鑑定結果
重さは三キロほどか。見た目よりも重いし、明らかに木の重さではないから中に鉄でも入っているのだろうか。形状はまんまダンベルで、エルフたちもダンベルと言っていたので、この重さも合わせるとダンベルとして使えるのだろう。そして表面に施された細かい彫刻。直線がブレることのない直線で、曲線も美しいカーブを描いており、相当な技術を持って作られているというのはよくわかる。だが、なんとなく違和感があるというか、バランスが悪いような気がする。具体的に何がどう、というのは言えないが。
そして、これがいくらになるのだろうかというと、リョータにはさっぱりわからない。
ぶっちゃけ、お宝鑑定番組でも「これは本物だろう」というのが「贋物です!」とすっぱり斬り捨てられていたり、「これはゴミだろ」と思ったら「これは貴重です。いい仕事ですねぇ」と絶賛されていたり。
「エリスはどう思う?」
「これ、何に使うんです?」
ですよねー
そんなことをしていたら、ハヴィンが「ふう」と一息入れてダンベルをテーブルに置いた。
「ところでこれは、いつもおいくらで?」
「そうですね、この大きさだとだいたい……小金貨一枚といったところでしょうか」
「高っ……っと、失礼」
思わず感想がでてしまったが、芸術品って値段の付き方がよくわからないからそのくらいでも妥当なのかも知れない。
「そうですか……では、当店での買い取りですが」
ゴクリ、とエルフ二人が身構えた。族長、お前ももう少し緊張しろ。
「小銀貨一枚です」
「「は?」」
エルフたち――族長除く――があんぐりと口を開けて固まった。
んー、その金額設定は……
「ハヴィンさん」
「なんでしょうか?」
「もしかして:買い取りたくない?」
「はい」
「「えっ?」」
「え?」
リョータの一言に迷うことなく頷くハヴィン、その言葉に驚くエルフたち――族(略――とその反応に驚くハヴィン。
とりあえず、比較的再起動後の動きが落ち着いているニアキスに訊ねてみる。
「本当にこれ、小金貨一枚で買い取られていたのですか?」
「ええ。大きさや作り手の技量によって金額の変動はありますが、基本的にこちらの言い値で買い取られてました」
「言い値で?」
「はい。ですので、正直なところぼったくられているのでは?とも思いましたが、我々としても貴重な現金収入源のため、あまり深く確認したことは無くて」
なるほど。こちらが「小金貨一枚で」と言ったら「わかりました」だと、もしかしたらもっと高いのでは?と疑いたくなるのもわかる。しかし、下手に「え?もう少し高く買ってもらえます?」なんて言って「あなた方とはこれっきりに」と言われたら確かに困るだろう。
「ハヴィンさん、小銀貨一枚の根拠と、実際には買い取りたくない理由を教えてもらえますか?」
「ええと……」
明らかにエルフたちを気にしている。そりゃ、本人目の前に言えることと言えないことはあるだろう。
「大丈夫です。そこで呆けているのはエルフたちの族長の一人で、それなりに偉い人です」
「は、はあ」
エルフの中でも偉い人、だとさらに言いづらいのですがと、ハヴィンの目が訴えてくる。
「そしてここにいるポーレットはその族長の娘です」
「は?た、確かに言われてみれば、どことなく……」
「詳しい事情は話せませんが、ポーレットが「現実を突きつけていい」と言っていましたので、どうぞ遠慮無く」
隣のポーレットが「え?私そんなこと言ってませんけど?」とアタフタし始めたがスルーしておく。
「ふう……では、遠慮無く言わせていただきます。まず、このダンベルですが……芸術的価値はほとんどゼロです」
「「え……」」
「まず……」
ハヴィンの説明は実にわかりやすかった。
