高高度からの落下で助かるには
「もう少し調査したいが、上空へ飛ばされるとさすがに助からんのが難点だな」
「高度はおよそ千メートルどころか二千メートル程度と思われますが、ちょっと計るのが難しいですね」
そこで一旦全員が静かになり、一斉にリョータたちの方を見る。
「「「一体全体、どうやって助かったんだ?!」」」
「あ、あはははは……」
隠すようなことでもないと、どうやって助かったかを説明すると、また頭を抱えだした。
「確かに理屈はそうかも知れんが」
「やっぱり私のリョータは最高ね」
「いきなり空に放り出されて、ではこうやって、なんて出来るか!」
「私の……ってリョータはあなたのものではありません!」
「というか、大量の水?どのくらい必要になるんだ?」
「あら、もう婚姻届を出す直前よ?」
「魔力を使い切ったらマズいだろ」
「いや、俺は同意してないし」
「タイミングも重要そうだな」
それぞれの会話が交錯し合う中、改めて明日もう一度調査に向かうこととなった。
うん、このままだとエルフたちが戻ってきそうだよな。そろそろ彼らの言ってた十日だし。
「よし、次は右へ……そう、そこから奥の方へ」
「こんな感じ?」
「そうそう、そんな感じ」
魔術師団の面々が手分けして草をかき分け、魔法陣を踏まないように気をつけながらその形を描き写しているのを見ながら思う。
先に草刈りしちゃえば早いんじゃないか?と。
でも言わない。
だって、何か楽しそうだし。
「うわっ!ホーンラビットだ!」
「狩れ!すぐに倒せ!」
もちろん、調査を始める前に魔法陣の範囲内にホーンラビットがいないことを確認しているが、あちらは人間側の事情などお構いなしにやって来る。下手に戦闘が長引いて魔法陣の上にでも立たれでもしたら上空へ転移させられてしまうとあって、緊張感はハンパない。
とは言え、魔術師団と言っても、騎士団の一部組織らしく、ホーンラビット程度は魔法も使わずにサクッと倒せるのはさすがと言っておこう。
「なあ、リョータ。これなんかどうだ?」
「ダメです」
「つれないな……だが、それがいい!」
こっちはこっちで何か悶えてるし。ちなみに見せてきたのはルルメドにある新築不動産物件のチラシ。それに対して感想を述べでもしたら「じゃあ、部屋数を増やして!」とか「そうか……もっと寄り添える狭い家が」とか言い出しそうなので「ダメ」以外言わないようにしているのだが、そろそろそれを言われるのが良くなってきているらしい。本当、どうしてこんな人格破綻者が冒険者ギルドの支部長なんてしているのだろうか。あ、人格が破綻しているから普通の仕事に就けないのか。
そんなこんなでまた一日が終わり、街に戻って話し合いになる。
「先に草を刈ってからやった方がいいのでは?」
「うん、それは俺も途中からそう思った」
「俺も」
「私も」
途中でもそう思ったなら口にしろ、といいたいのをグッと堪え、翌日の方針がまとまるのを待つ。
「お帰りなさいませ。伝言が届いています」
「伝言?」
話し合いを終えて宿に戻ると伝言が届いていた。差出人はエルフたち。
「えーと……族長がはぐれた。三日ほど到着が遅れます。アイツらバカなのか?」
「バカなんでしょうね」
「ですね」
とりあえず魔法陣の調査にあと四、五日はかかりそうだからいいか。
「で、なんですか、それ?」
「もういっそのこと空高くへ転移させられてもいい、と考えたんだが」
「死ぬ気ですか?」
「え?ダメ?」
「多分ダメだと思います」
手足にデカい布を括り付けてって……ムササビの術かよ。
「多分死ぬと思うのでオススメはしません」
「え?マジで?」
「それで平気だと思ったんですか?」
「いや……だって、なあ?」
「うん。昨日、宿で実験して、行けそうだって」
「ほら、こんな感じで」
