巨大魔法陣
この広い草原全体を危険と判断し、慎重に地面を見ながら縁と思われるギリギリを歩いて行くこと五分。
「あった」
「見覚えありますね」
地面に溝を掘り、そこに樹脂を流して固めたような、そう、工房との行き来に使っている転移魔法陣と同じように見えるものが、そこにはあった。
「これをたどると……こっちにつながって」
「ずっと続いてますね」
見つけたそれが外周だと考えてたどっていくと、途切れること無くぐるりと回る、直径約三百メートルほどの円形だった。
「何の変哲も無い草原にこの大きさの魔法陣か」
「何かの嫌がらせですかね?」
「嫌がらせというか、罠ですよね」
罠にしてはずいぶん規模が大きい。何かの目的で作られたものが罠のように機能してしまっていると考えるのが自然か?
「とりあえず試してみよう」
「はい」
近くの木の枝を数本切り落とし、魔法陣の内側へ放り投げておき、魔法陣を描いている線に軽く触れる。
「行くぞ……えい」
少しだけ魔力を流し、すぐにその場を飛び退いて離れると、魔法陣全体が一瞬光り、投げ入れてあった木の枝が消える。
「えーと……あった」
「うわ、高いですね」
遙か上空、ほとんど点にしか見えないほどの高さに木の枝が転移しており、風に流されながら少し離れた所に落下した。これが冒険者行方不明の原因で間違いない。
つまり、ここを通りかかった折にホーンラビットと遭遇。ホーンラビットが襲いかかろうと身構えたとき、わずかにその足から魔力が流れて魔法陣が発動し、千メートル以上という素敵な高さまでに転移させられたのだ。ベテランばかりのパーティであったとしてもいきなりそんなことになったら、なすすべ無く墜落。死体は他の魔物が捕食したか腐ったかして、行方知れずに。
どんなに実力があってランクが高くても、あの高さから落ちて助かるにはリョータのように、何らかの方法で落下速度を殺すしか無い。だが、あまり考えている時間は無い。パニックに陥ってしまったらアウトだ。
そして、この魔法陣の広さ。近くで見ていた者も一緒に巻き込んで上空へ飛ばされるだろうから、目撃者は無く、全員が被害者。原因不明のまま謎だらけの連続冒険者行方不明事件の完成だ。
「どうします?」
「うーん……一旦戻る」
「冒険者ギルドに報告ですか?」
「そうするのがいいと思う」
今この場で魔法陣を無力化すると言うことも出来る。単にラビットソードで魔法陣をえぐり取ればいい。
だが、それでは問題解決にならない。「行方不明事件が解決しました」と言ったって、何が何だかわからない報告になるだろう。
ギルド職員に立ち会ってもらって、何が起きていたのかを見せるのが一番いい。
そもそもリョータは目立ちたくないとかそういうつもりは無い。ただ単に目的地へ向かうのにランクを上げると移動しづらくなると困るから、というだけ。この街で起きている冒険者行方不明事件が解決すれば、遠からずこの街、ひいてはプスウィ全体も冒険者が戻ってきて賑やかになるだろう。リョータたちを引き留めておく理由も無くなる。
「そろそろ日が暮れそうだな」
「手ぶらで帰ると何か言われそうですね」
「だろ?でも、この報告を持ち帰ったらどうなる?」
二人が揃って「んーと」と考える。
「こっそりこの魔法陣を壊しても誰も気付きませんよね?」
「そうだな。最近は行方不明者が出ないな、って思うくらいだよな」
「でも、それをギルド職員の前で見せたらきっと」
「そう。行方不明の原因がわかって取り除けたら、プスウィとしてはありがたい話だよな」
方針を決めたので、街へ戻り始める。
道すがら、ちょっと強めの風が吹くとエリスがブルッと体を震わせる。
「くしゅんっ」
「さっさと帰って着替えだけしちゃおうな」
「はい」
どうやら尻尾が濡れたままになっているせいで冷えるらしい。
