ポーレットの金策
とりあえずエリスの問題が片付いたらポーレットの金策を考えないとならないのだろうか?なんで金を貸していることになっているリョータが、金を借りているポーレットが稼ぐ方法を考えなければならないのだろうか。
ん?待てよ……
「なあ、ポーレット」
「はい?」
「そもそもの前提がおかしい、と言うことは無いか?」
「前提がおかしい?」
「そうだ」
ビシッとポーレットの奴隷紋を指さす。
「それがある以上、ポーレットは借金奴隷という立場のまま。これはいいよな?」
「はい」
「借金奴隷が解放されるには金を返さなければならない。ここまではいいな?」
「はい」
ポーレットに釣られてエリスも頷いている。
「だが、金を返そうとすればするほど借金が増えてしまう」
「え、ええ……」
「不思議ですよね」
「そう。いつまでたってもポーレットの借金が減らない?違うんだよ」
「違う?」
「何が違うんでしょう?」
「逆に考えるんだ。返さなくたっていい、って」
どっかの英国紳士もそんなことを言っていた気がするし。
「え?」
「返さない?」
「そうだ。ポーレット、一つ質問だ」
「はい」
「金を貸しているのが俺になる前と後、生活はどっちが楽になった?」
「んーと、命の危険という意味では後の方が高いです」
それは諦めてくれ。と言うか、リョータのせいではない。
「ですが、普段の生活という意味では今の方がずっといいです。お腹いっぱい食べられますし、街で泊まる宿のベッドはフカフカですし」
「だろう?つまり……お前、俺に借金があったままでも問題ないんじゃないか?」
エリスもポーレットもリョータの奴隷という形になっているのは事実である。が、そもそもリョータは二人のことを奴隷扱いしていない。もちろん、普段から「○○やってくれ」「はい」というやりとりはあるが、これは冒険者、旅の仲間としての作業分担であり、二人に作業をお願いした後にリョータ自身が「これはおれがやるから」とやっている。
普通、借金奴隷を冒険者が連れている場合、魔物を仕留めた後に解体し、荷物としてまとめ、ギルドなり買い手なりの元まで運ぶのが借金奴隷の仕事だが、解体や袋に詰めて運びやすくするなどの作業は三人で分担している。唯一「運ぶ」という作業はポーレットが専任だが、これは彼女自身の重さを感じずに運べるギフトによるもので、奴隷の仕事として押しつけているわけでは無い。
三人の中ではポーレットだけが奴隷という仕組みのある社会で生きてきていたが、逆に言うとリョータとエリスには一般的に奴隷をどう扱うか、どう扱われるかという認識がないため、それぞれが「奇妙な縁で一緒に旅をしている仲間」という認識しかないのだ。
つまり、ポーレットの借金奴隷という状態は、ポーレット自身が不満に思うところが無いなら、特に困ることではないのである。
「確かに言われてみれば……私、奴隷のままでも問題ないですね」
問題は非常に高い確率でポーレットの方がリョータより長生きするだろうと言うことだろう。借金奴隷の主人が死んだ場合、借金関係を相続する者に引き継がれるのだが、例えばリョータに子どもができたとして、天寿を全うして相続するとしたら……その頃には借金額は天文学的な数字になっていていそうだな。それこそ小さい国なら変えそうな額くらい。
「と言うことで、気にしないという方針で問題ないのでは、と思ったんだが」
「いいんですか?」
「じゃあお前、奴隷扱いということで俺たちと会う前の頃に戻りたいか?」
「いいえ」
「即答かよ」
「即答しますよ、女の子としては!」
出会ったばかりの頃のポーレットは、美少女には間違いないが、酷い見た目だった。日々の食事も満足に摂れないために引き起こされている栄養不足は髪や肌のつやを失わせ、着る物もロクに買えないほどの懐事情故に体を隠すには充分だが、見栄えに気を配る余裕のないボロ。
それが今はどうだ。
毎日しっかり食えるようになっただけでなく、定期的に風呂にも入れるようになった結果、髪はきらめくようになり肌もつやつや。借金奴隷で小突き回していた連中が見たら、ポーレットと気付かずにナンパしそうな程の美少女になっている。着ている物も冒険者という仕事柄、派手に着飾ることは出来ないが、よく見れば質の良い物に変わっており、実はどこぞの貴族令嬢がお忍びで、と言えば半分くらいは信じそうなほど。
もっともそれはエリスも似たようなものだが。
「さてと、あとは……これか」
「何に使えるんです?」
「うーん」
アキュートボアの牙一本。一メートル近くあるという、あの巨体に見合う大きさは何に使えばいいのだろうか?
「武器とかどうです?」
「ほう、エリスは武器がいいか」
牙、結構曲がってるんだよなあ。
「この工房で使える道具とか」
「道具ねえ……」
恐ろしく堅く、先端は鋭く尖っているので、穴あけ工具に……大きすぎて使いにくそうだな。
と言うことで、何か使い道がないかと魔道書をめくってみた。
「お」
「どうですか?」
「何かありました?」
「いや、そのまんま……アキュートボアの牙から作る槍」
「槍?」
「こんなに曲がってるのに?」
「真っ直ぐにできるらしい」
「おお!」
「加工に必要な材料が色々足りないから、街で買うか魔の森に行って自分で取ってくるかってところでとりあえず槍、作ってみるのもいいかな」
とりあえず材料を整理すると、まずは銀。結構な量が必要らしいのでインゴットをどこかで買わなければならないだろう。買えるのかどうかわからないけれど。
そして加工する過程でいくつかの薬草。
常設依頼では見かけないが、何度か「簡単な依頼だから」と請けて採取したこともあるので、採取は問題ないと思うが、エリスが懸念を口にした。
「リョータ、あっちでも採れるのかな?」
「うーん」
今までの経験上、魔の森の植生はどこも大差ないように見える。街の近くで採れるかどうかの違いがあるほか、この街では採れないが隣の街では採れる、と言う程度の違いはあるが。
「名前が違うかも知れませんよ」
「それはありそうだな」
これまでにもいくつかの薬草の呼び名が違うというのはあって、「駆け出しでもできるくらい簡単な採取なのに、聞いたこともない薬草採取になっているとか、この街は初心者に厳しい街だな」と勘違いしていたくらいに。
「何事も確認だな」
「見つかるといいですね」
その他にもいくつか使ってみたいアキュートボアの素材があるが、必要になる材料がここにないので、他に作れそうなものがない。
仕方がないのでプスウィに入ってから必要になるのは間違いないと予想している、保存食作りにかかる。基本的に肉などを炙り、火が通ったら干すだけとかの簡単なものばかりであるが、無駄になるものではないので、大量に作っておく。
ひと段落ついたらエリスとポーレットの魔法の練習を眺める。
二人とも火と水、風の魔法は、冒険者をやっているベテランの魔法使いにやや及ばない程度になっている、というのがポーレットの感想。
リョータとエリスは他の冒険者との関わりが少なすぎて、他の魔法使いが魔法を使っているところはあまり見たことがないので真偽の程は定かでないが。
リョータの新人教育を担当した猫獣人のナタリーは、宮廷魔導師にスカウトされてもおかしくないレベルらしいから比較対象にはならないし、ヘルメスでドラゴン討伐したときに一緒にいたベックも、まじまじと魔法を使っているところを見たことがないのでよくわからないのである。