木で作った人形の手足に布をつけた物を放り投げるとふわりと減速して降りていく。確かに二十センチ程度の大きさならハンカチより少し大きいくらいの布でも充分にパラシュートのような用をなすだろうけど、人間のサイズと重さ相手では、布の大きさがあまりにも足りないし、手足に結んだりしたら、バランスが取れないだろう。
「そうか……」
「うまく行くと思ったんだけどなあ」
「死ぬのはちょっとまだ早いよな」
とりあえず、修学旅行の夜のノリが続いたままだったのが冷めたらしく、手足に括り付けた布を外し、魔の森へ向かう。
魔法陣につくとまずはホーンラビットの追い出し&狩り。周囲を固めたところで今日は草刈りを開始。ある程度地面の様子が見えるようになったところで模様を描き写し、写し終えたら次の一角へ。明らかに昨日よりも作業が早く、街に帰るまでに半分まで終えることが出来た。これなら明日、遅くとも明後日には全て描き写し終えているだろう。
魔法陣を描き写せばリョータたちの仕事も終わり。エルフたちがこの街に到着する前にこの国からも出てしまえるだろう。つまり、あんな濃い連中とこれ以上関わらずに済むのだ。
「そう考えていた時期が僕にもありました」
朝から大雨。
ギルド職員によるとこのくらいの時期の雨は二、三日続くらしい。雨が降ったからといって魔の森の危険度が上がったりはしないが、そもそも魔法陣を描き写しに来ているのだから、紙が濡れたりして作業に支障が出る。雨が止むまで足止めというのがこちらに向かっているエルフたちにも適用されることを祈るのみである。
そんなリョータたちの祈りが通じたのか、翌朝には雨も止んだので魔の森へ。ホンの少し早足で進んで時間短縮したのが功を奏し、魔法陣の描き写しはどうにか終わった。これで報酬を受け取って明日にはこの街を出てしまおう。
そう考えていたのはどうやら甘かったらしい。
「是非とも、忌憚のない意見を聞かせて欲しい」
「え?」
「我々は魔法の研鑽に余念が無く、知識も豊富だと自負しているが、逆にそれだからこそ見落としてしまうことも多いのではと懸念している」
「是非とも、魔法研究を専門としていない、実用を重視する冒険者の立場からこの魔法陣がなんなのか、解明するのを手伝ってくれないか?」
「ちょっとなに言ってるかわからない」
確かに冒険者たちは魔法の研究よりも実際の運用を重視する。魔物への攻撃や、飲料水を用意するなどの利便性のため、効率的な使い方は研究しているが、それぞれが何となくのカンで行っており、体系だった物はなく、言わば口伝に近いものすらある。ましてや魔道具などにも記されるような魔法陣となれば専門外もいいところだが、専門外だからこそ、研究者とは違った視線があると言うことらしいが……正直さっさと解放して欲しい。
翌日、魔法陣が何で描かれているのかを調べるというので同行する。
元冒険者のユーフィがいれば護衛としては充分なハズなんだが、どういうわけか同行するように言われる。報酬がいいので断らないけど。
草を刈られ、全体のよく見えるようになった魔法陣のそばでどうにか地面を掘り返して持って帰れないか試行錯誤しているのを横目にざっと眺める。
「あそこか」
「どこです?」
「ここ」
「ああ……」
この魔法陣を作ったのが何者かは知らないが、一応ここを離れるにあたって、魔法陣を無力化していた痕跡。中央付近が少し削り取られていたとしか言えない跡があり、これで魔法陣全体を意味のないものにしていたのだが、長い年月の中でそばに生えた草の汁、それにホーンラビットなどの魔物か、冒険者の血が混じり、魔法陣のインクとして機能するようになって削り取られた部分を繋いでしまっている。
この数年で急に行方不明者が出るようになったのは、本当にこの数年でこのように繋がり、魔法陣として機能するようになったせいだろう。




