装備を更新しよう
「さて、どう思う?」
「うーん」
何となく話題を振ってみたが、情報がふんわりしていて判断材料が少なく、何とも言えない。
「とりあえず、プスウィで魔の森に入らないようにすればいいかな」
「そうですね。私もそう思います。街の外もちょっと面倒臭そうなのでさっさと通り抜けるのがいいかと」
「だな」
事前に情報を得られたという意味で、ルズベル商会の仕事は有意義だったと思う。そして、それをフラグにしないように注意しながら進めばいい。
「今のところプスウィで何か必要になるものは?」
「ありません」
フルフルと首を振りながらエリスが言い、ポーレットも同意する。と言うか、リョータもプスウィでしか採れない素材に心当たりもない。だから結論はシンプルだ。
「ポーレットの言うようにさっさと通り抜ける。街への滞在は補給などのための最低限にする、以上」
「「はい」」
チェスネを出て街道を南下すること三日目、鬱蒼と生い茂る森が見えてきた。
「あの辺りからプスウィか」
「ですね」
日も暮れ始め、雨も降りそうなので、少し街道を外れ、転移用の魔法陣を設置し工房へ戻る。雨が降っている中移動するのは体力の消耗も酷いので、二、三日工房で休みがてらそろそろ装備をなんとかしようと考えている。
リョータとエリスはヘルメスで買った革の鎧にサンドワームの皮で作ったブーツ――エリスのは特別製で魔法陣つき――のままだし、ポーレットに至っては一体いつ買ったのか、本人が覚えていないほど古い。
リョータとエリスの戦闘は基本的に一撃で仕留めてしまうことが多いので、防具としてのダメージはない。ポーレットはそもそも前線に出て戦うタイプではないため、本人が転んだときに地面でこすった傷くらいしかない。だが、基本的にいつも身につけているため、どうしても動きの多い肩や脇、手首足首の辺りはどうしてもくたびれて緩みが出てくる。ある程度は紐を少し締めてごまかせるが、そろそろ何とかしたいところ。新しいのを買えば手っ取り早いのだが、三人とも身長が平均的な冒険者のサイズに至っていないので、買うとなるとフルオーダーに近くなってしまい、日数がかかって面倒だからと先送りし続けてしまっていた。
プスウィを抜けてからでもいいかなと思っていたのだが、先日、魔道書の中にいくつかの魔物素材を加工して防具の補強にする方法を見つけたので、それをやってみようとなった。活用する魔物素材の筆頭はアキュートボアの毛皮だ。もともとアキュートボアの素材をもらう予定はなかったのだが、チェスネをでる直前、ハヴィンが「是非に」とよこしたのである。ハヴィンの目論見としては
「それじゃあこれで○○を作って下さい」
「それでは二週間ほどかかりますので、その頃に戻ってきていただけますか?」
という流れに持っていって、あわよくば専属の護衛にという流れだったのだが、
「わかりました。そこまでおっしゃるのでしたらいただきます」
と、素直に受け取ってしまった物である。
剥ぎ取った毛皮そのままでは扱いづらいが、そこは一流の商会、きちんと鞣してあってすぐにでも使えるようになっている。
アキュートボアの毛皮をどう使うかは魔道書にもいくつかの記述があった。書かれている文章的には普通サイズのもののようだが、これはアレックス・ギルターの時代にも超大型のアキュートボアはそうそうお目にかかれなかったからだろうと推測。書かれている内容的に大きさが違うくらいかなと推測し、必要な大きさに切り取って使うのみとした。と言っても、使いどころは微妙と言えば微妙で、両肩を中心に取り付けていくくらいしかやりようがなかった。
鎧全体を覆おうとしたら、毛皮の加工技術として高いレベルが要求されてしまうし、何より見た目がよろしくない。毛皮というと、モフモフを想像するかも知れないが、この巨大アキュートボアの毛皮はゴワゴワ。これで体全体を覆うような形にしたら、アニメで描かれる原始人か、山賊に見えてしまい、街の出入りが面倒になりそうだ。
と言うことで肩の部分をアキュートボアの毛皮で覆い、補強する程度とした。ちょっと補強する程度だからその場しのぎではあるが、プスウィを抜けるまでの間保てばいい。
そして、微妙な端布が出来てしまったので、ブーツの上、縁の部分に毛皮を貼り付けておしゃれ感を出してみた。防御の底上げにもなるのだが、元々サンドワームの皮だからあまり変わっていないあたりもポイントだ。
ちなみに本当におしゃれに気を遣う冒険者――実用性を重視する者が多いので少数派だが――は、ホーンラビットの毛皮を使うらしい。そちらの方が色が綺麗だし、毛並みも柔らかいという理由で。
リョータたちは数え切れないほどホーンラビットを狩ってきたが、冒険者ギルドの買取が頭以外全部が条件なので、毛皮は手許に無いし、ポーレットによるとホーンラビットの毛皮を剥ぐのは結構難しいらしいので諦めた。
防具の整備が終わったら次は武器だ。戦闘の大半が一撃ということはそれだけ武器にかかる負担も大きいと言うこと。しかも、ここ最近はドラゴンという堅さに定評のある魔物との戦闘が多かったので、使えそうかどうか点検せずに新調することにした。
どうせ駆け出し向けに数打ちされて樽に乱雑に突っ込んで売られているような物がベースなのだから、研ぎ直しなど考えるだけ無駄として、さっさと三人それぞれに予備を含めて三振りずつ、ナイフを五本ずつ新調した。
「あ、あああ……」
「どうした?」
「大変なことになりました」
「ん?」
「借金が増えてます」
「は?」
ラビットソードとラビットナイフが代金未払い扱いになったらしく、奴隷紋に刻まれている金額が増えていた。全くもってどういう仕組みなのだろうか?そして、この調子だとポーレットの借金が消える日はこない気がする。
「はうう……困りました」
借金の返済のためにリョータと共に行動し、稼ぎの一部を渡して返済。借金奴隷の返済方法としては珍しくないのだが、リョータと一緒にいると市場価格が天井知らずになる装備が支給されてしまい、借金額が増えてしまう。
では、ポーレットにラビットソードなどを渡さなければいいのだが、そうなるとポーレット自身の戦闘力は駆けだし冒険者未満になってしまい、リョータの足を引っ張ることになり、リョータの稼ぎが減少。イコール、ポーレットの稼ぎも減少し、返済額が減ってしまう。
「悪循環だな」
「どうしたらいいのでしょうか」
「難しいところだな」
もう一つ、ポーレットが別行動を取り、自分で稼いで返済というのもあるのだが、それではいつまでかかるかわからない。
こうなってくると、エリスの種族奴隷紋と共にポーレットの借金奴隷紋もどうにか出来ないか考えた方がいいだろうか?
「リョータ、こう言うのはどうでしょうか?」
「お、エリスに何かいい案が?」
「奴隷紋のある手首を切り落としちゃいましょう!」
「それだ」
「ちょっとおおおお!」
もちろん冗談である。
ポーレットによると、過去に事故で奴隷紋を刻まれた手を失ってしまった者がいたが、数日で反対側の手首に奴隷紋が現れたらしく、切り落としてどうなるものでもないらしい。さらに残った手を失ったら……は記録にないのでわからないらしい。
「うーん……両手を切り落とすのはかわいそうだしな」
「そうですね」
「それ、優しさでもなんでもないですからね!」




