リワースの魔の森
どうにかギルドではない宿――冒険者ギルドには「どこの宿に泊まるか、教えて下さいね」と念を押され、仕方なく了承した――を取り、これからどうするかを話し合う。
「まず、明日は一日、買い物をしよう」
「そうですね」
「魔の森に入るにはちょっと、色々足りませんね。買うものリスト作っておきます」
目的地までは歩いて一時間程度らしいので日帰りできるが、色々と頼まれているので道具が必要になる。あまり気を遣わなくてもいいものも多いが、一つの袋に混ぜて入れるわけにも行かないし。
「無理する必要は無いと思います」
「私も、その……冒険者が行方不明になる事件が気になります」
「だよな」
三人の意見は「無理はしない」「いのちだいじに」で一致したことを改めて確認した。ま、できることだけこなせば良いだろう。
「伝言が届いてます」
「伝言?」
「はい。こちらです」
翌日、買い物を終え、屋台の料理を堪能して宿に戻ると、冒険者ギルドからの呼び出しがあり、渋々行ってみると、伝言が届いていますと手紙を渡された。
「えーと……ハア、そうですか」
「リョータ?」
「ホイ。主にポーレットだな」
「ええ……」
「あからさまに嫌そうな顔をするなよ」
ふくれっ面のポーレットが中を見て、ガクリと肩を落とした。
「何て書いてあったんです?」
「族長、来るってさ」
「あ、あははは……」
これにはエリスも苦笑するしかない。
天候次第だが予定通り十日程度でリワースに来るそうで、探すのが面倒だから冒険者ギルドから連絡のつくようにしておいて欲しいとのこと。
「逃げたいけどな……」
「リョータ」
「ん?」
「私、決めました」
「決めた?」
「はい。ちゃんと向き合います」
「向き合うって……」
おそらくここで逃げても追ってくるだろうというのがポーレットの予想。となると、今後のことを考えて覚悟を決める、と。
「何を言ってくるのかわかりませんが、今さら父親面されても、って」
「だよな」
そもそも本当に族長の娘だとしても、「半端者」呼ばわりされるようなところに行きたいかというと、そんなつもりはカケラもないという。
「むしろ文句の一つ……というか三つ、四つくらいは言わないと気が済みません」
「そっか……四つくらいでいいんだ?」
「ええと……聞いてる限りあまり頭の良さそうな人に思えないので、たくさん言っても伝わらないかなと」
「妙なところで気配りするんだな」
とりあえず浴びせる罵詈雑言を考えておきますと、なんだかよくわからない方向に奮起しているので好きにさせておこうか。
「あの」
「なんですか?」
「もしも……族長さんが赤の他人だったら?」
「その場合は俺が代わりに罵倒する。主にまわりの連中を」
「え?」
「じゃあ私も参加しますね!」
迷惑料を請求してもロクな物が出てこないだろうから、憂さ晴らしをしようとエリスと頷き合っていると、恐る恐る受付嬢がやって来た。
「あのお……」
「へ?あ、はい。なんでしょうか」
「冒険者ギルドの中で物騒な話というか……そういうのはちょっと」
「あ、あははは」
「すみません」
「……お詫びに一つくらい依頼を」
「ま、前向きに善処します」
「よろしくお願いしますね」
マズいな。「善処する」が口癖になりそうだ。
「それと、ついでにこの依頼「じゃ、失礼します!」
「あ、ちょっと!待って!」
「アレが目印の岩か」
「特徴のある形してますね」
丸っこいけど何か動物が姿勢を低く身構えているようにも見える岩を横目にズンズン進んでいくと教えてもらったような木立。そして丘を登り切ると草原が広がっていた。
「この辺が行方不明多発地帯らしいけど……」
「特に何もなさそうですね」
「そうだな」
恐る恐る歩き始めてみたが、エリスの索敵に引っかかる魔物はホーンラビット程度。こちらに気付いているかどうかは不明だが、今のところあちらが風上側だし、草むらをそっと忍び寄って襲いかかるような魔物ではないので、相当油断した冒険者でもない限り、脅威にはならないはずだ。
「草むらから毒蛇が襲ってくるとかあるのかと思ったけど、そういうわけでもなさそうだな」
「地面に深い穴が開いていて転落、というのもなさそうですね」
どちらも視界が悪かったら避けようのない事態になるが、見通しが悪くなるほどに草が生い茂っているわけでもない。今日のような晴れた日なら不意を突かれることもないだろう。
「とは言え、警戒は怠らずに」
「はい」
「もちろんです」
遠距離から狙撃してくるような魔物でもいたら、身を隠すもののない草原は格好の狩り場になるだろうと気を引き締める。
「エリス、どうだ?」
「んー、特に何もおかしそうなものは」
「そうか」
襲われたという事態なら血の臭いでも残っていて気付くかと思ったが、一番最近の行方不明が二ヶ月前らしいので何かあったとしても雨とかで流れちゃってるか。
そして、草原の中程まで進んだ頃、変わった形の葉の草を見てポーレットが足を止めた。
「リョータ、これ」
「ん?」
「ヒメジモです」
「これが?」
「はい」
確か解熱作用のある、要は風邪薬として使われる薬草の一つだったな。
「採っていくか」
「大した手間ではないですし、パパッとやっちゃいますね」
「わかった」
「じゃあ、私は周囲の警戒を」
「頼む」
職員以外誰もいないギルド内で少々騒いだところで何の問題も無いだろうが、それでも騒いだのは事実。職員の仕事に差し障りがあったのではという引け目から、「じゃあ、見つけたら持ってきます」と答えておいた。
特に「どれ」とは指定されなかったが、簡単に採れる物ならまあ、いいか。
適当に引っこ抜いて持って行けばいいというお手軽薬草なので、他の草が混じらないようにだけ注意しながら数本引っこ抜き、背負い袋に詰め込んで、おしまい。時間にして二分程度。手がかかりそうなら手伝おうと思ったが、ポーレットがあまりにも無造作にやるのに驚いた。
「こんな雑な扱いで本当に良いのか?」
「ええ。ちょっと押しつぶしておいた方がいいらしいんです」
「へえ」
できるだけきれいに、鮮度を保てるようにするのが常に正解とはならないのが薬草採取。リョータもある程度の知識はあるが、ヒメジモは大陸北東部から東部にしか生えていないらしく、今まで撮ったことが無いから全部ポーレットに任せ、エリスと一緒に周囲の警戒を担当する。
ポーレットは背負い袋の隙間に袋を詰め込み、ギュッと袋の口をキツく締めていつものように軽々と背負って立ち上がる。これで小銀貨がもらえるんだから楽な依頼だな。
「他は?」
「パッと見える範囲には何もなさそうです」
「よし。じゃ、行くぞ」
「はーい」
互いに声をかけ合い歩き始めて数歩、エリスが足を止める。
「ホーンラビット、こちらを見ています」
「この距離だとこっちに来るな」
「ええ」
方角的にリョータが対処するべく身構えると同時にホーンラビットがグッと体勢を低くする。こちらを敵と認識し、襲いかかる準備ができたという合図だ。
「他は?」
「大丈夫です」
「了解。こっちは任せて」
「はい」
後ろで二人が他の方角を警戒し始めたのと同時にホーンラビットがダンッと大きく地面を蹴り、こちらへ駆けてくる。いつものパターン、問題なし。ピョンピョン跳ねてくるタイミングを見ながらラビットソードに手をかける。
「あと五、四、三……」
次の跳躍で斬りかかるというタイミングで、いきなり全身がブンッと揺らされた。




