冒険者行方不明の原因
「は?」
ふわりとした浮遊感の直後に、落下。
「な!またこれか!」
強烈な風圧。はるか眼下に広がる緑の平原と森に山。
ヘルメスでアレックス・ギルターの魔道書を見つけた、ダンジョンっぽいものの入り口で起きたのと同じ、遥か上空にいきなり飛ばされたのがまたここで起きたのか。
「リョータ!」
「うわっと!」
空中を蹴ってエリスが飛びついてきた。どうやら冷静に対処できているようだ。あと、いろいろ柔らかい。
「エリスは大丈夫?」
「大丈夫だけど、これは一体何?何が起きてるの?!」
「よくわからん!」
「わかった!で、どうするの?!」
「とりあえず……ポーレットは?」
「いた!あっち!」
見ると、背負ったバッグが絶妙なバランスを取ってしまったらしく、手足を広げた大の字で少し上の方にいた。リョータが頷くと、すぐにエリスが足場を作り、跳躍して近づいていく。
「大丈夫か!」
「あばばばばば……」
風に流されているところにどうにかたどりつき、声をかけたが風圧で顔が大変なことになっているので答えられそうに無い。ただ、気を失ったりなどはしていないのは助かった。
「荷物を……無理か」
バッグの中身は大したことはない。素材回収用の道具に袋、応急手当用の道具、少々の現金など。ただ、刃物がいくつか入っているので、無事に着地できたとしても中の刃物が飛び出したりしたら危ない。
荷物を捨てる決断は僅か数秒。
「ナイフで切るぞ」
「はい」
エリスと共にナイフを抜き、背負い紐にあてる。
「ポーレット、しっかりつかまれ」
「ふぁい」
両手がそれぞれリョータとエリスの服を掴むのを確認したらあとは切るだけだ。
「三、二、一……!」
「はいっ!」
同時にスパッと切断すると同時にナイフを放り投げつつ、離れないようにしっかりつかまえる。ナイフをしまっている余裕はないし、抜き身のままにするのは危険すぎる。
「大丈夫か?!」
「ゲホッ、ゲホッ……ひゃい、らいりょうぶです」
無事を確認すると同時に、エリスが再び足場を作り大きく横へ蹴る。直後、三人のいた場所をホーンラビットがグルグルと回りながら落下していった。額から伸びた角が殺意でもあるかのように回っていて、エリスが気付かなかったら無事では済まなかっただろう。
「リョータ!このあとは?」
エリスはこの高さでもどうにか足場を作って着地できないかと考えているようだが、高度千メートル以上はある。さすがに無謀すぎるので却下。
「下にでっかい水を出す。そしてその中に飛び込む」
「うん」
「そうすれば勢いが落ちるはずだ」
「……わかった!」
わかってないな。ま、いい。約一年ぶり二度目の事態。何とかしてみせる。
「リョータ!」
「ん?」
「水を大量に出すなら私も手伝う」
「おう」
相変わらず風圧で面白い顔になっているポーレットが頼もしいことを言ってくれる。
「いいか、地面まで五十メートルくらいの高さまであるような大量の水だ」
「はい。イメージできました」
「よし。エリスも準備はいい?」
「はい!」
「よし、行くぞ」
互いの腕や服を掴んで、離ればなれにならないように。そしてポーレットとうなずき合う。
「「水!」」
前と同じように大量の魔力が吸い出される感覚。ただ、今回はポーレットもいるのでそれ程ひどくはない。そして、魔法のもたらした結果を見たエリスがギュッと目をつぶるのに合わせ、体全体をこわばらせて衝撃に備える。
「ぐぶっ」
「んっ!」
「くっ!」
水に飛び込んだ衝撃は思ったほどでは無かったが、それでも一瞬意識が飛びかけた。直後、エリスが二人を強く抱き寄せたおかげですぐに覚醒する。
「!」
落下の勢いは徐々に殺され、ゆっくりに感じるほどになってきたが、同時に水圧がかかってくる。
「ぐばっ!んっ!」
すぐ横でポーレットが息を大きく吐き出しそうな気配があったので慌てて口を塞ぐ。
「んーっ!んーっ!」
鼻と口を塞がれたポーレットが一瞬もがき、目を見開いて「んっ!」と吐き出しかけた息を止めて我慢するのが見えた。やれやれだ。
「むーっ!」
エリスが何かを言いたげ……もうすぐ水を抜けるか。改めて二人を掴む手に力を込めた直後、サバッと水を突き抜けた。
「すーっ!はっ!」
エリスが大きく息を吸い込み、ダンッとすぐそばの木立へむけて足場を蹴り、大きな葉の生い茂る枝にドサッと突っ込んだ。
「ふう」
「だ、大丈夫?」
「なんとか」
「よかった」
互いに無事を確認しながら木を降りていくそばに大量の水が降り注ぐ。
「ふう……ここまで流されたか」
「怪我はありませんか?」
「全身ずぶ濡れって以外は大丈夫」
改めて互いの無事を確認したところで、ほぼ同時にペタンと座り込んだ。
「た、助かった……」
「はい」
「恐かった」
「一体何が?」
「そう!そうです!なんか、リョータは「またか」みたいでしたよ!」
二人の視線がちょっと……ま、隠す必要もないことか。
「そうだな。ちゃんと説明するよ」
何からどう話そうかと、ふと上を見上げる……あ。
「ポーレット」
「はい?」
「ちょっと右へ」
「右?こうですか?」
「もうちょい」
「こう?」
訝しげに少し動いたそのすぐ横にドスンとホーンラビットが降ってきた。
「ひゃあっ!」
「危なかったな」
「は、はひ……」
あの高さから落ちてきたホーンラビットはもちろん絶命。というか、原形を留めていない。そしてしばらくすると、少し離れた所にポーレットの背負っていたバッグが落下。慌ててて取りに行ったのを見ながら考える。
ヘルメスのアレと同じ?アレックス・ギルターって、こっちにも来ていたのか?いや、アレックスの技術がこっちに流れていた?それとも逆にこっちの技術が?わからない。
「ずぶ濡れですけど、乾かせば……あ、ヒメジモはダメですね。完全に潰れちゃいました」
「そっか」
「バッグの紐は……これなら多分修理できます。買い直しだと結構面倒なんですよね。あ、それで話の続きを」
「おう。まず……」
ヘルメスで冒険者をしていた頃、たまたま訪れたダンジョンと呼ぶのもおこがましいようなところで、今回のようなことが起きたことを話す。
「ただ上空に移動させるだけの魔法陣って事ですか」
「そう」
「恐いですねえ」
「ここにもあるとは思わなかったよ」
「そうですね……って、そうじゃないですよ!」
「ん?」
ポーレット、落ち着けよ。
「これ、冒険者行方不明の原因じゃないんですか?」
「だな」
「ですね」
「ユルいっ!」
何が不満なんだろう。
「あの、ちょっと思ったんですが」
「ん?」
「これって、どうしてあんな高いところへ移動させるようになってるんでしょう?」
「確かに謎だな」
ヘルメスにあったヤツは本命――アレックス・ギルターの造ったと思われる研究所?――への侵入者を排除する罠という位置づけだった可能性が高いが、ここのは一体?
とりあえず背負えない荷物はポーレットにとって軽く感じるものではないので、三人で分担して背負い、目印になる岩の辺りへ向かう。
「あの辺で吹っ飛んだんだよな」
「これ以上進むのは危険ですね」




