獣人の少女
「抵抗すると痛い目見るぜ」
使い古された台詞を言いながら、一人が剣を構えてじりじりと近づいてくる。もう一人はすぐ後ろに。なるほどこれだと二人目がよく見えないので、対処しづらいな。
普通なら。
「……スタンガン」
身も蓋もない言葉と共に魔法を発動。火花と共にバチン!という音が響く。
「ふあっ」
「はえっ」
情けない声と共に二人が転ぶ。ピクピクと痙攣しているところを見ると、威力の調整はバッチリだ。実験台になってくれたホーンラビットたちに感謝だな。
その名の通り、指定した位置に数万ボルトの電気を発生させる魔法。現代地球にもあったスタンガン同様に高電圧の電気をいきなり発生させるので、不意討ち感もすごいし、やられた側も何があったかわからないんじゃないか?電気とか雷について解明の進んでいないこの世界ではチート級の魔法かも知れない。
ドラゴンですら動きが止まる雷撃は雷を再現する魔法だったが、さすがに人に使うには強力すぎるので威力を調整したイメージを作り、一番わかりやすい単語で使うようにした。人間相手での使用は初めてだが、対人戦の主力にしてよさそうだ。
「な……なひが……おひ……た……」
「おひ……おまへ……いっひゃい……」
「スタンガン」バチン!
大人しくなった。
さて、どうしようか……ん?さらに一人来た。
「何だお前?」
こちらもまた何かの袋を持ってきていたが、既に袋を置いて剣を抜いている。気が早いな。
「そうだった。三人組だからあと一人いたんだよな」
「は?」
「一応聞いておくけど、他に仲間は?」
「言うと思うか?」
答えと同時に斬りかかってくるので……
「スタンガン」バチン!
さて、どうするか。
三人は無力化している。そして目の前で村が燃えている。
消火したいが、この三人が回復してきても困るので、急いでロープを取り出し、両腕を後ろで組んで縛り、さらに両脚も縛る。縛り方は、『これなら絶対ほどけないから』とステラのお墨付きの縛り方。なお、縛り始める前と縛り終えたあとにスタンガンを撃ち込むのを忘れない。あ、目の焦点が合わなくなってるな。スタンガンって後遺症とか残るんだっけ?ま、いいか。
縛り終えると、とりあえず腹を蹴り、悶絶させてから村に向かう。あの状態でも苦しい物は苦しいんだな。
村を囲む柵の辺りまで来ると、炎の熱気で汗がにじむ。
「濃霧!」
やや大きめに発動させて、ゆっくりと村の中へ。ドラゴンの炎でさえも食い止めるような魔法だが、さすがにこの規模の火災だと何度か霧が消えそうになるので、かけ直しながら村の奥まで進む。
村はそれほど大きくなく、建物も十軒ほどしかないので、すぐに鎮火できた。そしてすぐに中を確認し……吐いた。
「あいつら……全員殺してから火を……」
酷いなんてものじゃ無い。あれが人間のすることなのか。
フラフラと村の入り口へ行き、転がっている三人を一発ずつ蹴って、スタンガンを撃ち込む。こいつらどうしようか。
確か、生死問わずだったはずだ。つまり、首を持って行くだけでもいいのだが、こいつらの首を運ぶなんて絶対にやりたくない。
これだけ縛ってあれば、動く事なんてできないし、スタンガンの影響はしばらく残るだろう。転移魔法陣を作れば、ヘルメスまではすぐに戻れる。そこで衛兵に話をして……うん、ダメだ。どうやって戻ったかの説明がしづらい。
全く面倒な連中だ。でかい穴でも掘って埋めてしまおうかとも思ったが、死んだなら死んだと言うことが知れ渡らないと、皆が警戒しながら生活し続けることになる。
どうしたものかと考えていたとき、馬車の荷台でガタン、と音がした。
咄嗟に身構えるが、それっきり。恐る恐る荷台を見ると、大きな袋が転がっている。人間サイズ?なんか動いているような気が。
荷台に飛び乗ると、その音でビクッと袋の動きが止まる。この村の生き残りか、他の村から延々連れ回されているのか、どちらにしても袋は開けた方がいいだろう。
恐る恐る近づき、袋に触れると、ビクッと震え……止まった。
「えーと、聞こえるかどうかわからないけど、袋を開けるね」
一度声をかけてから袋の口を確認。ロープで硬く縛ってあり、解くのは面倒そうなのでラビットナイフを取り出してスッと一撫で。相変わらずとんでもない切れ味だ。
ごそごそと袋を開けると、黒に近い焦げ茶色の犬の耳がついた頭が出てきた。さらに袋を開いて下げると、女の子の顔が。ただし、その左半分は目も開けられないほど赤紫色に腫れ上がっている。猿ぐつわを噛まされており、涙と鼻水でぐしゃぐしゃで、おびえた目でリョータを見ている。
獣人。おそらくこの村の子だろう。
「怖がらないで。危害を加えるつもりは無い。今出してあげるから」
そう言って、袋をずり下げていき、全身を袋から出す。麻のシャツにオーバーオールのような服を着ていて、裸足。両手両脚を縛られており、血の巡りが悪くなっていてちょっと酷い色になっている。左足首が腫れて紫色だが、折れてはいないようだ。両脚の間に挟まれているのは尻尾?あれは、怖がっているときのサインだっけ?