ダンベルに使われている木材は特筆する物は無く、普通にそこらでも使われている木材。固く丈夫で耐水性も強いため、建築資材としても家具としても扱いやすいものの一つだそうだ。そして、木材としては普通なので、こんな重さにはならないのだが、木目に沿って丁寧に切り、中をくりぬいて重しになるように金属、おそらく砂鉄を入れているだろうとハヴィンは推測した。
「いや、この大きさでこの重さ……砂鉄では無く魔鉄?」
「ええそうです。魔鉄を入れて重さを増しています。我らエルフにかかれば魔鉄を揃えるなど朝飯前です」
「ダンベルですからね。重さは大事ですので貴重な魔鉄をふんだんに使っています」
エルフ二人は自慢げだが、リョータには一つの疑問が。
「魔鉄?」
「おや、ご存じないです?」
聞いたことがあるような無いような、と思ったので訊ねたら色々と教えてくれた。
魔鉄はおもに魔の森のダンジョンで発見される金属で、鉄に近い性質を持ちながら鉄よりも少し固くてしなやかな金属だという。
それなら冒険者ギルドでの採取依頼がありそうなものだが、鉄より重いという性質が足かせになる。
例えば魔鉄で全身を覆う甲冑を作るとしよう。鉄で作るのと同等の強さを持つように作るとしたとき、鉄で作るよりも少しだけ薄く作れる。だが、重さは鉄の甲冑よりも二割程度重くなる。誰がそんなものを身につけるのだろうか。
そういうことなら、重さを生かした武器、鈍器や大剣などでは有効利用できそうだ。
「鍛冶屋にでも持ち込めば有効活用できるのでは?鈍器とか」
「そう簡単には行きません」
冒険者が積極的に持ち帰らない素材ということもあって、そもそもの産出量が絶望的に少ない。だから武器に加工しようにも加工できるほどの量が集まらない。そして鉄に似た性質があるくせに鉄と混ぜて合金にして使うことができない。つまり、鉄と混ぜて使うと鉄の部分と魔鉄の部分で偏ってしまい、重量バランスが崩れるだけで無く、境目でいきなりパキッと割れたりする。言うまでも無く武器としては致命的な欠点。だから武器にするなら相当な量を集めなければならないが、かかる手間の割に対してすごい物ができるわけでもないから誰もやらない。誰もやらないから需要が生まない。需要が無いから貴重なくせに市場価値がないという実におかしな素材となっている。それが魔鉄だ。
「なるほど、くりぬいた中に砂鉄のように細かくした魔鉄を入れて重しにしていると」
「ええ。我々エルフの手にかかればそのくらいの加工は容易いこと」
金属の加工はドワーフの領分の気がするがそこは突っ込まないでおこう。
そうしてエルフの技術を結集して(笑)魔鉄を詰めたあとに丁寧に貼り付け、うまいこと木目が合うように隠しているが、
「ま、普通の技術ですな」
「馬鹿な?!」
「我らエルフの中でも習熟に百年はかかる技術ですよ?!」
「そう言われましても……ほら、これとか」
トンと、出した小さな木箱。コツンと角を叩くと、蓋がスライドして開いたが、スライドするまで、そこに蓋があるとはわからないほどきれいに揃っていた。ハヴィンはこの程度の技術は木材加工、とくにこうした小物類を作ることの多い職人では当たり前の技術で、特に見るところはないという。
「リョータさんの手にしている物だと……この辺り、よく見て下さい。ちょっと線が見えるでしょう?」
「ええと……あ、ホントだ」
木目に沿って丁寧に切り、元通りつなぎ合わせるだけ。リョータは今のところ冒険者をやめる気はなく、木工職人になるつもりも無いから、「すごいけど普通の技術なんだな」という程度の認識。そしてその認識は正しいらしい。
「このくらいはできないと一人前とは言えませんから」
「へえ」
少しエルフたちがしょんぼりしてきた。自分たちの技術が大したことないと言われるのは結構くるんだろうな。
「さて、それはそれとして、この表面に施された彫刻ですが」
「それです!それは自信があると造った者が言っていました」




