筋肉エルフへの対応
とりあえず、心配しているふりだけでもしておくか。
「大丈夫か?」
「い、いきなり殴られて……大丈夫に見えるか?」
「一応聞くが、こう言おうとしていたのか?「汚らわしい半端者だ」と」
「そうだ」
「そうか。なら殴られても仕方ないな」
「何?」
「ポーレットのことを言ったんだろう?」
「他に誰のことを言うのだ?」
「ポーレットのどこが汚らわしいのか言ってみろ」
「え?だってそうだろ?」
「は?」
「我ら高貴なエルフと人間ごときの間に生まれた半端者だぞ?汚らわしいに決まってい「スタンガンマックス」おぐぉあああああ!」
そうか、エルフはそういう認識でいる種族なんだな。心配したふりして損した。
俺たちと出会うまで、ポーレットはポンコツ冒険者だった。荷物持ちとしては優秀だが、いざというときに自分の身を守る……つまり、魔物の攻撃を凌いだり、なんとか逃げてパーティメンバーが対処するまでの時間を稼ぐなどすらも出来ないという、いつまで経っても下っ端の冒険者だった。だが、ポーターとしての資質はそれらポンコツ要素をひっくり返せる程度のものがあったのに加え、本人が真面目で正直だったこともあって、ベテラン冒険者からは揶揄われこそするものの、侮られるようなことはなかった。
そして今でもその気質は基本的に変わっていないため、何だかんだでポーレットはまわりから揶揄われることが多いが、それは愛されているが故にというものであって、彼女を心底馬鹿にしているものではない。冒険者の――それもベテランになればなるほど――他者に対する評価というのは、「何ができるか」とか「信用できるか」であって、生まれがどこだとか地位がなんだとかは一切問わないのが暗黙の了解。一部、ちょっといきった感じの冒険者が足蹴にするという悲劇はあったが。
だが、こいつらはどうだ?人間とエルフの間に生まれたという生い立ちだけを論え、半端者だと言ってのけた。
そしてそれがエリスは許せなかった。
ポーレットはエリスにとっても大切な仲間だ。その大切な仲間を見下し、半端者などと呼ぶ権利は彼らにはない、と。
そしてそれはリョータも同じだ。だが、一応筋は通しておいた。なんと言おうとしていたのか、どうしてそんなことを言おうとしていたのかを確認してからでもいい、と。
きちんと確認してからの方が威力を少し上げるべきかもっと上げるべきか、迷いがなくなるからな。
「貴様!」
「黙れ。スタンガン」
「「「「ぎゃうぉあう!」」」」
残り四人が武器を抜こうとしたが、無詠唱で放たれる電撃魔法にはかなわず、あまり聞きたくない野太い悲鳴と共にぶっ倒れた。
「リョータ」
「ん?」
「首、斬り落としますね」
「エリスはちょっと落ち着こうか?」
「でも!」
「エリス!」
「あ、はい」
リョータが強めに静止したので男たちが少しホッとした表情になるが、続いた言葉で表情が引きつった。
「こんな道の真ん中でやったら血痕が残って怪しまれるだろ?」
「そう言えばそうですね。ではあっちに穴を開けてそこで?」
「そうだな」
「ひ、ひょっろまっれうえ」
「何言ってんだかわかんないけど、多分俺たちに対する暴言だな」
「ひょ!ひょんなほろふぁ!」
ファンタジーなこの世界のエルフには少しだけ憧れというか期待しているところがあった。今までに何人か会ったことのあるドワーフが、まんま、ファンタジーのドワーフだったからきっと、と。それがコレだ。
美形には美形だし、耳も尖っているが、ゴリマッチョ。まあ、ゴリマッチョは百歩譲って諦めるとしよう。それはこちらの勝手な期待であって、彼らの責任ではない。だが、選民思想的なものにどっぷり染まった考え方というか、人間を「人間ごとき」と呼び捨て、そんな人間との間に生まれたポーレットを汚らわしいと言ってのけるような連中には、幻滅を通り越してなんと言えばいいのかわからない。
ここで手心を加えて見逃しても、第二第三のヴァルターとかヘニングといった連中がわらわら出てくるだけだろうから、今ここにいる奴だけでも片付けておこう。うまくいけば「あの五人は?」「行方不明です」で片付いて終了。後顧の憂いは断っておくべきだ。
とは言え、本当に手を下すのはちょっとな、と思う。
こっちに来てから何人もの盗賊を手にかけてきたが、この世界では普通のこと。世界が違えば常識が違うのは当たり前のこととして自分に言い聞かせてきたからできた。だが、この五人は違う。考え方、思想信条はクソ以下だが、具体的な悪事を働いたわけではないので殺すのは少し抵抗がある。むしろ、何の抵抗も無く成し遂げそうなエリスがちょっと恐いくらい。ということで、とても登れそうに無いほどの穴を掘って落としておくか、ほどけないほどきつく縛ってスタンガンを何発……いや、何十発か浴びせて気絶させて転がして獣のエサになる運命をたどらせるかのどちらかにしようかなと思った矢先、エリスの尻尾が二回、叩かれた。
「どこから?」
「左から……多分三人」
状況的にはこのエルフのお仲間かな?不意討ちでもしてきたら返り討ちにするとか対応しやすいんだけどと思ったら、ザザッと茂みをかきわけて五人との間に三人が立ち塞がった。
「えーと、何者?」
「名乗る前に謝罪を。この度は我々の同胞が愚かなことをしでかしました。こいつらは多分謝る能がないので私が代わって謝罪を。大変申し訳ない」
三人揃って深々と頭を下げられた。
出てきたのは三人とも女性。そして多分エルフだな。同胞とか言ってるし。
見た目が完全にアマゾネス風というか洋ゲーのゴリゴリ系女性キャラっぽい時点でこの世界のエルフに夢見るのはやめようと思う。本当に。軒並み美男美女揃いとまでは言わないが、揃いも揃って筋肉の塊とか、やめて欲しい。
そしてエリスを見る。とりあえず、謝罪されていることは受け入れる……かな、あれは。ポーレット?さっきからワタワタしているだけで何の役にも立っていないので放っておこう。
「とりあえず頭を上げてくれ。そもそも、あなたたちが何者なのかも知らずに謝罪を受け入れることはできない」
「では、私が代表して。ウルリケだ。訳あってと言うか、一族の掟として姓は名乗れない」
「ふーん。知ってるかと思うけど冒険者のリョータ。こっちはエリスであっちの落ち着きのないのがポーレットだ」
「ポーレット……やはり」
「ん?」
「大変申し訳ないのですが、族長の元へ同行願えますか?」
「やだ」
「即答?!」
「するよ。だってイヤだし」
「いや、でも、あの、この森の一部とは言え管轄しているエルフの族長ですよ?」
「うん。関わり合いになりたくないし」
「そこを何とか」
「いやです」
「私もいやです。ポーレットは?」
「え?わ、私は……って、私もいやですよ」
「ということで三人の意見が一致しているのですが」
「ええ……なんとかなりませんか?」
ならないから断ってるんだけどな。
「こうなったら実力行使、というのが定番と言えば定番ですが、見たところ実力でも敵いそうにないのがなんとも悲しいところです」
「ええ……実力行使するつもりもあったの?」
「普通はしませんよ?」
「……なんで族長の元に連れて行きたいのか理由を聞いてもいいか?」
行ってもいい。理由次第だけど。
「ええと……念のために一つ確認を。ポーレットさん……いえ、ポーレット様」
「はひ?」
いきなり「様」とか呼ばれたからポーレットの処理能力を超えてしまっているな。




