえ、ドサッと言う音とズルズルと引きずる音がした。どこかへ運んだのだろう。荷台の高さから落ちても声を上げないとは、少しやり過ぎたか。
「うちの納屋に入れておくことにしたが、汚え連中だな」
「……垂れ流しですからね」
そこまで面倒を見る必要も無いので放置していた。
この家の納屋か……念のため、あとでスタンガン撃っておくか?
そこへエリスが戻ってきた。
全身洗われて、頬と足の薬草を張り替え、絆創膏で止めているので見た目もすっきり。服もベルナさんのものを着ている……だいぶサイズが違うのでぶかぶかだ。
「アンタ見てよこの子、結構なべっぴんさんだよ」
「ああ、そうだな。お前の若い頃にそっくりだ」
「あらま」
仲のよろしいことで。
見張りは村の者が交代でするから子供は寝てろ、と客間へ。もちろんエリスもいる。
「えーと……」
「はい」
なんだかもじもじとこちらを見ている。何この可愛い生き物。あと、なんかいい匂いがします。
「こっちで寝るよ。そっちのベッド使って」
そう言って、ドアに近いベッドに腰掛けて革鎧とブーツを脱ぐ。
「え?あの?」
「朝になったら衛兵の人たちが来るって。そしたらあの三人を引き渡す。それでお終い」
「は、はあ……」
「おやすみ」
さすがに疲れたので、返事を待たずにベッドに潜り込み、そのまま眠った。




