獣人の開拓村
「ごちそうさまでした」
ヘルメスを出るときに露店で買ったサンドイッチを昼食にして食後の挨拶を済ませると、再び歩き始める。
目下順調この上なく、予定通り日が沈む前にはハマノ村に着くだろう。描いてもらった地図も正確で、先ほど目印になる木を通り過ぎた。
今歩いているのは森の中にある道。もちろん舗装されているわけでは無いが、それなりに行き来はあるようで、馬車の通った轍が残っている。まあ、迷うことも無いだろうし、のんびり行こう。
魔の森と違い、このあたりの森で魔物が出ることは無い。せいぜい狼や猪に気をつけるようにと言われていたが、もしも遭遇したら問答無用で魔法を叩き込めばなんとかなるはず。事前に話は聞いておいたが、ホーンラビットの方が動きが速いらしいし。
ちなみに狼も猪もそれなりに処理すれば高く買い取ってもらえる。狼の肉は臭くて食えたものじゃ無いらしいが、毛皮は良い値が付くらしい。猪はすぐに内臓の処理をしなければならないものの、しっかり処理されていると一頭で中銀貨数枚になることもあるという。
どちらも解体技術の未熟なリョータには無理な話であるが。
「獣人の村、か」
目的の村は、五年ほど前に獣人が森を切り開いて住み始めた村だという。
ラウアールに限らず、大陸のほとんどの国は、魔の森の外側の開拓を推奨している。
過去に魔の森に住めないか、多くの国で挑戦したらしいが、ことごとく失敗している。
だいたい魔の森に住んでいる魔物は一番弱い物でもホーンラビットである。厚さ五センチほどの木の板すら貫くばかりか、たまに岩に角が刺さったままの死体が見つかるような魔物である。どんな材料で家を建てても安心して住める物ではないだろう。
そして、魔の森では生産できない農作物や家畜を育み、安心して暮らせる場所はいくらあっても困ることはないので、どの国も開拓には力を入れている。例えば、ラウアールの場合、村を開拓すると三年から五年程度は税の減免もあるので、その間にひと財産を夢見るものも多いらしい。
まあ、実際には森を切り開いて畑を作って……というのはかなりの重労働で、農作物などが軌道に乗るまでに五年ではきかないのが現実である。もちろん、こっそり開拓を始めて、軌道に乗ってから国に村を造ったことを宣言してもいいのだが、宣言するまでの間は村として認められないために、行商人が通ることも無いし、何かあっても騎士団や冒険者ギルドは何もしてくれないという厳しい仕組みにもなっている。
そうした事情を踏まえても、目的の村は成功した例だという。一部生活に必要なもの――例えば今回持って行く薬草だ――を外に頼らなければならないものの、それらを買い求めるくらいのお金を稼げるほどに発展しているのだから。
だが、それ以上にリョータが期待しているのは……
「獣人。犬の獣人って言ってたな」
モフモフの二大巨頭、犬である。猫の獣人は既に会ったし、いろいろと話もしたし、わずかだが尻尾も堪能した……命の危険はあったが。
「犬耳に尻尾というのも捨てがたいが、顔が完全に犬、と言うのも有りか」
人の業は深い。
とは言え、あまり期待しすぎるのもどうかと思い、なるようになるさ、と思うことにした。この世界、いやあの神の場合「ほら、足の裏に肉球があるだろ」とか言うレベルもあり得そうだからな。
とりとめも無いことを考えながら歩くこと数時間、やや日が傾きかけた頃、道ばたに荷馬車が停まっているのを見つけた。かなり体格の良い男が、丸太を荷台に積み込んでいる。さすがに素通りするのも不自然なので、「こんにちは」とだけ声をかけて通り過ぎることにする。
「ん?村に行くのか?」
「ええ」
「……その形だと冒険者か?」
「はい。その、薬草を運んでるんです」
「ああ、あの行商の」
事情に詳しいようだが……?