とりあえず、縛っている手足を解かないとな。
「えっと、今から口のそれと、手足のロープを解くよ。固く結んであるからナイフで切る。危ないから動かないでね。大丈夫、君をどうこうするつもりは無いから」
落ち着いて、言い聞かせるように伝えると、コクンとうなずいたのでナイフを手に取り、口元の布を少し持ち上げて刃を滑り込ませる。さすがに顔の近くに刃物があるので、少女は目をぎゅっとつぶっているが、動く様子は無いので、スパッと切る。
思ったより早く切れたのに拍子抜けしたのか、キョトンとした目をしているのは安心しているからか?とりあえず布を外してやる。
「ふえっ……」
「落ち着いて」
「ふぁい」
「次、手のロープ切るからね」
こちらもスパッと。ホント、この切れ味はトリック映像みたいだ。
「次、足ね」
「ふぁい……いっ!」
腫れたところを触ってしまったせいで、ビクンッと震える。
「ゴ、ゴメン、痛かったね」
「いえ……大丈夫……です」
声が少し落ち着いてきたかな。腫れているところに触れないように気をつけながらスパッと。
解放し終えるとすぐにナイフをしまう。怖がらせる材料は少しでも少ない方がいい。
「あ……あの……ありがとう、ございます」
「いや……大したことしてないし……」
それに村の人たちは皆……
「んくっ……」
立ち上がろうとするが、痛みで倒れそうになるのを慌てて支える。
うっわ……柔らかい……どことは言わないが。
「ご、ごめんなさい」
「その足じゃ大変だよ。ちょっと待って」
薬草を取り出す。ここに配達する物だったが、これじゃ意味が無いし、今使うべきだろう。
葉っぱを一枚広げ、水の魔法で軽く湿らせる。これだけで日本ではおなじみの湿布のあのにおいがし始める。足首にペタリと貼り付け、転がっていた棒を添え木にして、包帯を少しきつめに巻く。
さらに一枚広げて、左頬にペタリ。包帯を軽く巻く。ミイラみたいになっちゃったけど仕方が無い。本当は絆創膏で貼るのだが手持ちが無いので我慢してもらおう。
肩を貸してやりながら荷台を降りる。靴履いてないけど大丈夫かと聞いてみたら、平気というのでそのまま。
「ひっ」
少女がリョータの後ろに隠れる。
「ああ……その三人ね……」
とりあえずスタンガン。
「今の魔法で動けないようにしてあるから大丈夫だよ」
「はい……ありがとうございます」
そう言うと、ヨタヨタと足を引きながら村の方へ。放っておけないので慌てて追う。おっと、その前に……スタンガン。
一軒の家の前で少女が俯いていたので慌てて駆け寄る。
中には酷い状態の男女の遺体。
「ック……ヒック……う……うわああああ……」
堰を切ったように泣き出してしまったので思わず頭を抱きしめてしまった。が、嫌がる様子も無く、しがみついてきて、泣き続ける。
多分ここがこの子の家。そして……両親。
こんなにも理不尽で残酷な形で家族を引き離す……許せない。
どのくらい時間が経っただろうか、日が沈み始めた頃にようやく少女は泣き止み、フラフラと立ち上がり、建物の隅の方へ歩いて行く。何をするのかと思ったら、崩れた建物の間からサンダルを出して履き、さらにスコップを取り出した。焼け焦げているけど、なんとか使えそうだ。
そしてそれを引きずるようにして歩き、少し広い村の中心部へ行くと、穴を掘り始める。
そうか……そうだよな。
リョータも近くの建物の中を探すと、スコップの他、鍬も見つかったので引っ張り出して少女の元へ。一緒に穴掘りを開始すると、少女がびっくりしたような顔を見せる。
「手伝うよ」
それだけ言って、穴を掘り続ける。
かなり大きな穴。土魔法を使えばすぐに開けられる程度の穴。だが、魔法で開けてはダメな気がした。少女の、そしてリョータの想いを込めて掘ろう。
すっかり日が沈み、暗くなってきたので、ランタンを灯して作業続行。どれくらい時間がかかったかわからないが、何とか掘れた。
そして、村人全員を丁寧に中へ。
全部で十四人。
家族同士を寄り添うようにして。
そして、どこからともなく少女が持ってきた花を置き、ゆっくりと土をかけていく。
何度も少女の手が止まるが、その都度頭を撫でて励ます。
少しこんもりと盛り上がった土の中央に一本の棒を立てると、少女はその前にひざまずき、両手を合わせる。こっちの宗教はよくわからないが、リョータもそれに倣う。
祈りを終えると少女はリョータに向き直る。
「あの、ありがとうございました」
「いや……大したこと、出来なくて」
「いえ、ホント、充分に色々してもらって、その……」
「気にしなくていいよ。何となくそうしようって思って手伝っただけだから」
「はい……」
そんな話をしながら村の入り口へ。
三人は時々痙攣しているようだが、自由には動けないようだな。
「さてと」
「?」
「あの三人は手配書が回っているお尋ね者でね、このまま放置ってわけにいかないんだ」
「そう……ですか」
「暗くなっちゃったけど、今からハマノ村まで引きずっていく。そこまで行けば街に連絡してもらえるから」
そう言いながら背嚢を降ろし、ロープを取り出す。これで三人を繋いでズルズル引っ張ろう。
「あの」
「ん?」
「馬車、ありますけど」
「ああ……馬車、操れないんだ」
普通自動車免許じゃ無理だよな。アクセルもブレーキもないし。
「だから歩いて」
「あの!」
「ん?」
「私、少しなら馬車、扱えます」
「そうなの?」
「行商のおじさんに少し教えてもらってて」
おっちゃん、GJ。
「じゃ、お願いしてもいいかな?」
「はい」
「……えーと……名乗ってなかった。冒険者をしてる、リョータ」
「あ、私はエリスです」
「エリス……ちゃんね」
「!」
ちょっとだけ、笑顔になったかな。包帯でよく見えないけど。




