で、族長ってどいつだ?
「悪くない話
バチン!
「うぼぅぇっ」
拘束する手が緩んだ隙にサッと抜け出し、距離を取ったところで振り返る。
「改めて……スタンガン!」
バチン
「ふう……汗くせえ……おえっ」
背後に組み付かれた状態でのスタンガンは威力の調整を丁寧にやれば自分にはほぼ影響無しでいける、というのは実は既に実験済みなので問題ない。が、相手が汗まみれということでちょっとどこに電撃を当てるか迷った。あと一番キツいのは汗臭さ。ちょっと意識が飛んでて、何を言ってたかよく聞いてなかったが、どうせロクな事は言ってないだろう。かなりヤバかったが、解放されてしまえば問題は何も……ん?足下に転がってるのは木でできた……ダンベル?よくわからないが、どうせロクでもない物だろう。こんなのが転がってると危ないので部屋の隅へ蹴っておく。大事な物なら勝手に回収するだろ。
彼らにとって災難だったのは、全員汗まみれだったことだろう。塩分を含んだ水なんて電気の良導体の代表格。そして全員がピクピク痙攣しているところ――現時点で見たくない光景第一位――に告げる。
「床掃除して、汗流してきれいにしてから下の食堂に来い!」
「は……はひ」
手持ちのきれいな布を引っ張り出してあちこち拭いながら廊下に戻ると、反対側のドアが開いて女性陣がそっとのぞいていた。こちらもこちらで半裸だが、見事すぎるほどに鍛えられた体には色気のカケラもなく、男部屋同様に汗臭いだけ。少しはいい匂いでもすればまだエルフに夢を見られるのに、世の中うまくいかないものだな。
「聞こえてただろ?そっちも掃除して汗流してこい」
「え……えっと……」
「聞こえてただろ?」
「「「はいっ!」」」
ドタバタと掃除を始めた音を後ろに聞きながら、宿の主人と一緒に階段を降りていく。布で体を拭いているが、臭いがこびりついたような気がして、仕方なく魔法で水を出そうとして……やめた。空気中の水分を集める魔法だから、な。
そして階段を降りて外の空気を吸いにでたところで、近寄りかけたエリスが距離を取った。申し訳なさそうな顔で。
アイツら絶対に許さん。
そう誓いながら水球を作り、その中に頭を突っ込んでザバザバと洗い、さらに新しく作った水球を全身に浴びせて洗い流したところで、エリスから合格点がでた。乾かすために風の魔法をかけながら待っていたら、エリスの耳がぴく、と動く。
「どうした?」
「えっと……ダメ、みたいです」
「ダメ……え?まさか……」
そう思っていたら、宿の入り口からエルフが一人、恐る恐る顔をのぞかせた。
「あの」
「何でしょう?」
「とても言いにくいのですが」
「さっさと言え」
「族長が行方不明です」
「意味がわからん!」
彼らによると、水浴びをして洗い流すまでは良かったが、そのあと、体を拭いて服を着て……行方不明。「そこんとこ詳しく」と、二、三回聞き直したが、やっぱり意味がわからない。
「なんで宿の敷地内で行方不明になるんだよ!」
「それがわかれば我々も苦労しません」
「その苦労の余波を他に向けないようにしろ!」
「そう言われましても」
「ああ……もう!」
最後の望みとエリスを見るが、フルフルと首を振る。
「わかりません」
「え?」
「足音も匂いも全く」
「ええ……」
エリスの監視から逃れるとか、どういう存在だよと思ったら申し訳なさそうに集まってきたエルフたちがさらりととんでもないことを言った。
「まあ、族長の方向音痴は……ギフトですから」
「イヤなギフトだな!」
そしてギフトだから、単純に感覚器官が発達しているだけというエリスの監視にも引っかからないんだそうな。何だろう。転生してきた俺以上のチートがいる。役に立たないけど。もしかしたら水かけたら黒い子豚になるんじゃないか?そう考えると合点がいくな。体が小さくなったから見失った……ってそんな話があってたまるか。
「とにかく探せ!」
「は、はいっ!」
「っと、門の方にも何人か向かわせてるか?街の外に出られたら探しようがなくなる」
「既に向かわせてます」
慣れてるな。ちょっと同情した。同情するだけならタダだ。
さてこちらは……そもそも会いたいと言ってきているのはあちら側だし、人捜しで最大戦力となるエリスでも探せない相手である以上、ここにいる意味も義理も必要も無い。どちらかというと、マッチポンプになってしまった宿からの依頼のキャンセルのために動いておこう。
「キャンセルと言ってもキャンセル料が発生しますし……それに解決してもらいましたから」
「いえ、これを受け取ったら、人として越えてはいけない一線を越えてしまう気がしますので」
「そ、そうですか」
「それに、ここのギルドには色々と貸しもあります。キャンセル料無しくらいはもぎ取ってきますので」
「そう……ですか。申し訳ないです」
逆にこっちが申し訳ないと頭を下げたいが、ここで頭を下げ出すとお互いに遠慮しあい続けてしまいそうなのでぶった切り、ギルドへ向かう。
っと、その前に、エルフを一人つかまえて買い物を指示しておく。役に立つはずだからと。
ギルドでの説明は言うまでも無く面倒だった。
あの連中とお仲間だと疑われないようにと気をつけていたのだが、それこそ杞憂で、逆に「いや、依頼は達成したんだから報酬を受け取るべきでは?」という流れに持って行かれるのをどうにか阻止。
そもそもエルフたちは族長を連れてポーレットに会いに来たわけだが、ここを理解してもらうのに苦労した。
プスウィにおける一般的な認識としては、エルフの方がちょっと偉そうという感じで、エルフを、それも族長を呼びつけるというのは余程のことが無い限りあり得ない。
その余程のことというのは例えば「これを見て欲しい」という動かせない物を見てもらうような場合で、足が生えてて歩き回れるポーレットの場合、ポーレットの側が族長の元へ向かうべきと言うのが一般的。それを呼びつけるとは、もしやポーレットはギルドが認識している以上の傑物か、となった。
そんな馬鹿なことがあるか。ポーレットは荷物を背負うことに関しては多分世界一だが、それ以外は平均的な冒険者だぞ、と力説したのになかなか信じてもらえなかった。
俺の考える「普通の冒険者」とギルドの考える「普通の冒険者」、それぞれの認識にズレがあるのは重々承知しているが、それにしたって……なあ?
とりあえずポーレットに確認した上で、族長がなんかやらかしたらしく親子の確認が求められたが、こっちは知ったことではないと突っぱねて……という説明をしたたら、ちょっと引かれた。
エルフにそこまで強気で言えるのはこの国にはいないらしい。
「下手なことをしてエルフの機嫌を損ねると、大変なことになりますからね」
「大変なこと?」
「ご存じないのですか?」
何か俺の知らないエルフの隠された力でもあるのか?いや、あったな。そのせいであの宿は迷惑を被った……って、それが大変なことって、ただの嫌がらせ集団じゃねえか。
「エルフと言えば魔法に長けた一族で森の支配者。彼らに目を付けられたら街道を無事に歩くことなどできません」
あいつら魔法が得意そうに見えなかったけどなあ。
どちらかというと肉体言語が得意そうだ。
といった感じで少々苦労したけれど、どうにかキャンセル料なしで依頼キャンセルをもぎ取った。
「今回だけですよ」と釘を刺されたが、族長とやらとの会談(?)を終えたらこの街を出る予定だから、次回以降はないはずだから大丈夫だろう。それに、次回があったとしても俺たちに不利益はないし。