「これ、積み込んだら村に帰るところだ。乗ってくか?」
「いいんですか?」
「いいぜ」
ここで断ったとしても、どうせ途中で追いつかれる。その時の気まずい空気を考えると乗ってしまった方がいいだろう。ついでに積み込みをただ眺めているのもおかしな感じなので、少しだが手伝い、馬車に乗せてもらう。
村までの道すがら話したところ、ムスラと言うこの男は、ハマノ村の村長の三男だそうだ。仕事は木樵兼大工で、今日は村の周りの柵を直すための木材を求めて森にいたという。
村のこともいろいろ聞いた。村には宿が無く、大抵誰かの家に泊めてもらう事になるが、今回は村長の家に泊めてもらえそうだ。長男と次男は結婚して家を出ており、村長夫妻とムスラの三人で暮らしているとのこと。
ついでに獣人の村についても聞いてみたが、ムスラ自身は行ったことが無く、村長を始め、何人か行ったことがある者がいると言うから詳しい話は村に着いてから聞くことにした。
村に着くとそのまま村長宅へ。途中何人かの村人とすれ違うので挨拶をするが、皆にこやかに返してくれる。いい村だな。
村長宅に着くとそのまま村長夫妻に紹介される。村長のハマノは一見気難しそうに見えたが、慢性的な腰痛のせいで顔をしかめているのが普通になってしまっているだけの、気のいい男性。村長夫人のベルナさんはいかにも肝っ玉母さんみたいな感じの人。
村長に用件を伝えると、リョータの地図に「ここにこう言う物があって」と、いろいろと目印になるものを描き足してくれた。ありがたい。
素朴だが、温かい家庭料理でもてなされ、ベッドが三つもある客間に泊まる。まあ、行商人とかも泊めるらしいから、ベッド数が多いのも当然か。
翌朝、昼食にとパンとハムにリンゴまでもらって、三人に見送られながら獣人の村へ向けて歩き出す。順調にいけば到着は夕方。向こうで一泊してまた戻ってくる予定だ。
歩き続けて日が傾き始めた頃、「この岩の所を過ぎれば、村が見えてくる」と言われていた岩に到着。ここから緩やかに下っていけば目的の村だ。さて、どんな村だろうとワクワクしながら村の方を見る。
……赤いチラチラしたものが見える。
……黒い煙が上がってる。
……村全体が、火事?
慌てて駆け出した。目測で二キロ程か。遠くてまだよく見えないが、消火活動をしている様子が無い。何が起きているんだ。
村に近づくにつれ、火事の様子がよくわかるようになってきた。村のどこかが燃えてるんじゃ無い。全体が燃えている。明らかに異常事態だ。
そして、村の手間に馬車が止まっている。かなり痩せた馬に一応屋根が付いてますと言った程度の馬車。そしてそこに何かを積み込もうとしている男が一人。どう見ても怪しい。
「んあ?誰だお前?」
担いでいた樽を置き、当たり前のように腰の剣を抜いてこちらに向けてきた。
敵意しか感じられ無い。
あと、この顔は……
「賞金首だな……」
「ほう、知っていたのか」
「確か三人組で……名前は忘れた。覚えるつもりは無かったから」
「ああ、そうかい」
間合いがじりっと詰まったところに、大きな袋を担いだ男がやって来た。
「何だ?どうした?」
「よくわからんがこいつ、俺たちが賞金首だと知ってるようでな」
「その格好、冒険者か?」
「ま、一応は」
「ふーん」
言うなり剣を抜いて構える。
リョータは剣術をしっかり学んだわけでは無い素人だが、それでもわかることはある。こいつら、結構強い。腰のラビットソードに手を伸ばし、構えようとする。
「動きは素人だな」
「ああ……だが、見た目は悪くない」
「そうか?」
「ああ。ああ言うのが趣味って奴は結構いる。高く売れるぜ」
「じゃ、顔は斬りつけちゃマズいな」
「ああ。出来るだけ無傷で」
なんかとんでもないこと言い出したぞ。どうしようか。




