プスウィの怪?
「リョータ!」
「なんだ?ポーレット?」
「寒いです」
「我慢しろ。隣の御者さんも我慢してるだろ」
「ふえええ……」
馬車の中だって暖かくはないんだよ。むさ苦しいけどな。
少々ポーレットが騒いだ以外はこれと言った事件も無く、無事にチェスネへ到着。馬車はそのまま商会の支部の裏手につけられた。
「こちらへどうぞ。依頼票に完了のサインをいたしますので」
「はい」
馬車に詰め込まれた荷物が次々運び出される中、二階にある支店長室へ入ると、チェスネの支店長と秘書が待っていた。進められるまま席に着き、茶菓子をいただいているとハヴィンが完了のサインを入れた依頼票を手に戻ってきた。
「こちらをどうぞ」
「どうも」
これで依頼完了。冒険者ギルドに行けば結構な額がもらえる。そう思って席を立とうとしたら引き止められた。
「あの、失礼ながら、リョータさんたちはこのあとプスウィまで向かわれるのですよね?」
「ええ」
「でしたら一つお願いが」
「何でしょうか?」
「荷物を運んでいただきたいのです。もちろん冒険者ギルド経由の依頼という形にいたしますし、運んでいただくものは我が商会が取り扱う普通の商品と向こうの支店への連絡書類でして、違法でもなんでもありません」
ふむ。ごく普通の依頼に聞こえるが、それなら普通に冒険者ギルドへ依頼すればいいのではないか?テーブルの横に置かれた荷物はつい今し方梱包したものというわけでは無いようなのでさっさと依頼すればいいのに。
「リョータさんはおそらく、わざわざこんなところで頼まなくてもさっさと冒険者ギルドへ依頼をかければいいのではとお考えでしょうが」
心が読まれてる件。
「道中お話ししたように、現状、プスウィヘ行く冒険者はかなり減っていまして、この荷物の依頼も五日ほど前から出しているのですが、受けてもらえないのです」
「なるほど」
荷物自体はそれほど大きくないので、商会が馬車を出すほどではなく、特に急ぎというわけでも無いがいつまでも置いておくわけにもいかず。そこへプスウィヘ行こうというリョータたちがいたのなら、頼むのも道理か。
「ちょっと失礼します」
荷物を少し持ち上げるが、重さは大したことはない。ハヴィンに聞くと壊れ物ではないので運ぶ上での注意点はせいぜい濡らさないようにという程度。それも中に書類が入っているからという至極真っ当な理由。それに元々プスウィに向かう予定だからもののついでという奴でもある。
「わかりました。受けましょう。このまま冒険者ギルドへ行きますか?」
「ええ」
冒険者ギルドとしても、ルルメドの大きな商会ルズベルの依頼を受けるという冒険者がいないためにやきもきしていたところ、ハヴィンにとってはここまでの道中で色々と話をして人柄まで把握した信用できるものに依頼できるという安心感、リョータたちにとっては程々の労力でそれなりの額が稼げる、三者がWin-Win……なのだが、これの受理をした職員はまだ新人らしく、「よがっだでずぅ゛ぅ゛ぅ゛……」と鼻水まみれの顔で感謝された。それほどのことかと思ったが、やはりルズベルくらいの規模の商会の依頼がこなせないとなるとギルトとしては色々マズいのだろう。
だが、それでも、涙と鼻水まみれの男にすがりつかれるのは勘弁と、慌てて逃げたリョータは悪くない。
荷物自体はそれほど急ぎの品でもないということなので、翌日いっぱいかけて旅の支度を調えてから出発することにした。冒険者ギルドやルズベル商会で確認した限り、ここから目的地となるプスウィまでの間で、最近目立っておかしな動きはないとのこと。森に入ったらエルフに捕まるので、そもそも盗賊が根城に出来そうな場所がほとんど無いというのも大きいだろう。
となると、やはり気になるのはハヴィンからもたらされた最近のプスウィで起きている奇妙な事態……いや、事故かも知れない。
「あまり大っぴらにされていないのですが……その、プスウィの王都に店を構えている商会や、繋がりのある者の間では公然の秘密です」
「冒険者ギルドは?」
「把握していますが、冒険者に伝えているかというと微妙なところでしょうな」
というレベルの情報で、実際冒険者ギルドで聞いてみたら「さあ……ちょっとわかりかねますね」と言われた。絶対何か隠してるときの返事の仕方だろうと思うが、ギルドとしてもよくわからない状況、らしい。
「冒険者が行方不明?」
「ええ」
新人だけならいざ知らず、それなりにベテランまで、ランクを問わずに行方不明。冒険者なんて根無し草もいいところ。ある程度のランクになると街を離れたりするときにギルドに連絡を入れることとなっているが、連絡を入れなくても余程のことが無い限り、何も言われない。「なんとなく○○に行きたくなった」という程度の理由で三つくらい国をまたいで移動して、ふらりと街に立ち寄って、「一週間前から滞在してました」なんて連絡をする例はそこら中にある。
つまり、冒険者が行方不明というのは特段珍しいことではない……のだが、どうやら思っていたのとは違う事情らしい。
「プスウィには北からガディナ、王都プスウィ、リワースの三つの街があります。そして一番南の街リワースでここ数年、魔の森に入った者で行方不明者が続出しているのです」
「魔の森ならよくあることでは?森に入ってすぐに強い魔物に出くわすようなところとか」
「うーむ。私は魔の森に入ったことが無いので正確なことは言えないのですが、駆け出し新人もよく行くところと聞いてます」
一緒にいた商会の職員も頷いていて、ホーンラビットを始めとした程々の魔物に、比較的手軽に採取できる薬草が徒歩一時間圏内らしく、それなりに強い魔物やダンジョンは歩いて二時間ほど進む必要があるとのこと。
行方不明になっているのは駆け出し新人からBランクのベテランまで様々。行方不明になった者、ならなかった者の共通点、相違点らしいものは今のところ明確なものはなし。
あえて言うなら街から行けるダンジョンが十近くあり、そのうちの四つのダンジョンに向かった者が行方不明になっていることが多いという程度。そしてどれも駆けだし新人の行けるようなダンジョンでは無いので、新人が行方不明になった理由に説明がつかない。
「なるほど」
「行方不明者が多いといっても月に三十名弱程度で、危険度の高いダンジョンのある街ではよくあるレベルなので、ギルドとしてもある程度の注意喚起はしているようですが……」
「魔の森に行くときは注意しろ、なんて今さらの話ですよね」
「そうですね。ただ、耳聡い者たちは「何かおかしい」と感じてリワース、そしてプスウィ自体からも離れ始めており、そうした者たちからの話を聞いた冒険者が何となく避け始めている、と言う状況のようです」
プスウィの王都まで荷物を運ぶ程度なら影響は無いだろうが、どうせ行ったのならしばらくはそちらで活動しようと考えるのが大半の冒険者。そして国境を越える手間を考える者はプスウィ国内をウロウロすることを考え、リワースで起きている行方不明に不安を感じ……という流れか。




