二年間の猶予
そんな風に考えたのだが、後ろに立っている侍女二人が大きく頷いていると言うことは、当たりか。成績、かなり悪いんだろうな。
「せ、成績トップで卒業……ですか」
「ええ。私も聡明な方と肩を並べたいですから」
「う……」
「ああ!でも、無理なら無理って仰ってくださいね!無理強いをするつもりはありませんから!」
「いいえ!大丈夫ですわ!」
腕を組んで少しだけ後ろに反って高飛車な感じの姿勢になると高らかに告げて見せた。
告げた。
「この私を誰だと思ってますの?ルルメド始まって以来の才媛と呼ばれるロレッタですわ!学院を首席卒業なんて、か、簡単すぎて……えっと、その……も、もっと難しいことを言われるのではないかとドキドキしていただけですわ!」
「ふふ……わかりました。頑張ってくださいね」
「ええ!」
クルリと振り返ると侍女二人に「すぐに帰るわよ!」と告げ、自分たちが乗ってきた馬車へさっさと乗り込んだ。
「ありがとうございます」
「え?」
ロレッタの世話に一人の侍女が向かい、残った一人が深々と頭を下げてきた。
「ロレッタ様は……その、とても個性的でして……えっと……」
「はは……えっとですね。エリスたちが伝えたと思いますけど」
「はい、大丈夫です」
大陸がルルメドを残して崩壊するというような事態でも起こらない限り、リョータたちがここに残ることはないし、二年後にここに訪れるつもりもないと言うことは伝えておいた。
それに二年もあれば忘れるだろう、とも。
「うーん、どうでもいいことは覚えてるタイプなので、忘れないかと思います」
「それは恐いですね……まあ、その頃は西部に戻ってると思いますので」
「それでもきっと「さあ!リョータ様の元へ向かいますわ!」と動き出しそうです」
「ええ……」
護衛の騎士とかつけられないだろう、それは。となると冒険者が護衛?苦労しそうだが、冒険者はストムで足止めを食ら……わない!ストムがなくなった今、冒険者はストムを行き来できる。
つまり、ロレッタが個人的に護衛を雇いながら西部に行くことは可能と言えば可能だ。
くそ……冒険者への迫害がひどいという情報を流した結果、国が崩壊してめでたしめでたしだと思ったのに、こんなことになるとは。今からでもストムに行って、捕えられているだろう王族を救い出し、改めてストム復活を……無理だな。
多分、もう処刑済みだろう。
と言っても、こちらはこちらで二年後にどこにいるかなど想像もつかない。
無事にエリスの種族奴隷紋が解除できてヘルメスに戻っているかも知れないし、大陸南部を旅しているかも知れないし。冒険者は根無し草とはよく言ったものだと思うよ。
「ただ、今日のことで勉強を頑張って、本当に成績が良くなっていったら」
「いったら?」
「その……学院にも数名、王族と婚姻しても問題ない家柄の方は数名おりまして」
「なるほど、そちらの話が進むのではないかと言うことですね」
「ええ」
「そう言うことなら……なんとしても進めてください!」
「はい。今までどうやってやる気にさせるかが課題だったのですが、やる気になっていただけました。首席は難しいかと思いますが、上位に食い込めるだろうと思います。そうなれば、と」
さて、解決だな。
「なるほど、そんなことがあったんですね」
「ええ、ですから」
走る馬車の中。
ハヴィンさんと向かい合わせ。
何も起きないはずが――起きないからな。
チェスネにむかう道中二日目、ポーレットと交代してハヴィンさんと色々と話をしていた。目的はこの先プスウィについての情報だけでなくルルメドの情報、特にあの王女様周辺のことを知りたかったから。
というのは二の次で、実は出発時に「午後から降りそうですな」という話があったので交代したわけで、実際外は小雨。ポーレットが「どうしてですか?!どうしてなんですか?!」と騒いでいたが気にしない。そもそもエリスはずっともう一台の御者台にいるんだし。
さて、王女様周辺のことを知りたかったのは、近づかれないようにするにはどうしたらいいかという基本的情報が足りなかったのを補うためだ。ハヴィンほどの商人ともなれば普通の庶民では得られないような情報もつかんでいるだろう。そして、そのくらい出なければ得られないような情報に、何かの突破口があるのではと思って訊いてみた結果、どうやらこの先、再び――いや、三度か――あの王女様が来る可能性は低いだろうと判断した。
ルルメド自体はこの先のプスウィはもちろん、ブレナクとも関係は良好で、貴族学校には互いに交換留学の制度もあるという。そして、ロレッタ自身は勉学の成績は酷いし、思い込みも激しいのだが、見てくれは悪くないし、思い込みの激しさも一途さと読み替えれば裏表のない素直な性格。そして各種マナー、立ち居振る舞いは完璧。要するに頭の出来さえなんとかなればと言うか、そこさえ目をつむれば王女という地位も後押ししてくれて優良物件。密かに思いを寄せている子息も少なくないという。もちろん、密かにという時点で彼らの両親親類から「お馬鹿はさすがにやめてくれ」と、アプローチを止められているからである。
逆に言えば、多少付け焼き刃でもそれなりの知性が身につけば引く手数多。あの焚き付けで奮起して勉強を頑張って結果がついてくれば自然に誰かとの縁もできるのでは、と言うのが周囲の見解。唯一の問題は勉強をして結果がついてくるかどうかだが、これに関してはハヴィンさんが大丈夫、と太鼓判を押した。
「男性貴族、あるいは女性でも当主となる予定の者はともかく、ロレッタ様の場合ですと、読み書きとある程度の計算、あとは音楽か絵画などの芸術分野どれか一つで悪くない程度の論文を提出できれば平均レベルのハズです」
「王族って、そんなんでいいの?」
「リョータさん、究極的には王というのは決裁の責任を取る覚悟があれば誰でもなれるんですよ」
「要するに周りを有能な者で固めればなんとでもなると」
「そういうことです。ロレッタ様の場合、どこかの高位貴族との婚姻となるでしょう。その時に求められるのは夫、つまり当主不在時の緊急案件の判断と、跡継ぎとなる子供の養育です。そして、緊急案件の判断は周囲が「これでどうでしょう?」と持ってきた物を見て「ヨシ」とサインする程度。子供の養育も、一緒に遊ばせていい友人を見極めるのが主です」
「なるほどね」
「と言うことで、人を見る目という意味では相当に養われているはずですから、本当に勉学に励まれたとしたら、半年ほどで婚約者候補の二人や三人は出てくるのでは無いか、と言うのが私の予想です」
「念のために訊きたいんだけど、首席で卒業するにはどの位必要なんだろう?」
「そうですな。読み書きや計算もそうですが、詩や絵画、彫刻などの芸術分野で高い評価を得た上で、さらにあと二つほど飛び抜けたものが必要になるのではと思います」
「ハヴィンさんの予想ではさすがにそれは無理だろう、と?」
「ええ。私も詳しくは調べきれていませんが、同世代に各分野で秀でた者が数名いるようです。おそらくあと十年もしたらオークションなどに出回り、高値を叩き出し続けるだろうという才覚の者が」
つまり、首席卒業の望みは薄いということか。
と言っても二年もあれば、とんでもないどんでん返しが起こっていてもおかしくないので、できるだけ早く大陸東部からは離れることにしよう。