「おかえりなさいませ」
「うわっ!」
「ささ……荷物はこちらに」
「無いぞ」
「え?」
「何も持って帰ってきてない」
「そ……そん……な……」
街に戻ったところで数名のギルド職員がお出迎え。暇人か?!いや、暇なんだよな。冒険者、ほとんどいないし。
「何のために魔の森へ行ったんですか?!」
「えっと」
「期待させておいて、ひどいです!」
「いやあ……はははっ」
「もうランクを落とそうかしら」
「そんな勝手に」
「だってそうでしょう?依頼票を確認してから魔の森に行って手ぶらで帰ってくるとか!」
「ま、確かに手ぶらで帰ってきましたが」
「きましたが?」
「とても大事な情報を持って帰ってきました」
「情報?」
「情報じゃ依頼票に完了のサインは書けません!」
常設依頼は依頼票を持っていかないし、完了のサインも無かったと思うが……
「そうですか。冒険者が行方不明になる事件の原因がわかったんですが、特に報告しなくても「ちょっとこちらへ!」
すごい勢いで抱え上げられ、そのまま冒険者ギルドまで。
後ろから「あ!待って!待って!」とエリスが追っかけてきているが、エリスが追いつけないってどんな脚力だよ。世の中には色々な人がいるんだなと感心しているうちにギルドに到着。そのまま階段を駆け上がって「支部長室」と書かれた部屋へノックも無しに飛び込んでいった。
「支部長!」
「うわっと!ノックくらいしろ!」
「それどころじゃないんです!」
「社会人として最低限の礼儀はわきまえろ!」
何かの書類を手に集中していたようで――こっそり菓子でも食ってたら面白かったのに――椅子から落ちそうになりながら、ここまで全力疾走してきた職員を窘める。
「一体なに「行方不明です!」
「誰が「わかったんです!」
「おいお「リョータです」
「は?そいつは来たばかり「やっぱりすごいんです!」
会話が成立していないな。
「落ち着け!」
「落ち着いてます!リョータです!」
「それはわかった」
「なら!」
「落ち着け!!」
「きゅぅぅ……」
机を回り込んできだ支部長がガツンと拳骨を頭に落としてようやくおとなしくなり、捧げ物のように掲げられていたリョータはようやく下ろされた。
「支部長への生け贄にされるかと思った」
「俺は変な宗教が崇める邪神じゃねえぞ」
ようやく下ろされてひと息ついたところで、とりあえずクレームを入れておく。つか、邪神って初めて聞いたな。本当にいるのか……いないだろうな。あの神様、暇そうだったもんな。邪神とかいたらきっと忙しいだろうし、リョータに「邪神と戦え」とか言いそうだし。
当の受付嬢はひたすら横で土下座をしているのだが、あの細腕で水を吸って重くなっている荷物を背負ったリョータを抱えて全力疾走&階段駆け上がり。とんでもない体力だなと感心するしかない。
「で、何があったのか……ああ、いい。リョータ、お前から報告してくれ」
口を開きかけた受付嬢を再びの拳骨で黙らせ、リョータに説明するように促す。
「実際に見た方が早いかな、とも思いますが」
前置きをして何があったかを話す。
魔の森に行ったこと。とある場所で空高くに強制的に移動させられたこと。どうにか生き延びたこと……
「空高く?どのくらいだ?」
「ざっと千メートル以上あると思います」
「千って……マジか?」
「そう言われると思いまして。さっそく明日、確認に行きますか?」
「もちろんだ」
話はついたが、その横で受付嬢が「そんなことがあったんですね」とつぶやき、支部長に「お前、話も聞かずに強引に連れてきたのか!」と突っ込まれていた。
「いやあ、行方不明事件の真相がわかったと聞いていても立ってもいられなくて」
「お前な……」
どうやらここにも苦労人がいるようだな。




