森エルフ、街エルフ
「え?マジですか?」
「え、ええ……私は一度も……はい」
「うわぁ……どうする?」
「どうするったって……なあ?」
「いや、こっちに質問するなよ」
ガディナから王都プスウィまでは徒歩で五日。いつも通り道中の村に泊まったところ、ちょうど祭りをやっていて「よかったら一緒にどうぞ」と村人と一緒に飲み食いして歌って踊り、気付けば追跡してきた二人――なんでこいつら普通に宿に泊まるんだろうね?――も一緒に同じテーブルに。
「追跡していたんだろ?いいのか?」
という問いに対しては、
「バレてる時点で意味ないですからね」
「そもそも気付かれないようにって無理がありすぎますから」
「要するに、行き先不明にさえならなければ良いって事で」
とのこと。
隠れてすらいなかったのではという突っ込みは無粋かと思ってしないでおいた。
共通の話題と言えばポーレットの父親らしき彼らの族長についてくらいなのでそれとなく話を振ってみた結果、ポーレットが生まれてこの方父親の顔を見たこともなく、名前も知らない。そして母親も父親には良い思いがないのか多くを語ることなく天寿を全う。事実を知った彼ら二人――ちなみに名前はレオボルとニキアス――はドン引きした。彼らエルフはエルフ以外の人族全般を軽視し見下す傾向が強いのは仕方ないとしても、子供が生まれたというのにそれを気にも留めず、一度も顔を見せることもなくエルフの里に戻りのうのうと族長をやっているというのは彼らにとっても道義にもとることらしい。種族全般としての観点の一方で個人の惚れた腫れたはそれはそれで尊重するという少々ややこしい考え方なんだろうな。
「でもさ、なんで……その……なんだ、ポーレットを探しているって事になってるんだ?」
「んー、そこが何とも微妙でして」
「微妙?」
「一応は子供がいるらしいことは周囲にも伝えていて探していると」
「探しているって……ざっと九十年、確か冒険者になってから……」
「だいたい五十年……かな」
「うん、その五十年、目立たぬように活動していたわけでもないのに見つけられていないのはなんでだ?」
「そこは俺たちも不思議に思ってまして」
「で、聞きたいんですが、ポーレット様」
「は、はひっ」
「ポーレット様は「ちょっと待て」
「え?あ、はい」
「「様」とかつけると、緊張するみたいだからそういうの抜きで」
呼ばれ慣れない敬称をつけられたポーレットを軽くデコピンして正気に戻し、続きを促す。
「えっと、今までどの辺りで活動を?」
「どの辺りって……だいたい大陸北部ですね。中央付近が主でしたけど」
「「え?」」
いや、「え?」ってなんだよ。しかも二人揃って。そう思って問いただしてみると、森の警護に当たる者達の他、周辺に赴く者達に「娘がいるかも知れん」と伝えられていた地域は大陸東部。それもプスウィの南北くらい。
「範囲、おかしくないか?」
「ええ。それでまあ、あの場にいた全員も戸惑っていたんですよね」
「そこに加えてリョータさんが「リョータ、でいい」
「ああ、ええと……リョータが何かをして全員がぶっ倒れたわけで」
「そこはどうでもいいよな?」
「ええ……一応プスウィの森を支配しているエルフとしてはプライドがズタズタなんですが」
「え、支配してんの?」
「ええ」
「じゃあ、プスウィの王様ってエルフなの?」
「違いますよ」
「エルフとは無関係だよな」
ああ、そうか。プスウィは人間が治める国だが、その大半を占めている森はエルフの支配領域と言うことか。
面倒臭い連中だな。
「そう言えば、俺たちがガディナに入ったとき、ついてこなかったけど」
「あー、俺たち森エルフだからな。街に入るには族長の許可が必要なんだよ」
「森エルフ?」
「うん」
彼らによると、プスウィの森で暮らすエルフは森エルフと呼ばれ、それ以外のエルフは、
「街エルフって言うんだ」
「なんだそりゃ」
「さあ……俺たちが生まれる前からそう言っていたとか」
「それっていつだよ?」
「五十年くらい前かな」
まさかのポーレットより年下だったのか。
「で、なんで族長の許可が必要なんだ?」
「さあ?」
「必要だって言われたら守るもんだろ?」
「それはそうだけど」
関係者以外立ち入り禁止という区域でもないし、誰かの家に不法侵入するわけでもない。街に入るのに通行料が取られるかも知れないが、それは悪意のある者を極力排するための方策というだけで、森に住むエルフが街に入るのを禁止する必要性があるとは思えない。
「村はいいんだ?」
「うむ」
この線引きは……
「もしかして、魔の森に入るのを禁じているとか?」
「魔の森か」
「入れるぞ」
「え?」
彼らによると、彼ら森エルフでも魔の森に入るのに特別な許可は要らないらしい。もちろん魔の森にいる魔物と戦える技量が無いと、周囲の者が引き止めるが、それは森エルフに限った話ではない。
それよりも疑問は、
「街に入らずにどうやって魔の森に入るんだ?」
「どうって……山を登って」
「は?」
「例えばここだと、北に半日ほど行った辺りの山が少し低くて越えやすい」
「そうなんだ」
ちなみにその低いところでも比高千メートル弱なので、上り下りだけで二日はかかるらしいが、リョータが知ってどうなるという情報である。
「ちなみに街に入るとどうなるんだ?」
「里から追放だ」
「結構重いな」
「そうだな。他の里に引っ越さなきゃならん」
「え?」
プスウィ全体でエルフの住む里は二十前後あり、生まれたところで一生暮らそうが、他の里へ行こうが基本的には自由。里をまとめる族長やその側近、警備の者などはそうもいかないかと思いきや、「後任は○○にまかせる」とやればいつでも出られるらしい。
「里からの追放も族長が変われば無効になるんだよな」
「ああ」
「族長って、どうやって決まるんだ?」
「んー、だいたい三つだな。前任が指名する、なりたい奴が立候補する、周りが推薦する」
ちなみに立候補、推薦の場合、里の中で話し合いをして「じゃ、交替しようか」となったり、「ちょっと族長になるには経験不足じゃね?」という感じで決まるらしい。厳しいんだか緩いんだかよくわからない制度だなと、リョータは呆れた。もちろんエリスとポーレットも。
「街に入る許可が族長から必要って言ってたけど、今の説明だとどこの族長からもらっても良いって事になるのか?」
「まあな。もっとも、近くの里まで行って許可をもらったらその時点でその里に属することになる」
「里から里へ移るとどうなる?」
「元いた里の家は引き払うことになる。荷物を残したままだと全部没収だな」
結構世知辛いな。
「許可をもらうとどうなる?」
「族長が一筆書いた許可証がもらえる」
「で、街に入るときにそれを見せるんだな」
「いや、見せないぞ」
「え?」
「何度か街に行ったことがあるけど、見せても見せなくても通行料は払うからな」
「は?」
「え?何かおかしいこと言ったか?」
「許可証って、何の意味があるんだ?」




