考えても仕方ないなら諦めよう
「一番手軽なのは夜逃げか?」
「出来ると思います?」
「無理だよな」
現在寝泊まりしているのは冒険者ギルドの手配した宿。一泊するだけで小金貨が飛んでいくような高級宿で、こっそり裏口から出て行ってもバレなさそうな安宿とは次元が違い、あらゆる出入り口に従業員がいて、「行ってらっしゃいませ」「お帰りなさいませ」をする。もちろん従業員用の通用口ではそんなことはないだろうが、そういう通用口は従業員の作業場所からでないと行き来できない構造。
では、堂々と「ちょっとそこまで」とか誤魔化しながら逃げようとしても無駄。この数日、魔の森へ行く以外では必ず誰かしらがあとを着いてきていた。決して尾行ではなく、高級宿のサービスの一環として「街の案内から荷物持ちまで」だそうな。
仕方ないので、改めて確認しておくべき事、考えておくべき事を整理しておく。
「ということでポーレット、どうだ?」
「全然。何度も考えてみましたが、思い出せる物はありませんでした」
「そうか」
リョータよりも冒険者歴の長いポーレットにここリワース以外で冒険者行方不明が頻発したところがあったかどうかを思い出してもらおうとしたが、覚えている限りそういうことはなかったとのこと。
もちろん、原因不明の行方不明は時折起こるのだが、だいたいがダンジョン内に突然変異のような強い魔物が現れたとか、後に騎士団総出で討伐にかかるような盗賊団がでたとか、そういうものばかり。
つまり、あとになってから原因がわかるケースが大半で、ここリワースで起きていたような、何だかわからないけど行方不明者が多く出る、という事件は聞いたことがないという。
「つまり、他の街にはこういうものがなかったか……」
「そうですね。少なくとも私が主に活動していた北部では無かったんじゃないかと思います」
ではヘルメスにあった魔法陣との違いはなんだろうか?
少なくともリョータが聞いていた限り、ヘルメスで冒険者が行方不明という事件はなかったはずだが……
「リョータ、あそこの魔法陣は誰も行かないようなところにあったから」
「それもそうか」
近くを通りかかっているときに急に大雨になって雨宿りをするでも無い限り、あそこに立ち寄る者はまずいないだろうな。
では、魔法陣としての違いは?
まったくわからない。そもそもヘルメスの魔法陣をじっくり観察していないからな。空に放り投げられるという以外の情報は確認していないんだよ。
ヘルメスに行けば確認できるけど、いきなり戻ったらそれはそれで大騒ぎになるし……
「それじゃあポーレットに行ってもらうのは?」
「エリス、却下だ」
「ええ……私、そんなに信用無いですか?」
ポーレットは大陸西部で活動したことがないから、ヘルメスに行っても誰も気付かない……なんてことはない。冒険者ギルドに行って冒険者証を見せた瞬間に、リョータたちと一緒に活動している冒険者であることに気付かれ、一体どうやってここまで来たのか問い詰められるに違いない。
「そ、そこはこう……なんとかうまくごまかして」
ポーレットが「信用してくれ」と言わんばかりだが、改めてヘルメスの冒険者ギルドの面々を思い出し、エリスと顔を見合わせてから首を振る。
「あそこはあそこで魔窟だから」
「どんなところなんですか?!」
「うーん……ま、いい街だよ」
「全然そう聞こえないんですけど?!」
ポーレットがエリスをみると、エリスも頷く。
「いい街ですよ」
リョータにしてみれば、何だかんだでこの世界に来て初めて入った街。色々と世話になった人も多くて思い入れも多いのは当然。
エリスにしてみれば、行くあての無くなってしまった自分を受け入れてくれた街。それにリョータと出会うきっかけとなった街だから贔屓目がでるのも仕方ない。
「で、それはもう考えても仕方ないとして、だ。あれは一体何のために作られていたんだろうか?」
「んー、罠?」
「それはないと思いますけど……」
ヘルメスの魔法陣はエリスの言うように罠の可能性は高い。というか罠と断定してもいいくらいだ。何しろその先の魔法陣の行き先がアレックス・ギルターの秘密研究所みたいなところだからな。侵入者を排除するというのは必要な機能だろう。
だが、ここリワースの魔法陣は?
罠だとしたら、誰がなんのためにあんな何もない原っぱに作るんだ?
そもそも罠というのは、何かを守るためというのが主な目的。こちらから相手を攻撃するために向かっていく罠というのはない。
「……という理由で、罠の可能性は低いだろ」
「確かに罠なら壊していく必要も無いですね」
そう。あの辺りに何かがあって、それを守るために設置された罠だとしても、その守るべき何かがなくなる、あるいはどこかへ移転するときに罠を壊していくだろうか?人が住む街ならともかく、基本的に入って歩き回るにはそれなりの技量が必要になる魔の森だ。罠をほったらかしにいたとしても問題ないだろう。
「壊してあったということは、やっぱりどこかに移動するために作られたんだろうな。んで、そのどこかに移動する必要が無くなったか、移動できなくなるような何かが起きたか」
「全然見当がつきませんね」
「だな。見た感じ結構古そうだったし」
「あ、古いって事なら……エルフに聞いたらどうでしょう?」
「それも一つの手か。エルフって長生きらしいから、昔のことも知ってるだろ」
あまり会いたくないが、気になることをそのままにしておくのはなんだかモヤモヤするから仕方ないか。
覚悟を決めた夕方、噂をすればなんとやらでエルフが一人やって来た。
「どうにか明日、街に到着できそうです」
「そうか。無事で何よりというか、お疲れ様」
「はは……」
一応聞いてみるか。見た感じ若そうだけど。
「なあ、一ついいか?」
「なんでしょう?」
「ここの魔の森って、入ったことあるか?」
「え?ここの魔の森ですか?ありますが」
「どのくらい前?」
「んー……百年は経ってないと思います」
百歳越えてたか。まあいい。とにかく聞いてみるか。
「んー、ここの魔の森に何かわからない施設、あるいは場所、ですか。魔の森ってだいたいよくわからない場所ですよね?」
「確かにそうだけど……例えば、その場所を作った人が「近づいて欲しくないな」とか考えそうな場所とか」
「すみません。心当たりはありません」
「そうか。ありがとう」
数える程度しか行ったことがないらしいから、情報ゼロ。明日来るエルフたちが何か知ってるといいが。
「ここか」
「リョータ、私ちょっと緊張してきました」
「お前の父親だろ?緊張してどうするんだよ」
「それはそうですけど」
リョータたちが泊まっている宿は結構高いのだが、部屋自体はあまり広くないので、エルフが大勢押しかけてくるのはちょっとということで、エルフたちが確保した大部屋のある宿で会うことに。そして、宿の前に来たところで、ポーレットが明らかに緊張している。
「どうする?やめるなら引き返すが」
「いえ、大丈夫です」
「そうか。なら入るぞ」
「はい」
エリスによると、どうやら結構な人数のエルフが中にいるらしい。エルフとエルフ以外をどう区別しているのかよくわからないが。
面倒くさいことになりませんようにと軽く祈りながら宿の入り口をくぐろうとしたら、中からちょっと線の細い男性が出てきた。
「よく来てくださいました!」
「はい?」
「依頼を出したばかりなのにもう来ていただけたなんて、ありがたいです!」
「依頼?」
何のことだろう?




