族長もたまには役に立つ
「ここ、リワースの魔の森だが……おかしなものがあったんだ」
「おかしなもの?」
「具体的に言うと、上に乗って魔力を流すと上空三千メートルくらいに放り出される魔法陣」
「上空三千メートルって……」
「ああ、だいたいそのくらいって程度。この辺りの山よりも高い位置に放り出されたからその位かなって」
「放り出された……え?そんな高いところに?」
「放り出されたんですか?」
「お、おう……」
「ポーレット様もですか?」
様をつけて呼ぶなよ、ポーレットがビクッてしたぞ。
「まあな。全員一斉に、だ」
「ど、どうやって助かったんですか?!」
「どうって……」
そりゃ気になるか。
「やっぱり……」
「ん?」
「実はひそかに鍛えていたんですねっ!」
「なるほど、お三方全員、着痩せするタイプ!」
「「「え?」」」
「鍛えた肉体は裏切らない!くぅーっ、やはり先祖代々の教えは守るべきものですねっ!」
「我々も早くその頂に辿り着きたいっ!」
「こうしてはいられない!すぐにトレーニン「待て待て!」
その場を走り去ろうとするのを襟首つかんで引き戻す。走り始める前で良かったよ。走り出していたら絶対止められなかった。
コイツら、落下の衝撃は鍛えた筋肉でどうにかなるとか思ってんのか?
「話を本題に戻すぞ。そういうものに心当たりはあるか?」
「さあ……俺は知らないですね」
「俺も」
「そうか」
エルフと言えど全知全能じゃないのは当然か。それにコイツら脳筋だし。
「フム……魔の森に魔法陣か」
「ん?」
ここまで沈黙していた族長がぼそりと呟いた。
「知ってるのか?」
「うーむ……どのくらい昔だったか……四百、いや五百年程前だったと思うが、アレックスとか言う男がいたな」
「アレックス……アレックス・ギルターか?」
「そうだ、確かそんな名だった。そいつが魔の森で何やらやっていたのを見たな」
「見た?」
「ああ。遠目に見ただけだったので何をしているのかわからなかったが。魔法陣というのはどの辺りにあったのだ?」
方向音痴に教えてどうなるのかという気もするが、一応教えておく。
「フム……俺にはどの辺りなのかさっぱりだが、多分そこだな。周囲の地形がそんな感じだった」
「全く安心できない確証の取り方だな……で?アレックス・ギルターが何をやっていたのかは?」
「知らん。それほど関わりのあった相手でもないし、なにより喫緊の課題があったんでな」
「喫緊の課題?」
「街がどちらかわからずに二ヶ月ほど彷徨っている最中で、他人に関わっている余裕はなかったんだ」
「「「いや、そこは声をかけて街に連れて行ってもらえよ!」」」
全員の突っ込みに、一瞬停止した。
「そうか、そうすれば良かったんだな」
「少しは頭を使えよ」
「うむ、これからは困ったら助けを求めることにしよう」
「うんうん」
「ま、私もアレに懲りて以来、魔の森に一人で入ることはやめている」
「そうか」
「あの後さらに三ヶ月も彷徨ったんだぞ。誰だってそうなる」
これ以上は何もいうまい。
さて、族長のあれこれはおいておくとして、色々おかしい。
アレックス・ギルターは大陸西部、ラウアールで山岳地帯を切り拓くのに貢献したとされる魔術師で、彼がいなければヘルメスという街も作られなかったという。だが、その話は確か二百年ほど前の話で、この族長が言う四百年とか五百年というのは時期のズレが大きすぎる。一応レオボルたちにも聞いたが、そういう人物に聞き覚えはないというので彼らの年齢よりも上ということなら、確かに族長の言うくらい昔の出来事だろう。
それにアレックス・ギルターが大陸東部にいたというのも初耳だ。少なくとも彼の遺した魔道書には大陸東部についての記述は見当たらなかったと思う。色々な素材も大陸西部のものばかり。もちろん、大陸北部や東部で採取できる物もあるが、呼び名が違うものも多く、ぶっちゃけ「コレとコレは同じもの」という対応表が欲しいのだが、そういうものも書かれていない。つまり、あれは大陸西部の情報のみを記述したものということか?なら大陸東部独自のものもどこかにあるのだろうか?
とりあえず族長自身が「アレックス・ギルターの名と顔くらいは知っていた」という程度で、気さくに話をするような間柄ではなかったらしく、それ以上のことはわからないとのこと。
わからないなりに、妙な情報が入ったということで冒険者ギルドに報告しておいた方がいいかどうか、後で考えることにしよう。
「じゃあ、もう一つ。ドルズのヴィエールについて知りたい」
「知りたい?」
「ああ」
「うーん、俺たちもあまり国を超えることはないが……おーい、誰かドルズのヴィエールについて何かわかる奴いるか?」
ニアキスがエルフの集団に問いかけると、「俺、何十年か前に行ったことあるけど」という者が出てきた。あと、族長も地味に手を上げている。一番あてにならないように見えるんだが。
「で、ヴィエールの何を知りたい?」
タイロンという、他のエルフ同様脳筋&軽い感じのエルフの問いに対する答えは……
「どんな街かなと」
「どんな……うーん、あまり見て回ったわけじゃないけど、このリワースとそれほど違いはないと思う。もちろん、食い物とか微妙に違うけどな」
「店の種類とか」
「同じだと思う。普通に肉屋があって、八百屋があって、パン屋があって……だったな」
そうか。奴隷紋の作られた地なら奴隷商が立ち並んでいるかと思ったが違うのか。あるいはタイロンが立ち寄った辺りに奴隷商がなかっただけなのか。
「じゃあ、魔の森はどんな感じ?」
「そうだな……こことは違って……」
魔の森に入るとすぐに森の名にふさわしいくらいに鬱蒼と生い茂る森が広がっていて、一キロくらい先に岩山がある。その岩山にいくつかの穴があり、結構な深さのダンジョンとして冒険者たちが日々、一攫千金を狙っている。そんなところらしい。
「ありがとうございます」
「何、参考になったなら……あ、そう言えば」
「ん?」
「なんだったな……その岩山、何かあったような」
「何か?」
「おう。なんか言われたような記憶があるんだけど……なんだったかな」
「何か危険なことがあるとか?」
「危険……うーん、スマン、思い出せん」
なんでも岩山のダンジョンに向かうなら守るべしという注意事項があったらしいのだが、タイロンは岩山には用がなかったので聞き流していたという。
「スマン、なんの役にも立てなくて」
「いえ、充分です」
さて……族長か。
「次は俺の番だな」
「え、ええ。聞きましょう」
「私が行ったのは……うーん、三百年ほど前だな。確かその頃はレームという名だったはずだ」
「え?」
「今のヴィエールというのはそのあとに変えられた名だったはず。名が変わった詳しい経緯は知らん」
おいおい、意外にも情報通か?
「そして、タイロンの言っていた岩山だが……私も実物は見ていない。ただ、こう言われたな。「ダンジョンに入るのは構わないが、岩山は登るな」と」
「登るな?」
「ああ」
「ダンジョンには入っていいのに?」
「そうだ。俺も不思議に思ったが、特に用もなかったんで理由とかは……ああ、何か言ってたな」
「言ってた?」
「そうだ。その時ちょっと付き合いのあったベテラン冒険者だ」
「何て言ってたんだ?」
「確か……時々その岩山のてっぺんが青く光るんだ」
「青く?」
「光る?」
「どんなふうに?」
「それは知らん」
リョータとエリスは単純に不思議だなと言う感想。ポーレットは光り方に興味があったがそれは知らないと。この親子、色々ダメだな。




