森エルフは街で……
「リョータ、ギルドで聞いてくるね」
「ん、頼む」
エリスが依頼という単語で冒険者ギルド絡みと判断し、確認に向かった。あちらはあちらで任せるとして、依頼人(?)の話も聞いてみるか。
「ぶっちゃけ、依頼の話は聞いてないのですが、詳しく聞かせてもらえますか?」
「ちゃんと受けてもらえるんですよね?」
「はは……」
内容によります、とは言わない。曖昧に笑うだけで「はい」とも「いいえ」とも言わない、日本人の高等テクニックを披露しながら先を促す。
「簡単な話です。迷惑な客を追い出して欲しいんです」
「それ、衛兵呼ぶ案件ですよね?」
この宿は、木賃宿というわけではないのだが、大部屋に雑魚寝するタイプの宿。雑魚寝だからとても安い一方、食事は別。ついでに言うならその食事、近くの店で売れ残ったパンをカゴに盛り、残り物野菜と肉の切れ端を大鍋でスープにしていて、味は全く保証の限りでないという時点でお察しの上に結構な金額で、露店で買ってきた方が安上がりという、ぼったくりな宿……ではない。このタイプの宿はだいたいどの街にもあって、二十四時間いつでもチェックインできるという、夜遅くに街に到着した人にとっては有り難い宿なのだ。
そして雑魚寝と言うことでセキュリティ面というか、防犯というか、盗難防止的な部分が弱いのだが、「何かあったら全員衛兵に突き出す」という念書を書かされるので、基本的には「狭い」「臭い」「うるさい」さえ我慢できるなら、意外にも安全な宿でもある。
つまり、迷惑な客がいるというなら衛兵を呼べばいいはずなのだが、それを呼ばず、冒険者ギルドへ依頼を出したというのは、あまりにもおかしい。
「その、迷惑というのがなんというか……」
「犯罪行為、または犯罪に近い行為ではない?」
「そうですね」
時折こういう宿に泊まる者の中に何を勘違いしたのか、他の客に対して脅迫紛いのことをしたりする者がいる。全員同じ料金支払っているのだから上下も優劣もないのだが、どういうわけか「俺の方が偉い」という不思議な考え方で、「お前らは隅の方に行け」とかやったり、暴力沙汰になったり。
暴力沙汰も一方的なものなら衛兵案件だが、言葉巧みに相手を煽り、殴り合いの喧嘩になりましたが俺の方が圧倒的に強かったです、だと衛兵を呼んでも来てくれない。喧嘩のたびに衛兵が出張っていたら衛兵が何人いても足りなくなるからで、百人規模の大乱闘でも無い限り、衛兵は動かないのが普通。
「うーん……具体的に何が困ってるんです?」
「その……他のお客さんがみんな出て行っちゃったんですよ」
「はあ?」
それ、衛兵案件だろ?と思ったが違うらしい。
「なんて言うか……居づらいみたいで」
意味がわからんな。
「まだ二、三日止まるみたいな事を言ってるが、正直あの人数だとウチは赤字なんだよ。頼む、追い出してくれ」
冒険者ギルドに依頼を出すのもお金がかかるのだが、それでも、ということは……依頼金額はそれ程高くないんだろうな。んで、この宿の大きさ的に、客は百人以上泊まれるだろうから、冒険者に金を払っても、客が戻ってくるなら、と。
「とりあえず、状況は何となく理解しました。さっきも言いましたけど、俺たち正式に依頼を受けてないんですよね」
「そこを何とか」
というやりとりをしていたところにエリスが戻ってきた。依頼票を持って。
「リョータ、これだよね」
「ありがと」
受け取って内容を確認。聞いた内容と相違なし。
「とりあえず現場を見せてもらいます」
「頼みます。こちら、二階が客室です」
宿の主人について入り口をくぐった瞬間、何だかイヤな空気を感じた。うん、イヤな空気というか、「一、二、一、二……」という声が聞こえる。で、振り返ってみると、エリスはブルブルと首を振って入るのを拒否。
ポーレットも一歩入って異様な空気を感じ取ったのか、そのまま下がってエリスにしがみつき、これ以上は進まないアピール。お前が一番用がある相手なんだけどな。
仕方ない、イヤな予感しかしないが一人で見に行くかと階段を上がる。
階段の先は短い廊下になっていて、突き当たった左右に扉がある。
「左側が男性用、右側が女性用です」
「一応念のために聞きますが」
「はい」
「人が死んでたりとかしてませんよね?」
「それは大丈夫です。死にたくなるかも知れませんが」
どういうことか意味不明だが、とりあえず左側の扉を開け、固まった。
「な……何やってんだよお前らは!」
数秒後、なんとか正気に戻って中の様子に素直な感想がこれだった。
「何って……見てわからないかい?」
「っと、君は確かリョータだったっけ?」
「来てくれたのか!」
リョータの顔くらいは覚えていたらしい彼らがにこやかにこちらに歩み寄ろうとしたところを制止する。
「止まれ!」
「ん?」
「何か問題でも?」
「大ありだよ!」
三十人弱もいると全員の姿は見えないからもしかしたら違うのかも知れないが、あえて言おう。全員半裸だ。そして何をしていたのかというと、それぞれ適度に間隔を開けて整列し、掛け声に合わせてスクワットをしていた。床には汗が落ちたりすることに気を遣ったらしく布を何枚か重ねていたものの、したたり落ちた汗はそれぞれの足下の布に大きな染みを作っていて役に立っているのかどうか。そしてぶっちゃけ汗臭い。
「窓くらい開けたらどうだ?」
「最初は開けていたんだが、そこの主人が「閉めてくれ」と」
え?と振り返ると、一言帰ってきた。
「あの声が外に聞こえるってのも……な」
「わか……りました」
客商売だもんね、仕方ないよねとため息をつき、口と鼻を布で覆いながら訊ねる。
「なんでスクワットを?」
「街にいたら体が鈍るだろう?」
訊ねた俺がバカでした。そして、よく見ると奥の方にレオボルとニアキスがいた……すぐ前に体格の一回り大きなエルフが仁王立ちしているのは何だ?
「あの二人は?」
「ああ、アイツら二人は知ってたんだったか。この前街に滞在したときに鍛錬をサボっていてな、体が鈍ってるんだ。見ろあの腹」
「みっともないったらありゃしないな」
「あんなのじゃエルフは名乗れないからちょっと厳しめにやってるんだ」
「へえ……」
シックスパックって引き締まった体の象徴みたいなモンだと思ってたが、彼らの価値観では違うらしい。
「で、何の用だっけ?」
「トリ頭か!」
叫ぶと同時に魔法を撃とうとした瞬間、背後に気配を感じ、ガシッと羽交い締めにされた。
「クッ!」
「よし、おさえたぞ」
「これでひと安心だ」
「んぐぐ……」
いつの間に回り込んだのか背後からガシッと組み付かれ、口元をおさえていた布も強く押し当てられていて声が出せなくさせられた。
「リョータの魔法、最初は驚いたが、要するに指を鳴らすのと魔法の名を告げるのさえ止めればこの通り、ってな」
「はあ……本当はこういうことはしたくなかったけど仕方ないよな」
「これも里のため、族長のため。娘はこちらで引き取るから、大人しくしてくれないか?」
「そうだ、エルフの工芸品を一つやろう。結構価値があるんだぞ」
そう言って一人がゴソゴソと鞄を探り、何かを取りだした。
「これ、あげるから、大人しくしてくれ、な?」
なんか、細かい彫刻が施されたダンベルだった。
「これ、人間の街で売れば金貨数枚らしいから」




